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    bar928_kuzuha

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    キスブラ版ワンドロライ
    第66回『鬼』『わがまま』

    ピロンッ


    間抜けな初期設定のままのメッセージの通知音に携帯を確認するとブラッドからだった。

    『20:40 恵方巻』

    ただそれだけ。
    仕事の鬼からのわがままメッセージ。
    もちろん断ることも出来るが…断ったことはない。
    このメッセージの書き方をする時はかなり疲れてる時とかどうしても頼みたい時とか、特に決めた訳じゃないが二人の間の暗黙の合図になっているからだ。
    愛しい恋人からのたまのわがままは叶えてやりたいってモンだろ。
    それにしても今回は難題だ。
    多分漢字が使われていることから和食ではあるのだろう。
    「…ナニ巻きって読むんだ…?」
    送られてきたメッセージをそのままコピーして検索サイトへ貼り付けて検索。
    「…エホウマキ」
    すいすいと検索結果を指で流せば様々な具材が巻かれた巻き寿司の写真と説明が出てきた。
    「ん〜…海苔は必須かぁ」
    リトルトーキョーの中にある日本食スーパー内の陳列棚を思い出し海苔の売り場を思い出す。意外と凝った和食じゃない事に安堵し、もう1品くらい何か作ってやれるかと自宅の冷蔵庫の中身へと記憶を辿りながら足を向けた。


    が、
    考えが甘かった。

    「…なんだこれ」
    正月、とまではいかないが普段の穏やかな売り場はなく、そこは戦場だった。
    スーパー全体が混みあっているのではなく、ある程度特定のコーナーに人が集まっている。
    恵方巻のコーナーだ。
    既に出来上がった色とりどりの海鮮巻やチキンが巻かれた異色の巻き寿司もある。
    その売り場の横に掲げられたポスターに答えがあった。

    『SNSで話題沸騰!TVでも紹介された招福恵方巻!!』

    派手な色合いのポスターに、わざわざテレビも用意され紹介番組の録画が流されている。
    「…まじかー…」
    全ての合点がいった。
    これがなければブラッドは仕事帰りに立ち寄るなどで自分で調達できたのだろう。
    恋人からのわがままは、この混雑を見越した上での要求だったのだ。
    出来合いの恵方巻コーナーでこの混みよう。人の流れを見る限り鮮魚コーナーなど関連のコーナーにも人が流れているように見える。そりゃそうだよな。
    「…やりますか」
    愛しい恋人の為に。
    仕事よりもやる気を出して、いざ戦場へと足を踏み入れた。







    「…恵方巻は?」
    時間通りに訪れたブラッドが部屋に入るなり発した1言目が、これだった。
    テーブルの上には寿司桶に用意したちらし寿司と海苔と、細く切ったサーモンの刺身。
    以上。
    「…あんなんムリだって…」
    果敢にも挑戦したが、惨敗だった。
    正直、サーモンの柵を手に入れるのすら厳しく、大ぶりで色合いの良いパックを他の客と同時に掴んだ時には…内緒だが、少し能力を使った…バレないように。
    ちらし寿司の材料は比較的簡単にカゴに収めることが出来たし、海苔も無事に購入出来たが、本格的な恵方巻には程遠いメニューになってしまった。
    「いや、手巻き寿司を食べる地方もあるらしい。恵方を向いて食べればそれはもう恵方巻と言える」
    慰めで言っているわけではないのはブラッドの顔を見れば一目瞭然。
    自分で作る手巻き寿司にワクワクと目を輝かせているのが分かり、ほっと胸を撫で下ろす。
    「まぁブラッドが喜んでるならそれでいいけど」
    「さぞ混雑していただろう」
    「仕事終わりに向かったんじゃあ、ムリだったな」
    「今年はかなり話題になっているようだからな…ありがとう」
    「おぉ…」
    いそいそと椅子に座り海苔を片手に上機嫌なブラッドは、素直に口元を綻ばせて声色も優しい。
    「今年の恵方は北北西らしい」
    「ん〜あっちか?」
    「願い事を思いながら無言で食べるらしい」
    ほら、と手渡された手巻き寿司はブラッドの口のサイズが基準になっていて自分には少し細身だ。どうやら先にオレの分を作ってくれていたらしい。サンキュ、と受け取るとブラッドは得意気な表情のまま自分の分を作り始める。
    こういうとこが可愛いんだよなぁ。
    そのままブラッドの分の完成を待ち、2人揃って同じ方向を向く。
    「いただきます」
    「いただきます」
    大の大人2人が揃って手巻き寿司を無言で食べる。なかなかシュールな絵面だよな。
    思いつく願い事なんでそうそうあるもんじゃないし、1つ思い浮かべながら無言で食べ切ってブラッドを見れば、まだ一生懸命手巻き寿司を頬張っていた。
    話かける訳にも行かず手持ち無沙汰に眺めていれば、見るなとばかりにブラッドの眉間にシワが寄った。
    ようやく食べ終わり、お互い特に願い事には触れず普通に食事を開始する。なんとなくだけど、それぞれが何を願ったのかは分かる気がする。
    「…そういえば、」
    「 ん?」
    ふと食事の手を止めてブラッドが荷物から小さな包みを取り出した。
    「…なんだっけこれ…ダイズ?」
    「覚えていたのか」
    アカデミーの時にブラッドが節分について説明し、ディノと3人で豆をぶつけ合って笑い転げた思い出が脳裏に浮かぶ。
    「歳の数に1を足した数を食べる…あの頃に比べると食べる数が随分増えてしまったな」
    「あん時は美味くもないって思いながら食べたけど、今なら酒のツマミになりそうだな〜」
    シンプルな豆にはビールがいいか?と席を立とうとしてブラッドに袖を引かれた。
    「今日は飲酒は許さん」
    「えっ!?なんでだよ!」
    「ツマミがあると貴様は飲みすぎてしまうだろう」
    「ツマミを目の前にして禁酒とか…鬼かよ」
    「………」
    無言でじっ、と見つめてくるブラッドの目の奥に見えた理由。
    ほんと、普段からそれくらい分かりやすい表情してろよな…。
    「…そんじゃ、先にシャワー浴びてくるわ。オレの分のダイズはブラッドがシャワー浴びてる間に暇つぶしで食べるから」
    「そう、か…。わかった」
    意図が伝わり手を離すブラッドの耳がほんのり赤いのを見つけて今すぐ寝室に連れ込みたい衝動を心を鬼にして我慢する。
    ブラッドのこんなわがままは滅多に見れないから台無しにする訳にはいかないし、どんなわがままも叶えてやりたい。


    恵方巻に込めた願い。
    今まですれ違った時間を埋めるくらい傍に居られますように。
    どんな邪魔や障害にだって立ち向かう覚悟もある。
    鬼は外、ってやつだな。


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