夜はすっかり秋の気候だというのに昼間の暑さで体力を消費していることを感じて、日本でいう『残暑』という言葉が頭をよぎる。
午前中にパトロールをこなし、移動からの外部での会議を済ませ、その疲れと汗を温泉で流すことのなんと心地良いことか。合間にシャワーは挟んではいるが、やはり温泉は格別だ。
リトルトーキョーに温泉旅館があることを思い出し、会議に向かう前に空室を確認しそのまま予約をして正解だった。
「…オレも飲みてぇ」
目の前で、ちび…と緑茶を飲むキースがあまりにも似合わなくて思わず笑みが溢れる。
「ブラッドだけ日本酒飲むとかずりぃだろ〜」
「残念ながら個室は空いていたが宿泊部屋は満室だった。この後タワーなり自宅なりに帰らねばならないのだから、2人で飲酒は出来ないだろう」
「…タクシーで帰ればいいだろ」
「元々今日は休肝日だと聞いていたが?」
「うぐ…」
キースの勤務予定と休肝日はスケジュールに組み込んであり、今日であれば午後からのパトロールが終わればフリーだということもあり、会議後にそのまま迎えに行き今に至る。
「日本懐石っつったら日本酒だろ…期待して拉致られて騙された上に運転手役だなんて横暴だ!鬼!暴君!」
「温泉と日本料理を食べに行くから着いてこい、とは言ったが酒が飲めるとは一言も伝えていないはずだが?」
「うぅ…」
「そもそも休肝日はどうした。最近は深酒もなく関心していたが」
「休肝日は振替も出来んの!こんなの拷問だ〜」
唇を尖らせながらサツマイモの天ぷらを口に放り込むキースはどうやら本気で拗ねているらしい。
「そりゃさ、久しぶりのオフタイムに好きなことしたいってのも分かるしブラッドが酒飲むのも滅多にないし、それが和食と日本酒なら尚更だけどよ…どうせなら一緒に飲みてぇだろ」
何度も聞いた、一緒に飲みたい、というキースの要望。
酔っ払いの戯言か、ジェイやリリー教官を誘うような感覚かと思っていたが、素面での今の言い方を聞くとそうではないらしい。
「…次はそのように予定を組もう」
「…ん。しゃーねぇから今日は我慢してやるよ。だから折角のオフタイムを無駄にしないようにブラッドは満足するまで飲めよな」
「あぁ。だがそろそろ時間だし俺は満足したからそろそろ出よう」
そう、折角のオフタイムだ。無駄にしないように計画を練ってある。
会計を済ませて、車の鍵をキースに渡して助手席へと座ると、久しぶりで緊張するとボヤきながらシートとミラーの位置を直すキースの貴重な姿を目に焼き付ける。
「あんまりジロジロ見るなって」
「新鮮でつい、な」
エンジンをかけて、緊張を感じさせないハンドル捌きで車はハイウェイへと入っていく。薄く開けた窓からは秋を感じ始める夜風が入ってきて心地良い。
キースは真剣に、それでも余裕を残した表情でアクセルを踏む。一定間隔で該当に照らされる横顔は暫く見ていても飽きない。
「あんまり緊張させると擦っちまうぞ」
「キースだから鍵を預けているんだが?」
「はいはい…くそ、いざとなったら車ごと浮かせてフリー走行させてやる」
「それは…っふふ、気持ちいいだろうな」
空飛ぶ車でドライブとは、なんともSF的で想像したら面白くなってしまい、くすくすと笑いが止まらなくなってしまった。
「おぉ…酔ってんな」
「そうだな、酔っている。まだ夏の暑さを感じるみたいだ」
「そうか?風は冷たくはないけど暑くはないだろ。酒飲んだから暑くなってんだって」
「…どこかで休めたらいいのだが」
「あ〜…」
ようやく意図が伝わったらしい。
2人で酒を飲んでしまったら…特にキースが酔っ払ってしまっては出来ないコト。
「…ウチで休んでく?涼めはしないかもしれねぇけど」
「シャワーくらいは浴びれるだろう?」
「汗かいた後は気持ちいいだろうな」
車の進行方向がセントラルからイエローウエストへと変更される。
思い付きの計画ではあるが、まだ続くオフタイムをしっかり堪能して満足させて貰おう。
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