「お誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます」
どこの誰なのかも良くは覚えていない、それなりの家柄・地位を持つのであろう大人たちに代わる代わる祝いの言葉を告げられて、僕は退屈なのを我慢して貼り付けた笑顔でお礼を述べる。
今日は僕の誕生日。
ヴァイツゼッカー家主催で、盛大なパーティーが開かれている。
このたくさんの参加者のうちの何人が、僕の誕生日を心から祝ってくれていると言うのか……。
溜息を吐きそうになって、それを慌てて飲み込む。
「ミハエル様」
また、声を掛けられ、僕は作り笑顔で顔をそちらに向けた。
「お誕生日おめでとうございます」
そう言ってにこやかに微笑んだ男の人は、やけに見覚えのある、綺麗な顔をしていた。
「ありがとうございます。……えぇと、…」
「シューマッハです。息子のシュミットがいつもお世話になっております」
「あ!シュミットのお父様!」
言われるまで気づかなかったなんて、僕はなんて間抜けなんだろう。
何度もシュミットと一緒にいるのを見掛けているのに!
まあいつもおじ様の隣のシュミットに気を取られていて、あまりお顔をきちんと見ていなかったけれど。
「本日は、わざわざのお越し、ありがとうございます。あの、シュミットは今日は……?」
おじ様の隣にシュミットの姿がないから、僕はきょろきょろと辺りを見回す。
「ええ、勿論連れて参りましたよ。ちょっとはぐれてしまいましたが…。実は息子は、ミハエル様のお誕生日パーティーに出席しないなんて有り得ない、と招待状をいただく前から、夜会服を新調したり、贈り物に頭を悩ませたり、ずっとそわそわしておりまして」
「そわそわ?シュミットが?」
いつも余裕たっぷりにツンと取り澄ましているシュミットに、そわそわなんて形容が似合わなくて、ぷっと吹き出すと、
「余計なことを言わないでください!」
と、いつ近づいて来たのか、シュミットがおじ様にきゃんきゃんと噛み付いた。
「シュミット!」
僕は心からの笑顔で、突然現れたシュミットの手を取る。
「来てくれたんだね!」
「当たり前でしょう」
シュミットはにっこりと笑いかけてくれた。
「お誕生日おめでとうございます、ミハエル」
「ありがとう!」
「それから、今日来れなかったエーリッヒと、アドルフと、ヘスラーからの手紙を預かっています」
「嬉しいよ。後で楽しみに読むね」
シュミットから手紙を渡され、大きな喜びと少しの寂しさが僕の心に生まれる。
一般家庭のただの学生の身分では、このパーティーには参加出来ないし、きっと参加したって退屈で居心地が悪いだろう。
彼らに招待状を出すことを家の者に駄目ですと言われて、ちょっと絶望していた僕にとっては、この手紙は何より嬉しい誕生日プレゼントだ。
「さすがヴァイツゼッカー、盛大なパーティーだ。……こんなに人が多いと、気が張りつめて、体調が悪くなってしまいそうですね」
シュミットが、悪戯っ子みたいな顔をして僕に目配せをすると、顔を近づけてひそっと「抜け出しませんか」と誘ってきた。
僕は即座ににやっと笑って、ふらりとシュミットに凭れ掛かる。
そして
「ああ、本当に、今日は疲れちゃった!なんだか目眩がするよ」
と周りの大人に聞こえるように言う。
「ああ、それはいけない。静かな部屋で休みましょう」
シュミットも、よく通る声で心配げな振りをして見せ、
「そういうことですので、ちょっとパーティーを抜けてもよろしいでしょうか?」
と僕のお付きに言うが早いか、僕の肩を抱きパーティーのメイン会場になっている部屋の出入口に向かって歩き出す。
僕は精一杯の体調が悪い演技をしながらも、うきうきと踊り出したいような心地でいた。
上手く部屋を出て、長い廊下を延々と歩き、人気のないところまでくると、シュミットは抱いていた僕の肩から手を離す。
そして、こちらを向くとふふっと笑った。
「さあ、もう自由ですよ!」
「ありがとう!もう退屈して死にそうだったんだよ!」
僕はシュミットに抱きつき、心からのお礼を言った。
シュミットは僕の背中に腕を回して抱き返してくれて、
「改めて。お誕生日おめでとうございます、ミハエル」
と優しい声で言ってくれた。
「実は、街でエーリッヒたちがあなたを待っています」
「皆が?」
驚いて目を丸くして離れた僕に、シュミットはふふふとまた悪戯に笑って、
「うちの車に私と、あなたの分も、着替えを隠してあります。……ささやかではありますが、私たちと誕生日パーティーをやり直しませんか」
と僕に手を差し出す。
「そんなことをして、シュミット、君、後で君のお父様に叱られたりしない?」
「大丈夫ですよ。うちの父は母に甘くて、母は私に甘いので。それに、うちの運転手は口が堅い」
どうします?とシュミットは笑ったまんま首を傾げた。
返事なんて決まっていた。
「ありがとう……すごく嬉しい。こんな誕生日は初めてだよ!」
僕は差し出された手を取って強く引き、バランスを崩したシュミットを抱きとめて、彼の滑らかな頬に愛を込めてキスをした。