仕事を半ば無理矢理切り上げて、自宅に向かう。
今日はエーリッヒ自身の誕生日だった。
シュミットが家で待っていてくれている。
本当は一日中くっついてキスして過ごしたかったが、外せない仕事があったため、朝に行ってきますのキス
をして以来シュミットの顔を見れていない。
急いで帰って玄関を開け、「ただいま、シュミット」と声を掛けると、シュミットが奥からぱたぱたスリ
ッパを鳴らして出てきて、「お帰り、エーリッヒ」と抱きついてきた。
「ただいま。こんな日に仕事だなんてすみませんでした」
エーリッヒが詫びると、シュミットは首を振り、
「いや、仕事を優先するのは当たり前だ。私はいつだってちゃんとお前を待ってるんだから、安心してく
れ」
と微笑む。
「さあ、着替えようか」
シュミットに促され、エーリッヒは頷いた。 今日はエーリッヒの誕生日なので、シュミットが馴染みの店にディナーの予約を入れてくれていた。それな りの、フォーマルな服装に着替える必要があった。
「あ、その前に」
そう言ってシュミットが廊下で立ち止まり振り向く。ちょっと背伸びをして、 「お帰りのキスがまだだな、エーリッヒ」
と色っぽく囁いた。 エーリッヒはシュミットの細い腰を抱き寄せ、キスをして、......そして、違和感を感じた。
体温が高い。
「...シュミット」
「うん」
まじまじと顔を見ると、頬も赤い気がするし目は潤んでいる。
「ちょっと失礼」
触れた額はやはり熱くて、エーリッヒは青ざめた。
「熱があるんじゃないですか」
「熱そんなことは無い」
シュミットはたじろいだ。
「ちゃんと測りましょう」 エーリッヒは足早にシュミットを、先程まで彼が居たであろう暖かいリビングに連れ込み、体温計を手渡す。 渋々従ったシュミットの体温は、やはり平素より若干高い数値を示していた。 「ディナーはキャンセルしましょう」
「そんな......」
「熱があるんですよ。悪化したらどうするんです」
「だって。......せっかくのお前の誕生日なのに」
「誕生日は来年も来ます。あなたの身体の方が大事だ」
「エーリッヒ......」
シュミットは熱で潤んだ目を更に潤ませた。 「......楽しみにしていたんだ。お前とのディナー......」
「僕も楽しみでしたよ」
「じゃあ、キャンセルしなくても」
「駄目です。キャンセルしてください」 エーリッヒは恐い顔と声を作って言うと、シュミットを抱き上げ、寝室へ連れて行く。 「頭は痛くありませんか咳は喉の痛みとか寒気は......」
「ない。大丈夫だ」
シュミットはしゅんとして降ろされたベッドの上で大人しく答えた。
「すまない、エーリッヒ」
「謝らないで」
「......遅くなるが、熱が下がったら改めて祝わせてくれ」
「ええ、待っています。さ、着替えて」 エーリッヒはシュミットの返事も聞かず、シュミットの服を手早く脱がせてパジャマを着せた。 「エーリッヒ......」 申し訳無さそうに心細そうに、シュミットが見上げてくるから、エーリッヒは優しくシュミットの髪を撫 で、微笑む。
「元気になったら、たくさんお祝いしてくださいね」
「......ああ」
頷いたシュミットの熱い頬に、エーリッヒはちゅっとキスをした。 シュミットは擽ったそうに小さく笑う。
「さ、横になって。ずっと傍に居ますからね」 手を握ると、安心したようにシュミットは頷き、エーリッヒに従った。
「眠れますか」
「まだ眠くない」
「そうですよね」
「なぁ、エーリッヒ」 シュミットは繋いだままの手に力を込めて、ベッドに座ったエーリッヒを上目遣いに見る。 「どうしました」
「クローゼットに、プレゼントを隠している。受け取ってくれるか」
「...喜んで」
ふふっと笑い合い、エーリッヒはベッドをぎしりとさせ立ち上がった。
「クローゼットのどこです」 「奥の左側、棚の一番下の、紙袋の中。金色のリボンが掛かっているからすぐ分かる筈だ」 「ありがとう。取ってきますね」
「......あ」
エーリッヒが手を離そうとすると、シュミットが小さく声を上げた。
「どうかしましたか」
「......もう少し、このままそばにいて欲しい」 「ふふ。甘えたですね。いいですよ、あなたが飽きるまで──飽きても、ずっとずっとこうしていましょう ね」
エーリッヒは、満ち足りた気持ちで笑った。