DLC3のはなし【ラツィール】
「暇だねぇ」
そう言いながら、膝の上にある彼の頭を撫でる。角と額の境目へと手を滑らせると、下から気怠そうな同意が返ってきた。
『膝枕をしないと出られない部屋』。そんな、よくわからない所へと来てしまったぼくたちは、こうして書かれたお題を消化している。
別に大きな危害はなさそうだからこうしてはいるけど、飽きたら出ようと密かに大広間に穴は掘っている。何本目のスプーンが折れたかは……今は忘れた。
だが、まあ今はこの部屋に居る以上は関係のない話だ。
「そうだ」
「ぼくの話をしようか」
そういえば、誰にも話したことはなかったな。
ぼくは……『ラツィール』という天使は代々、魂装術を教える天使だった。
魂装術を教えて、それでこの世界で生きやすいように人々を助けることが目的の天使だった。
でも、僕より先に造られた……うーん、平たく言うと兄弟の兄的なサムシングなんだけど。まあ、兄でいいや。それがわかりやすい。
兄が『悪さ』をした。どんな悪さかは知らない。ぼくはその記憶を受け継いでいないからね。
それで、ぼくらを造った……まぁ、親だね。親は兄を殺そうとした。でもだめだった。
親は、絶望した。兄とか、兄が信仰を捨ててないから天使であることとか、世界とか。たぶん、そこらへん。
だから、堕天使になったんだと思う。
それで、ちゃんとした『ラツィール』を残そうって思った。
それで、ぼくを造った。
でも、ぼくには受け継がれなかったものがたくさんある。多分、兄と同じにならないようにするためだけど。
「だから、ぼくは欠けている」
それが何かはわからない。それがわからないほどに、ぼくの中の『何か』は『余計なもの』としてそぎ落とされた。
撫でる手を止めて、天を仰いだ。何もない天井がそこにはある。
「…………実はね、兄の居場所は知ってるんだ」
「本当は、たぶん……ぼくも兄を殺しに行った方がいいのかもしれない」
「でも」
ふと視線を落とすと、彼と目が合った。
誰にも話したことなかったけど。彼に話すまで、何とも思ってなかったのだけれど。
彼の目を見ていたら、言葉が溢れてきた。
「ぼくはちょっとだけ、ほんの少しだけ恐い。ぼくが、ぼく自身が」
「あいつと同じぼくが。余計なものがなくなってしまったぼくが」
「ぼくは……あいつと会うのが恐い」
「あいつと会ってしまったら、ぼくは……同じになってしまわないかって、恐いんだ」
とうに規定の時間は過ぎていたというのに、彼はそのままこちらを見つめていた。それが、少しだけ嬉しいと思った。
彼の髪は少し硬くて、さわり心地は……比べたことがないからわからないけれど、ぼくには心地よかった。
指を滑らせ、ゆっくりと梳いてゆく。誰かにこんなことをするのは初めてだったかも知れない。
「ねぇ」
「もう少し、こうしてもいい?」
まあ、彼は同意してくれるだろうけど。いつものような返事が来ることを期待して目を閉じた。
【ダーヴィド】
「ねぇ、ダーヴィドちゃん。何か話してよ」
そう言って唐突にソルーシュさんは、僕との距離を詰めて来た。たまに、こういったことはこの島に来てからは多々あったものの、そろそろ話題が尽きてきたようにも感じた。
最近の話題は、まぁもっぱらこの『◯◯しないと出られない部屋』なのだけど。
「えっと、うーん……そうですね」
「何でもいいんだよ?」
何でもいいと言われると、逆に困ってしまうのが世の常なもので。流石の僕でも困ってしまうのです。
何か話していない話題……。そう思考を巡らせていると、一つだけ話していないことがあった。
「ぼ、僕のことでよければ……」
その言葉に、ソルーシュさんは笑顔で頷いた。
僕の産まれた土地というのはかなり辺鄙なもので、所謂田舎というやつでした。
場所柄、俗に言う『風習』などというものも多く根付き、また残っていたのです。
そんなもので、僕のような銀糸の民は忌み子だったのです。
幸か不幸か、産まれた家は僕を隠すことにしました。そして、僕は家の離れ小屋で育つことになりました。
そこで僕は長い長い時間を過ごすことになったのです。
小屋の中は暗くてあまり物がなかったことは覚えてます。たまに本や食事が運ばれてきました。
辛くはなかったんです。だって、最初からそうだったから。辛い、ってことは分からなかったんです。
ただ、誰も僕と話してくれない。
それだけは、寂しかった。
そして10年前、転機がやってきました。
どういう理由か、どんな訳かは忘れましたが、支部長が僕の前に現れたんです。
村での記憶はすごく曖昧になってきたのですが、支部長が言った言葉は覚えています。
「ねぇ、きみ。ここから出たいかい?」
