SSとクソデカ構文夕暮れの時間が徐々に伸び、時期に来る春の訪れを密かに伝える。未だに冷たい地面には緑がちらほらと顔を出す。
それらを踏み締めて行くようにランドー馬車が駆ける。
幾度となく通ることになったこの道もすっかり轍ができ、ガタガタと揺れることにも慣れてしまっていた。そんな中で自分の主──シスト・アスターは代わり映えのしない外を、身動ぎもせずただ眺めていた。
「楽しいんですか、それ」
思わず半ばため息をつくように、言葉を漏らした。なぜなら、シストの表情はずっと変わらない。相変わらず、何も見えないままの顔をしている。
「楽しいよ。存外景色は変わっているからね」
いつものように言葉が返される。
彼がちらりとこちらを見やる。その動きに合わせて鮮やかな金糸が揺れた。奥に隠れた暗い空のような瞳が、僅かに瞬くのが見て取れた。
「ねえ」
そう珍しく彼から声が掛けられた。
「君は、アレが何だか知っている?」
アレとは、おそらく今日出会った『白きもの』のことだろう。
その異様な有り様はともかく、特筆すべきは有り余る混沌の力。あれひとつで周囲の混沌濃度が魔境の周辺と見まごうまで上昇していた。
それが何処から来たのかは一切が不明だ。ただ、何かを知っていそうな人物は見受けられたが。
だが、この自分の主がどこまで知っているかはわからない。
「さてね、俺にはさっぱりわかりませんよ。でも……」
あんたは何か知っているんじゃないですか、そう聞こうとした言葉は彼の手によって遮られた。
「駄目だよ」
その言葉はどこか優しく聞こえるが、確かな冷たさがあった。暗い空の瞳はこちらをじっと静かに見すえている。
揺れるこの馬車の中でさえも、静まりかえったような気がした。途端、大きく馬車が揺れる。
立ち上がっていたシストの身体も姿勢を崩して、無意識のうちに手を伸ばして抱き抱えた。
確かな感触が腕の中にあることに安堵する。あの時よりも大きくなったという実感が湧いてくる。
腕の中のシストは拒否することなく、そのままでいた。
「君には教えてやらない」
ぽつりと小さく彼が呟いた。
「君に僕のことを背負わせてなんかやらない」
わかっている。きっと彼は自分には何も言わない。言ってくれない。
自分ではシストの運命を変えることはできない。そんな人間じゃないし、むしろ捻じ曲げた一因だ。救ったこともなければ、救うつもりだってない。
それ故に、例え何があっても言うことはないだろう。
それがどうしようもなく気に入っていて、どうしようもなく気に入らなかった。
だから、俺は──。
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人は誰だって、他者から定義された名という器に移し替えられる。その中身なんてさして気に留められることもなく、ただその器の上で評価され、まさしく上辺だけを見られているのだ。
大概の者たちはその差異に苦しみ、もがいて生きているというのに。だというのに自分の主ときたら、定義された器の通りに生きようとするからたちが悪かった。
そしてその与えられた器の名が何かというと、今日においては「暴君」などという、とんでもない代物であったのだが。
……こいつはただ生きることを選択して、彼なりの正しいことを成そうとしただけだというのに。それでもどうにも間も悪く、少々悪いことに彼は他人の情感の察しがすこぶる振るわなかった。それ故に、他が定義している器の見てくれが悪くなるというものだ。
──本当にそうであれば、それはそれとして楽しかったかもしれないが。
とかく彼の中身というのは、それとは似つかないように自分は思えたのだ。その中身のだいたいは伽藍堂となっており、その内に住む影がたまに顔を覗かせている。だがよく目を凝らせば愚直で純粋な部分が僅かにあるのだ。
「ホント、面白い奴だよ」
ぽつりとこぼした言葉は誰にも反響することはない。どこかの誰かから溢れ出た諸々によって、泥濘のようになった地面だけがそれを聞いていた。先程まで元気だった誰かはそこに浸かって聞いてもいない。ただの独り言だ。
血の泥濘を見て、ふと昔に「お前は中身に拘り過ぎている」と言われたことを思い出した。
──人間は勝手に器を与え、その中身を作りたがるが、お前はそれを暴きたがり過ぎている。とかなんとか。
まあ確かにそれは感じている。自分は解体することしか出来ない。人間の身体が特にそうだ。手に持つ短剣はその為に有り、その為に身体を組み上げてきた。幾度となく解体を繰り返していた。
ならば中身とはどうやって解体できるのか。身体の上辺を切り取って、臓腑を抉り出すのとは違うそれを。どうやって。
そんなことばかりを考えては、のうのうと道を踏み外しながらここまで来た。そうして辿り着いた先がシスト・アスターというひとりの人間であったという話なのだが。
まあ言い換えれば、俺はシストの中身が解体したいのだろう。
