シュミットと共にアメリカに行き、ブレットとエッジと一緒に食事をした。
それは楽しかった、だが、二軒目でシュミットがすっかり酔ってしまい、ブレットの嫉妬を煽るために悪ふざけでエッジにキスをした。
エーリッヒがほんの少し席を外した間の出来事だった。
内心、何をしてるんだあの人は!と持っていたグラスを落としそうになった。むしろ床に叩きつけそうになったと言っても過言では無い。
だがエーリッヒは、深呼吸をひとつして、冷静になろうと努め、席に戻る。
「いい加減にしなさい、この酔っ払い」
思惑通りに嫉妬して怒っているブレットを煽って楽しそうにしているシュミットに、エーリッヒは声を掛けた。
「僕以外の男とキスなんてしたら駄目じゃないですか」
不機嫌を隠さず低い声で言うと、シュミットはびくんとし、上目遣いにエーリッヒの顔色を窺う。エーリッヒはシュミットに冷めた視線を返す。するとシュミットはエーリッヒの首に抱きついて、もうしない、許してくれ、と謝った。
勿論簡単に許すつもりはないが、エッジやブレットの前で仕置きをするわけにはいかない。
エーリッヒはまともに立てないふらつくシュミットを連れて、ブレット達と別れホテルに帰る。
部屋に辿り着き、ドアが閉まった途端にシュミットは振り返りエーリッヒに抱きつく。
「エーリッヒ」
「甘えても駄目ですよ。今僕は怒ってるんですから」
と言いつつも、エーリッヒはシュミットの腰に両手を回す。細い腰だ。
「エーリッヒ、どうして怒ってるんだ?」
「あなたがエッジとキスなんてしたからですよ。怒らないわけないでしょう」
「エッジと………あんなの、犬とじゃれたようなものだろう?」
シュミットはエーリッヒの頬をすすすと撫でて、キスしたそうな素振りを見せる。
「そんな理屈、通用するわけないでしょう。キスはお預けです」
ぐっと厚みのない肩を掴んで、エーリッヒはシュミットを遠ざけた。
「………キスが駄目なら、セックスもお預けか?」
シュミットは拗ねたようにじとっとした目でエーリッヒを睨む。
「あなたが反省してるって分かったら、してあげてもいいですよ?」
エーリッヒは意地悪く微笑んだ。
「少なくとも、エッジのことを犬扱いして誤魔化そうなんてしてるうちは、抱いてあげません」
むーっとシュミットは不貞腐れ、そしてくるりと背中を向けた。
「シャワーを浴びてくる」
「僕も行きます」
「ついてくるな」
「駄目です。あなた酔ってるんですから、ひとりじゃ危ない」
「……勝手にしろ」
ふん、とシュミットは高飛車に言い放ち、そしてバスルームに入る。
「勝手にしますよ」
エーリッヒも後に続いた。
エーリッヒが脱ぐのを、既に裸のシュミットが酷くもの欲しげに見つめている。
「どうしました?」
シュミットがどうして欲しいかなんて分かりきっているのに、エーリッヒはわざと気づかないフリをした。
「……エーリッヒ。ちゃんと謝ったら、抱いてくれるのか?」
シュミットは瞳を欲に潤ませて、エーリッヒの顕になった腕に触れた。そのまま腕をいやらしい手つきで撫で下ろし、手まで辿り着くと、エーリッヒの手を握り、顔の高さまで持ってきて、その手に頬を擦り寄せる。
「何でもするから、許してくれ。もう絶対にエッジとキスしたりしない」
店に居た時より幾分酔いの醒めたしっかりした口調で、しかしまだどこか酔っ払っているような頼りなさで、シュミットは言った。
「エッジじゃなくても、僕以外の人とはしちゃいけませんよ?分かっていますか」
「分かってる。エーリッヒ以外とはしない。エーリッヒとしかしない。キスも、……こうして手を握るのも、お前だけだ」
「……信じますよ?」
「ああ。信じてくれ」
エーリッヒはひとつ溜息をついた。
