八月八日のわがままスマホの画面を確認してロナルドは小さくため息をついた。
「やっぱり今日中には帰れねぇよなあ。」
こぼしつつ周りを見回すが、住宅街どころか民家一軒見えない山の中でロナルドは1人退治仕事終えたところだ。
最後に散布した吸血鬼避けの薬が浸透しているのを確認して完了の連絡を送る。もう夜も遅く相手方から返信があるのは朝になってからだろう。
今日は八月八日。ロナルドの誕生日も残り一時間程で終わりを迎える。
「まぁわかってたけどな!」
誕生日にひとりで過ごすのは初めてではない。
子供の頃なら滅多になかったけれど。ひとりで事務所を開いた年はそれどころではなかったし、それこそ妹からのおめでとうの連絡で思い出した位だったのだ。
ただ、ここ数年は家でのイベントとして楽しく過ごした方が多かったから、久しぶりの事ではあった。
仕事中は考えなかったが、なんと間の悪い事かとドラルクの方が不満顔をしていた事を思い出してロナルドは笑う。
「しょうがねえよな」
騒ぐ理由なのだから。
それを出来ないのは残念だろう。
自分もひどく残念だと思っている。
それでも緊急だと言われた仕事を断る理由にはならなかった。
隣県とはいえ遠方の依頼の電話が事務所に来たのは2日ほど前の事。吸血生物(虫)の大量発生の駆除と原因究明を、経験豊富なシンヨコのハンターであるロナルドに頼みたいという話だった。
シンヨコでは残念ながらちょこちょこある大量発生も、別の地域では珍しい事で対応の遅れから被害が広がる事も多い。
——年末の寒い時期に吸血アブラムシが増える場所は他にないだろうし。原因はVRCだが、
今は8月に入ったばかりで、元々生き物が増える時期だからと、ふたつ返事で依頼を受けた。
打ち合わせて向かう日付を決めた時にドラルクが不機嫌だったのも分かっていながら。
当日は流石に地元ハンターに手伝ってもらって吸血虫の数を減らしてからロナルドは最後の仕上げに山の中に入り、発見した巣と残りの吸血虫を駆除後また巣を作らないように吸血避けの散布をした後帰路に付くところだった。
当たり前だが時間は深夜に差し掛かり。レンタカーではなく電車とバスできたから終電はとっくに無くなっている。
[ひとやすみして明日かえる。おやすみ。]
ドラルクにラインで連絡して、ロナルドは今日取っていたホテルへと向かった。
後一時間くらいで今日が終わる。去年は確か、仕事から帰ったら誰もいなくてメビヤツまでいなくて探したら皆が予備室で待っていた。プレゼントだとセロリまで用意したドラルクを何度となく砂にして誕生日を終えたのだ。
思い出しつつセロリの部分は消去して、ロナルドは笑う。
あぁそうだ恋人になってからは初めてだ。誕生日なのに一緒に居ないのは。
だからか、少し物足りないと思うのはと。
ロナルドが思っているとスマホの通知音が鳴った。
直ぐに見ればこの時間は起きているであろうドラルクからラインの返信だった。
画面にはご飯は食べたか?の文字。心配の仕方が親の様で笑みがこぼれた。
[もう終わった?]
[ホテル付いたか?]
既読が付いたからだろうか次々にくる通知にまだとかえした。
続けて今終わった所だからと打つ。
[怪我なんてしてないだろうな?]
と来てすぐに、とジョンが心配してると追加される。
途端デレっとした顔になって怪我してないよ~大丈夫だよ~とロナルドは返信した。
ただ少し服は汚れたと打つと、
[五歳児は泥遊びでもしたんでちゅか~?洗濯するの誰だと思ってんだ。]
と爆笑のスタンプ。
それには殺と書かれたスタンプを返した。何個も。その後にいつもありがとよと送ってスマホをしまった。
一緒にいる時と変わらないなとロナルドは再びホテルへと足を進める。
それでも、やっぱり目の前に居ないのは物足りないなと思う自分が少し怖かった。それに慣れるのは少し怖い。
怖いけれど、後数十分は自分の誕生日なのに。
ロナルドは部屋に入ると支度もそこそこにまたスマホを取り出し今度は通話のマークを押した。コールが始まると同時に相手が通話に出た事にずっと待っていてくれたんじゃないかとうれしくなった。
『ホテルついたのか?』
「ああ、今部屋入ったとこ。」
『そう、お疲れ様』
「うん」
耳に響くドラルクの声は優し気で、ロナルドはまずいと思う。
寝る前に、一言二言話してお休みと言おうとかけただけなのだ。
『ロナルド君?ご飯食べた?』
「…今からはたべねぇよ。」
『なら帰ったら食べると良い。作ってある。』
「ん・・・わかった」
今日の最後に声が聞ければよかった。それだけだったのに。
ドラルクの声は、まるきり恋人してる時の物だ。こんな声聞いてしまったら。
『ロナルド君』
自分の声も柔らかくなっているのにもロナルドは気が付いている。
『会いたくなっちゃった?』
スマホを持つ手が僅かに震えた。いつもならそんなわけがないだろうと調子に乗るなと返すところだ。
けれど、今日は年に一度の誕生日で、恋人とは離ればなれで、電話で声だけつながっている。その状況に満足してしまえばよかったのだが気が付けばロナルドはわがままを零してた。
「うん…」
『…っ…』
「…お前に会いたいかも?」
今度はドラルクのほうから息をのむ声が聞こえた。
「あー・・・あぁウソ?いや会いたいのは嘘じゃないけど、冗談だぜ?ホント。」
言い終わった途端に恥ずかしくなって、ロナルドがそんな風に言葉を重ね笑うと、ドラルクはただ嘆いた。
『今日と言う日に君の隣に居ないなんて!』
「明日には会えんだろ?」
なるべく早く帰るとロナルドは言う。
『そうだけど!…やっぱり今日の夜は傍に居たいじゃないか…』
ブーブー文句を言うドラルクの顔もテレビ通話すれば見れるのに、顔を見てしまったらいよいよ言ってしまいそうで知らされてる通知は無視している。
今すぐ会いに来いなんて、そんなわがままは流石の誕生日でもロナルドには言えなかった。
「まあ遠いから、しょうがないだろ。」
『っうううん、もう!3分マテ。御真祖様に相談する!』
「はばっかじゃねぇの‼こんな事で相談なんて冗談だろ」
『君が会いたいと言ってくれてるのに!今せずにいつする』
「…力を素直に借りるって所がてめぇらしいな…」
『手段は択ばんわ!』
今日が終わるまであと十分ほど。
そんなやり取りと、ドラルクの言葉が嬉しくてロナルドは無茶スンナよ待ってるけどと隠せぬほどに声は弾んでいて、それをドラルクもわかっているから待ってろよと叫んで惜しみながら通話は切られた。
「ドラルク。」
足りないとも思うし、明日には会えるのだしとも思うけれど、ドラルクのその行動は素直にうれしくて、それだけで満足してしまったからロナルドは届くかわからないどちらでもいい今年最後の誕生日プレゼントを受け取るために窓を大きく開けたのだった。
果たして、その夜ドラルクがロナルドのもとに現れたのか、それはふたりを見守っているマジロだけが知っている。
おわり。