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深き森の叡智。源の知恵。一天に瞬く銀の灯。
みなが口を揃えてそう言う。私には未だ知らぬことばかりで、そう呼ばれるには値しないというのに。
蠢く魔境の深淵も、煌く聖印の光明も、私には遠く。ただ有るものの有り様を見つめているだけだと言うのに。
他者が定義すれば、その名という器が出来る。そこに適当な中身さえあれば滞りなく、それは働くというもの。器と中身との差異があれど、外から見ればそれに気づかず、機能としては十全に見える。実際、私があてがわれた「賢者」という器はそういうものだった。
私はただの器を見ては想像し、中身を知りたがる暴きたがりだというのに。
その中でも私はクリューソスの中身が知りたかった。彼に対しては「何故」という疑問ばかりが思い浮かんでは染み付いていた。
何故、そんなにきらきらと輝いているのかと──。
「キミにはそう見えるんだ」
興味深そうに白きもの、アルギュロスがそう問うた。混沌から生まれしもの。銀星の竜。人は彼をそう呼ぶ。正確には、彼なのか彼女なのかはよくわからないが。
ともかく、意志持つ強き力そのものである彼にはそう見えてはいないらしい。
「お前にはそう見えないのか?」
「うーん」
彼はそう言って、肩をすくめて首を振って見せた。人間らしい大仰な動作は彼曰く「学習の成果」らしい。
アルギュロスはなんでも人間になりたいのだとか。その為に日々人間を眺めては学習をしているらしい。その理由については、クリューソスと同じものを見るため。だとか何だとか。
クリューソスの「誰もが安心して暮らせる国を建てる」という願いを同じ目線で見たい、と言っていた。
「あ……もしかして、恋とか」
悪戯っぽくアルギュロスは笑ってみせた。
「馬鹿を言え。そんな酸い甘い話をする年頃でもないぞ、私は」
呆れたように首を横に振って、言葉を吐き捨てる。恋だなんて、とうの昔に置いてきたものを今更言われても。以降もそれが湧き出ることもなく、未だに尾を引いているのだ。未練がましくも、もう顔も声も思い出せない彼方の人物に。
そんなことを考えて、大きく溜息を吐いて見せた。
アルギュロスはこちらを見て少し目を見開くと、思案するような表情を見せた。
「……もしかしたら。命の灯を燃やしているから、かな」
今は遠くにいる彼を見つめるように、アルギュロスはぽつりと零した。その瞳には、彼を想う何かがあった。
だが、その言葉は意外と腑に落ちた。確かに、彼は何事にも全身全霊をかけている。それは真っ直ぐで、恐ろしいくらいに純粋なのだ。
まるで流星のようだ、と思った。この暗雲とした夜空を駆ける一条の光。
いずれ朝を連れて来る暁光のようで、それがどうしようもなく眩しくて私は手を伸ばしたのだ。今も、昔も。
そう思えば彼を見つけたのも必然のようで、私はまたそういった光に惹かれたのだと感じた。
瞬きをする。曖昧な時間を行き来する。
眩しい光が見える。彼が立っていた。
もう一度瞬きをした。私を起こした少年が立っていた。
永く生きていると、時間は曖昧になっていく。過去のことなのか、今のことなのか、未来の私が回想しているだけなのか。何もかも曖昧になる。時間の狭間が溶けてゆく。
それでも──それでもと、眼を開く。
「レミ」
名前を呼ぶと、彼はゆっくりと振り返る。
「今日は何処へ向かうんじゃ?」
杖を持つ手に力を込めた。どうか今が今であるようにと。
彼は笑って答える。きらきらと輝いているように見えた。
「とりあえず東!」
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人間は誰かに「そうあれかし」と定義された名の器に押し込められて生きている。そこに入れられた中身なんて見られることはなく、ただその上辺だけをなぞって評価をされるのだ。
そう、誰も私の中身なんて見ていない。
この醜い私の中身など、誰も。
何故なら誰しも中身のことなど、それが動いていれば気にしないのだ。器と中身にどんな差異があろうとも、機能さえ働いていればそれが十全であると判断する。どんなにその狭間で戸惑おうとも、外の者たちには伝わることはない。
私に定められた器は「オラクスの聖印後継者」。悪趣味な人間によって造り替えられた歪な器だ。
中身はもっと最悪だ。人を呪うことしかできない哀れな怪物のなりそこないだ。
満天の星空が見える夜だった。宿舎の外は少し冷えていて、訪れた冬をささやかに確かに肌へと伝えてくる。静まり返る風景は、自分の孤独をいっそう引き立てるようで嫌になりそうだった。
ただでさえ嫌いなものが多いのに、こんな夜まで嫌いになったのならどうやって生きていけばいいのか。
そう思うと、笑ってしまいそうだった。
優しいだけの人間は嫌いだ。
自分のない人間はもっと嫌いだ。
そして、人間全部が妬ましい。普通の人間が憎らしい。
私の性根はどうしようもなく醜い。人の中身を引きずり出して、傷つけることに悦びを見出している。
