今年も早いもので9月も下旬となった。
エッジはそわそわと落ち着かない日々を過ごしていた。
昨年の誕生日、ブレットに「何が欲しい?」と訊かれ「リーダーが欲しい」と答えたのだが、結果は頬に一瞬のキスをして貰えただけだった。
「まだ覚悟ができていない。今年はこれで我慢してくれ」と言われてしまったのだが、あれから一年。
好きだ好きだとことある事にアピールし続けてきたエッジの気持ちが、そろそろ報われても良い筈だ。
その日のミーティングが終わり、エッジは皆がミーティングルームを出ていくのを見送って、最後に出ようとしたブレットの服を摘んで「リーダー、ちょっと」と引き止めた。
「うん?どうした、エッジ」
ブレットを部屋に引き止めることに成功したエッジは、さりげなく出口を塞ぎ、ドアを閉めてしまう。
「もうすぐ俺、誕生日だよ」
「ああ、そうだな」
「……一年前のこと、覚えてる?」
「…プレゼントは俺が欲しい、だったか?」
ブレットは少し気まずげに、それでもちゃんと思い出してくれていた。
「あの時リーダーは、“まだ覚悟が出来ていない”って言ったよね。じゃあ今は?一年、覚悟を決める時間、あっただろ?」
エッジはそっと手を伸ばすと、ブレットの頬に優しく触れた。
ブレットがぴくんと身体を固くする。
構わずエッジは頬を撫で上げ、そして不意にバイザーを奪った。
「あっ!?」
驚くブレットの顎を掴み、強引にエッジは目を合わせた。
「ちゃんと目を見て言わせてよ。……一年前と変わらず、俺はブレットが好きだ。だから、えっちなことだってしたい」
「エッジ……!」
クールでいたがるブレットの、滅多に聞けない上擦った焦り声がなんだか可愛くて愛しかった。
「なぁ、俺と付き合ってよ。ブレット。絶対後悔させないからさ」
みるみるブレットの顔が赤くなる。
引き結んだ唇からは、YESもNOも聞こえては来ない。
「嫌だったら、俺を殴ってでも逃げてくれよ」
そう言ってエッジはブレットを壁に押し付けると、固く閉じられたブレットの唇を柔らかく食んだ。
舌で唇をなぞると、僅かに震えが伝わる。
一旦キスを止め、吐息がかかる距離でエッジは「こわい?こういうキスしたことない?」と訊ねた。
ブレットは数瞬の沈黙の後、こくりと頷き、それから思い直したようにゆるゆると首を振った。
「こういうキスは初めてだ。怖くはないが……緊張している。お前をガッカリさせたらどうしようって」
「ガッカリ?するわけないじゃん、好きな人とのキスだよ?」
「どうすればいいのか分からないんだ」
エッジより背の高い筈のブレットが、俯いてやや上目遣いにエッジを見た。
エッジがあれ、と思って身を離して見遣れば、壁に背中を預けて今にも崩れ落ちそうになっている身体を必死に支えている姿勢のブレットが目に入る。
「……なぁにリーダー?あれだけで腰砕け?」
「うるさいっ………」
「えー?マジで??可愛いんだけど……」
エッジはブレットをそっと抱きしめる。
「ねぇ聞かせて?俺のこと好きだろ?」
にやりと笑えば、ブレットはきまり悪そうに口篭り、
「………嫌いだったら、自分からキスなんてしないさ」
と小さな声で答えた。
「去年の話?あんなのほっぺじゃん。ちゃんと口にキスしてよ」
ね?と身を離したエッジは指で唇をとんとんと指す。
エッジが誘うように自らの唇をぺろりと舐めるのを、ブレットは目を見開いて凝視していた。
ブレットは、そわそわと視線を動かし、それから観念したように目を瞑ると、唇をエッジの唇に押し付けて来た。
一瞬の温もりを残して直ぐに離れた唇を、エッジが追う。
再び唇でブレットの唇を挟み込むように覆い、ぢゅっと音を立てて吸う。
「舌出して」
吐息混じりに促すと、ブレットは恐る恐る口を開き、ちろ……と控えめに舌を差し出した。
「ん、イイコだね」
エッジはその舌を吸い、甘く噛み、唾液をたっぷりと絡めて、それからブレットの口内にも侵入し、存分にブレットを貪った。
「ん、……んぅ、……ッ、エッ、ジ……!」
切れ切れに名前を呼ばれて、胸を強く押されて、エッジは渋々離れる。
ブレットの濡れた口元とエッジの唇の間に掛かった糸がぷつんと切れるのを、ブレットはどこかぼうっとした顔で見ていた。
ブレットは肩で息をしている。
耳まで赤い。
「ご馳走様」
エッジはぐいと口元を拭い、にっこりと満足気に笑って見せた。
ブレットは濡れた口元もそのままに、ずるずると壁に沿って座り込んでしまった。
「はぁ、……エッジ…」
「そんなに悩ましい声で名前呼ばないでよ。キスだけじゃ済まなくなっちゃうよー?」
茶化すようにエッジは言ったが、その目はギラついて、雄の欲望を湛えていた。
「ねぇ、俺のこと嫌いじゃないんだよね?でも、好きってわけでもない?」
エッジは目線を合わせるようにしゃがみこんで、ブレットの濡れた目を覗き込んだ。
ブレットは、荒い息で、「わからない」と首を振った。
「誰かを恋愛の意味で好きになったことがないから、自分がお前のことをどう思っているのか、上手く分析できない」
「そっか」
へらっとエッジは笑い、ぽんぽんとブレットの頭を優しく叩く。
「気長に待ってるよ。いつかは俺のものになってね」
「……考えておく」
「ありがと。…立てる?」
エッジの手を借り、ブレットはよろよろと立ち上がった。
先程奪われたバイザーを手渡され、装着すると、幾分か冷静になれた気がした。
「今年のプレゼントはべろちゅーさせてもらったから、来年はなにしてもらおっかなー」
既にさっきのキスの余韻なんて感じさせない、普段通りなエッジの余裕が悔しくて、ブレットは「調子に乗るなよ」と、思い切りエッジの尻に蹴りをお見舞いした。
……来年のことなんて、分からない。
分からないが、きっとまたブレットは、誕生日には一緒に居てくれる。
そうエッジは確信していた。