「出るのならば、ぼくがきみに生きる『知恵』を授けてあげよう」
確か、そんな言葉でした。
それから、僕はここに来たんです。
そこまで話してふと顔を上げた。
ソルーシュさんは静かに僕の方を見ていてくれていた。
「あ、ああああぁ……………すみません、こんな話をしてしまって」
「えっと、その、あまり明るい話題じゃなかったですよね……」
その言葉には返答はなかったけれど、ソルーシュさんの手が伸びて僕の頭を撫でた。
そのぬくもりに、僕はただどうしようもなく安心したのだった。
【バドゥル】
「あらあらぁ、スゴい怪我ねぇ」
そう言いながら、包帯をアルケスの利き腕へと巻いていく。
先程行われた、脱出した支部長達と巻き込まれたアルケス達による敵との戦闘。その被害は凄まじく、大半の人物が大怪我を負うこととなった。
いかんせん、大きな傷の治療が出来るのがほぼダーヴィド一人な為、その順番を待つしかないのだ。
そして、こうした小さな傷たちは物理的に塞いでいる。こんな行為は初めて行うが、案外どうとでもなるものだ。
「うーん、でも多いわねぇ。あ、でも自分で治療するだなんてダメよぉ」
目の前の人物ならそう言い出しかねないと見越して、先に言っておく。
「はい。もうちょっと掛かるから、動かないでね?」
「その間は……まぁ、アタシの話でも片手間に聞いてて」
アタシの話。
とは言ったものの。
アタシ……私……僕……俺……。さてはて、どうやって話したものか。
ホラ、普段の話し方はこういうの向いてないじゃない?
だったら、適切な話し方ってものがあると思うの。でも、いざ話そうと思うとなかなか分からない。
こうやって話すようになってから、前はどんな風に話していたのかなんて覚えていない。
それ位、自分が曖昧だったのだと思う。
まぁ、それでは適当に話すか。
前居た場所の話はしてたか。
そこで自分はただの『人斬り』だった。
うん。分かっているとは思うが、端的に言うと俺は人と殺し合うのが好きなのだ。刀を振るうのが好きで、命のやり取りを楽しむ悪鬼だ。
そんな馬鹿が何故ここに居るかって?
盛大に負けたのさ。同じ刀士に。
それが、何か引っかかった。悔しいとは違うな。ただ、理由が知りたかった。俺が殺されなかった訳を。
だから、そいつを探そうと思った。袈唇を抜けてな。
……言ってなかったか? ……言ってなかったか。
まぁいい。それで、そいつを探すために界螺に来た。幸いにも友人……いや、アレは友人じゃないな。もっと違うものだな。
ともあれ、知り合いの伝手でここに来た。
余談だが、その時にその知り合いが「その喋り方と見た目すっっっごく怪しいからさ、心機一転しよ?」と言ってな。
今に至る。
一転しすぎた? まぁ、対人コミュニケーションが断絶されていたから、これくらいで丁度いいのよ。おほほほ。
知り合い? 貴方は知らなくていいわよ。性癖が面倒だから。
「さ、アタシの話はここでおしまい」
丁度良く綺麗に巻けた包帯を見つつ、少しだけ距離を離した。
ちらりと見たアルケスの顔は、今話した内容を咀嚼しているようだった。前はこんなに他人のことを考えることなんてなかったのだが、案外外面を変えてしまえば中身も付いてくるものだ。
「そういえば一度、目的の刀士と再戦したのよ。……相変わらず強かったわ。まぁ、アタシのことは忘れてたみたいだけど」
また負けたんだけどね、そう呟きながら立ち上がる。
以前は人を斬ることしか考えていなかったのだが、今は別のことが頭をよぎることが多くなったように思う。
最近では目の前に居る人物とか。
もしかして、殺し合ってみたいのだろうか。とか考えて、一度寝首を掻こうと思ったのだが、そんな気にはなれずそのまま寝た。
まあ、そんなことよりも先にやることがあるのだが。
「さ、アルケスちゃん。ご飯取りに行きましょうか」
【トーラー】
「なぁ、ご主人もさぁ。アイツの手当てしねぇの~~?」
そう目の前でうるさく喚くのは、契約している妖霊。彼はある天使を指さして、こちらを見ている。
「何がだ」
「他の人たちはしていますぜ」
「やるか馬鹿」
周りを見れば、奴が言わんとしていることはわかる。先程の戦闘にて、怪我を負った者達の……もとい、その中の一人の人物の治療をしろと言っているのだ。
「絶対にやりたくない」
改めて辺りを見回して、その人物を見つつ呟いた。
「もぉ、そんなんじゃダメっしょ? 素直にならないと」
「何を言っているんだお前は」
「え? ご主人、アイツ気に入ってるんでしょ?」
言っている意味がわからない。
そもそも唐突すぎて一時的に思考が停止した。俺が、あの天使を気に入っている?