言い訳をすると、それは私を助けてくれなかった「誰か」に対する盛大な八つ当たりなのだ。自分のこれまでの人生を話したこともその一環で、私のつまらない僅かな人生ひとつで心を痛めてくれるのなら安いものだ。どうせ聞いたところで救えはしない。
──あの人に無責任に「救う」だなんて言われなくて、本当に良かった。
そんなことを言われてしまったら、感情的になってしまう。今まで良い子の仮面を被ってきたというのに、それが台無しになってしまう。
もっと、嫌いになってしまう。
私はゆっくりと暗い自室から、外へと歩き出した。
優しいあの人はエーラムから来たという時点で好きではなかった。笑って誤魔化している大人、というのが私の印象だった。
あの人は同じ魔法師ということもあり、やがてユリアンと親しくなった。彼が笑っているのを見るのは久しぶりだった。その光景見て、私は心底それが恨めしかった。本当に久しぶりだったから。
ここ数年、彼はずっと顔をしかめていた。笑った顔など滅多に見ることも少なくなっていた。私のためにと無理に微笑んでは無茶をしてきた。
そんな笑顔、私には向けてくれなかった。
私は、彼の唯一の家族なのに。それが妬ましくて仕方がなかった。
空を見上げる。星河一天の夜がどこまでも広がっている。星々は煌めき、地を照らしている。
だがそんなことも知らないあの人は、私の方にも近づいて来た。だから、傷付けてしまおうと思った。
それから少しずつ折を見て話すようにした。優しいあの人は、こんな私の人生をどう見るのだろうか。憐んで、可哀想だと言うのだろうか。救えないと嘆くのだろうか。
なんて、考えながらある日私のことを話した。どうせ貴方には救えはしないと心の内で嘲笑しながら。
でも、それは違った。あの人は私の話を静かに聞いていた。話が終わると組んだ手に強く力を込めて、それでも無理矢理笑顔を作って、あまつさえ「話してくれてありがとう」なんて言ったのだ。
──違う。違う。なんで、そんな顔をするの。
私はそれが何故だか耐えられなくて、早々に切り上げた。自分でも理由はわからなかった。
「助けて」なんて言葉は、昔に捨てた。そのはずだった。昨日までは。
私がアルギュロスに選ばれ、白いナニカを身体に植え付けられたあの日も。そこからそれに内側から犯されている不快で極まりなかったあの時も。適合してしまった所為で、身体が痛みを伴いながら徐々に造り替えられている時も。誰も助けてはくれなかった。だから、捨てた。
なのに、私はあの人に「助けて」と縋った。縋ってしまった。
バラバラになったアルギュロスが一つになろうと、迫るのが恐ろしくて、引き裂かれそうな痛みを耐えるのが辛くて、頭に鳴り響く声がうるさくて。
誰も見つけてくれないのが寂しくて。
あの人に助けを求めたのだ。
そして、私は助けられた。
それを私は、嬉しいと思ってしまった。初めて応えてくれたそれが。
それがどうしても自分で自分が許せなくなりそうで。それをどうしようもなく誰かにぶつけたくて。でも誰にも言えなくて。だから、こんな夜に出たのだ。
空は満天の星空だ。どこまでも静かに広がっている。手を伸ばせど届かない。天と地は遠く、私はちっぽけな存在だ。
──それでも、私は救われたい。誰もが救ってくれない私を、私自身が救わなければならない。だって私は、死にたくない。
このまま、何もないまま死にたくないのだ。
ふと、あの人の影が脳裏にちらついた。
「馬鹿ね。私を救ってくれるわけないでしょう」
そう吐き捨てるように呟いた。だが、その声は自分でも驚くくらいに震えていた。
「……だって、そう言ったじゃない」
その小さな言葉は、夜闇へと溶けていく。これ以上言葉が出てこないように、唇を噛んだ。風が冬を纏って吹いてみせた。
私は踵を返してまた歩き出した。明るい星空から、暗い自室へ帰るために。
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二つの超大国があった。アスターとオラクス。
1000年ほど昔のかつてはクソデカい一つの国であり「一等星程に輝く双子星の国」と呼ばれ、二百人の悟空くらい強い君主(ロード)にヤバいくらい厳粛に統治されていた。
だが、それはマジで気が遠くなる程の過去の話。かのハンパない超大国である二国は数年前に起きた「全米が泣いたフォルミアの悲劇」より、傍若無人の戦争状態にあった。
現在ぺんぺん草も生えない程の休戦状態にあるこの超大国である二つの国は、互いに顔はいいがやべぇ闇を抱えている若きロードを有していた。
二つの国、二人の若きロードをパワプロ並みの監督(あるいは監視)をする為、エーラムより「グレートティーチャーである超教育者」がマジで速やかに派遣される。
かくして破滅的な運命の歯車は回りだし、星々はだだっ広いソラに目が潰れる程に輝きだす。
グランクレストRPG『超晨星落落のソラに』
第一話「日月星辰のほぼ夜の宵」
ハチャメチャな混沌を治め、マジでイヤになるほど聖印に到れ。