「シュミット、大丈夫ですか?」
エーリッヒに不意に訊ねられて、俺は目をぱちぱちさせた。
自宅のリビングで、エーリッヒと気に入っている映画を見つつコーヒーを飲み、並んでくつろいでいる時のこと。
心配されるような心当たりなんて、何も無かった。
「大丈夫、って。何の心配だ?」
「目の下にくまが。……睡眠はしっかりとっていますか?」
エーリッヒは眉を寄せて、俺の頬に触れてきた。
そのまま親指で目の下をなぞられる。
「大丈夫だよ、少し疲れは溜まっているかもしれないが」
俺は笑って見せて、エーリッヒの手を払い除けた。
「疲れ……ミハエルに、寝かせて貰えない?」
エーリッヒは、顎に手をやり、そう呟いた。
ぽっと耳が熱くなる。
図星だった。
「ミハエルは、随分あなたにご執心のようですね。…まあ、こどものころから懐いてはいましたが」
「違うよ、エーリッヒ。昨夜は私がミハエルにねだったんだ」
静かに頭を振って否定すると、エーリッヒは「そうですか」と小さく呟いた。
「あなたが、愛する人に大切にされているようで何よりです」
「気にしてくれているのか?私のことを」
「勿論ですよ」
エーリッヒは穏やかに微笑んだ。
昔と変わらないその微笑みに、ほっとした。
「でも、ミハエルには釘を刺しておきますね。あなたをあまり酷使しないように」
「エーリッヒ…そんなこと、しなくていいんだ」
「いいえ。いくら恋人同士でも、節度は大切ですよ」
全く、頭の固いことだ。
ため息をついて、コーヒーを口に運ぶ。
ミハエルにめちゃくちゃにされるのは、嫌ではない。……むしろ、大歓迎なのに。
「シュミット…今、ミハエルのことを考えていましたね?」
エーリッヒに指摘され、俺は驚いて顔を上げた。
「何故?」
「頬が少し赤くなりましたし、……その、なんとも言えない、見たことの無い顔をしていたものですから。そうかなと」
「はは、参ったな。そんな顔していたか?お前は私をよく見ているな」
俺が笑うと、エーリッヒは微かな溜息をついた。
呆れた、という感じではないが……なんだかひっかかり、俺は首を傾げる。
「どうした?」
「…シュミット。小さい頃の約束、覚えていますか?」
「約束?どの約束だ?」
幼なじみだ、約束なんて今までいっぱいしてきた。どれのことを言っているのか分からなくて、俺は問いかけた。
エーリッヒは懐かしそうに目を細めて語り出した。
「まだ幼い頃……みっつくらいだったでしょうか、あの頃から僕はあなたの事が大好きで……大きくなったら僕のお嫁さんになってください、ってあなたにプロポーズしましたね」
「……あったか?そんなこと」
「覚えてなくても仕方がないです。随分昔のことですから。だけど、あなたの返事はJaでしたよ。……あの頃は、あなたも僕も、結婚とか、恋とか、全然分かっていなかった。でも、ただずっと一緒に居たかった」
「……」
「あなたは僕のお嫁さんになってはくれませんでしたけれど、こうして今でも僕を隣に置いてくれて、僕は嬉しいです」
「エーリッヒ…」
なんだかむず痒くて、でもエーリッヒから目を逸らせなかった。
「これからも、親友でいてくださいね」
エーリッヒは、にこっと笑った。
ふふっと俺も笑う。
「ああ、もちろんだ。ずっとお前は私の親友だよ」