そんな馬鹿な、と言う前に妖霊のにやけ面が目の前まで近づく。
「いやぁ、いいんじゃないですか? オレはいいと思いますよ」
「……何が言いたい」
「オレは楽しいんでいいですけどぉ」
これだから、この妖霊は頭が痛くなる。こうやって人のことを小馬鹿にしながら観賞している。
最悪なことに、こいつと契約してからは俺はこいつの楽しい玩具だ。契約者という特等席で俺が苦悶する様を楽しんでいる。
「違う……アイツのことは気に入ってなんか……」
「でも割と素で接してません?」
「そうすれば、少しは距離を置くかと思ったんだ。それに、あまりにもアイツはマイペースだし……俺の名前は覚えないし……」
最近、あの天使と過ごすと余裕がない。何故かはわからない。でも、何か見透かされているようで、いつものように上手く取り繕えなくなっている。
もっと普段なら上手く出来ているはずなのに。他の人物となら上手く出来るはずなのに。
「名前って、自分だって呼ぶ気ないのにぃ?」
妖霊が冷たく放ったその言葉が、胸に刺さる。
そう、自分だって他人の名前を呼ぶ気はない。いや、呼ぶ気がないのではない。
呼ぶのが恐いのだ。
「ち、違う……」
「違わないでしょうよ。ご主人さぁ、オレの名前だって呼ばないじゃん。恐いんでしょ、名前を呼んでソイツに想いを向けるのが。だから呼べない」
その言葉に返す罵倒すら思いつかない。それが合たっているからだ。
自分がそんな小さくて、醜い人間だから、尚更あの天使の言葉が辛かった。自分はそんな資格のある人間じゃないのだと。
自分は側に居ていい人間じゃない。と。
そう思うと、余計に目の前の景色すら定かではなくなる。ぐらりと視界は歪んで、息は詰まり、足下がおぼつかなくなる。
「俺は恐いんだ……俺の素顔を見られるのが。この醜い素顔が、見られるのが」
「違う、知っている。顔は醜くなんてない。それはあの女が言った幻想だ……」
「だから復讐したんだ……。あの女の言った、『醜い顔』を使って……」
「俺はそれが愉快だった。この顔を使って復讐するのが。その過程が。でも、それが……どうしようもなく許せなかった」
「だから俺の素顔は醜いんだ……だから、あの人には見て欲しくない……」
そこまで吐き出すと妖霊はにやりと笑ってみせた。
「いやー、言えるじゃん。見直したよご主人」
「でもさぁ、そういうのオレじゃなくて
直接言った方がいいよぉ。まあ、そこで聞いてんだけどね」
そう言って奴が指さす方には、一番聞かれたくなかった相手が居た。
あぁ、そうか。だからこいつは、あんなことを言ったのか。わざわざ俺の口から聞かせるために。最悪だ。最悪だ。最悪だ。
何も聞きたくない。何も言いたくない。
思わずその場から駆け出した。
どこに行こうかとか、何をしようか、なんて考えることも出来なかった。ただ、その場から離れたかった。
暫く走ると息が切れて、その場に座り込む。いつものように膝を抱えて、非実体化してうずくまった。
このまま消えてしまえたら、いつもそう考えてはこうしている。
でも消えることは出来なくて、途方に暮れては時間が過ぎるのをただ待っている。
「………………戻ろう」
そう、戻るしかない。それしかない。
どんな顔して行けばいいのだろう。
いや、もうどんな顔も見せなくていい。
また隠してしまえばいいだけの話だ。いつものように。
先程から酷い胸の苦しさも、息が詰まるような感覚も、全て無視して立ち上がった。
重たい足を引きずりながら、拠点へと向かった。