酔ってうるうるになったシュミットの目に見つめられ、キスをねだられ、目の前に肌を晒したシュミットに手に頬擦りされて、許しを請われてなお突っぱねるのはなかなかに難しい。
結局はシュミットの色気に負けて有耶無耶にされてしまった気がしなくもないが、折れたエーリッヒはシュミットの望み通り、深いキスをしてやった。
そこからはもうシュミットの思うがままだった。いや、勿論エーリッヒだってシュミットを抱きたくないはずはない。エーリッヒの思い通りでもあったのかもしれない。……途中までは。
ベッドに移動し、火照った肌を重ね、何度もキスをしながら白く滑らかな肌をまさぐると、シュミットは甘い声を上げて身体をくねらせた。
「んっ……あ、エーリッヒ……いやぁ……」
「可愛い。酔っていても感度がいいのはさすがですね」
「待ってくれ、エーリッヒぃ……」
シュミットははぁはぁと息を荒らげて、エーリッヒの下で身動ぎする。のしかかるエーリッヒから逃れようとしているような仕草だ。
「待ってくれって。抱かれたかったんでしょう?」
「そ、う、だが………今日は、もう、……………」
「え?」
「……眠たくて…………」
「ええ?」
「寝たい、エーリッヒ」
シュミットに言われ、エーリッヒはがっくりと項垂れた。
「………分かりました。おやすみなさい、シュミット」
エーリッヒが額にキスをしてやれば、シュミットは酷く嬉しそうに微笑み、そして本当に眠ってしまった。
「………どうしろというんだ、これを」
幼子のような無垢な寝顔を見つめ呟き、エーリッヒはすっかりやる気だった自分の身体を持て余してまたバスルームに籠った。
翌朝、シュミットが起きるなりエーリッヒはシュミットに襲いかかった。
「一晩お預けを喰らったんですから」
となかなかに激しくシュミットを貪り満足した後、「ブレットにも謝らないといけませんね」とエーリッヒは思い出した。
「取り敢えず今日は無理だろうな。あいつも昨夜はエッジと盛り上がったんだろうし」
まあでも一応、とシュミットがだるそうに携帯を手に取る。ブレットに掛けると、数コールで繋がった。
シュミットが通話をスピーカーモードに切り替える。聞こえてきたのはエッジの声だった。
「おはよ、シュミット」
「おはようエッジ。ブレットに掛けたと思ったんだが?」
「ああ、これブレットの携帯だよ。ブレットはまだ寝てんだよ。起こそうか?ちょっと待って………ブレット、電話だよー、シュミットから!」
それから少し間が空いて、いかにも寝起きな不機嫌そうな、それでいて艶めかしく掠れた声でブレットが電話に出た。
「……なんだ、こんな時間に」
「もう昼近いぞ?いや、昨夜のことを謝っておきたくてな」
「昨夜?……あー、お前、エッジにキスしたな。お陰で俺は、みっともなく取り乱して嫉妬して……」
「ああ、申し訳なかった。酔っていたんだ」
シュミットがさらりと言うと、
「はっ。お前がそんなに素直に謝るなんてな」
とブレットが鼻で笑う。
「そりゃ私が悪いとちゃんと思っているんだから、謝るさ。ひとのものに手を出して、酔った勢いとはいえ許されることでは無いが………」
「エーリッヒにキスさせてくれたら許してやる」
ブレットの台詞に、後ろでエッジが「は!?ちょっと!」と大声を上げたのが聞こえた。
勿論冗談だと分かっているシュミットは、特に怒ることも無く、
「だったら許してくれなくていい。一生私を恨んでろ」
と笑って返した。
「もうお前と飲む時にエッジは連れて行かない」
「それがいい。でも、あれのお陰でお前、素直にエッジに気持ちをぶつけられたんじゃないのか?」
「まあな。……そのせいで今ベッドから起きられなくなってるんだが?」
「奇遇だな。私もだ」
「お前は躾け直しされて当然だ」
ははは、と笑うブレット。シュミットもつられて笑う。
どうやらこの二人の友情は今後も続きそうだ、とエーリッヒは胸を撫で下ろした。