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    tasuko013

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    tasuko013

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    CLB24の無配になります。
    ※オメガバースパロ「蒼空に誓う」の番外編です。
    ※名前有り、自我有りの二人の子どもが出てきます。
    ※左馬刻の過去をねつ造しています

    聖なる夜空に願いを込めて「おい、蒼空は何をあんな真剣に悩んでンだ?」
    仕事から帰って来るなり目に飛び込んできたのがリビングのテーブルに真っ白な画用紙を広げて難しい顔をしている蒼空だったから、左馬刻は台所で夕飯作りに励んでいる一郎にそう問いかけた。今日の夕飯はどうやらシチューらしい。十二月も下旬にさしかかれば東都にも雪がちらつく日が出始めていて、今日もよく冷える夜だったから温かな夕飯はありがたい限りだった。
    「ああ、ほら、もうそろそろクリスマスだろ?」
    一郎は鍋の中のシチューを味見しながらそう言った。
    「あ~……弟どもと集まってパーティーすンだろ? ヨコハマのマンション貸せって言われたぜ」
    イケブクロの家ですれば良いと思ったのだけれど、合歓ちゃんも呼びたいし後片付けとか有るし、ヨコハマの夜景綺麗じゃんなんていう二郎の言葉に押し切られてクリスマスは手放していないあのマンションで過ごすことになっているのだ。クリスマスパーティーなんて馴染みはないけれど、久しぶりに二郎や三郎、そして合歓に会えることを喜んでいる蒼空を見ていれば楽しみでもあるわけで。それにパーティーに持っていくクッキーを一緒に作る約束をしていたから、左馬刻としても久しぶりのお菓子作りに向けて時間が空いた時には合歓の持っていたお菓子作りのレシピ本を開いたりしているのだ。合歓と暮らしているときはお願いされて焼いたこともあったけれど、近頃は一人で作るなんて事も無かったから、基本から思い出す必要があった。てっきりそのことかと思っていれば一郎は「いや、そうじゃなくて」と首を横に振った。
    「ほら、クリスマスっつったら……」
    解るだろ? と言いたげな言葉だったけれど、一切ピンとこない。ここ数年クリスマスなんて無縁の存在だったのだ。だからなんだと目線で問えば、一郎は小さく笑ってから言葉を続けた。
    「だから、サンタさんへのお手紙。何欲しいかずっと考えてんだよ」
    かわいいだろ? と一郎が言うのに、左馬刻は特に否定もせず頷いた。確かに可愛い。蒼空はまだ五歳なのだ。何の疑いもなく、サンタクロースの存在を信じているのだろう。
    自分の幼少期はどうだっただろうか。子ども時代の想い出は決して綺麗なものばかりではなくて、振り返ろうとすれば時々暗い靄がかかったみたいになる。ほんの少しだけ掌を握りしめる力を強めていれば「どうした?」と一郎の気遣わしげな声が聞こえた。
    「いや、」
    何でもねぇよと言うのも違う気がして、そこで言葉を区切る。一郎は何かを察しているのか、深く問わないまま「もうちょっとで夕飯出来るからさ。それまで相談にのってやってくれよ」と左馬刻の肩を軽く叩いた。
    本当のことは言うなよ、なんて一郎が声を潜めて言うのに、当たり前だろと苦笑いしながら左馬刻は蒼空の元へと進む。本当に真剣に悩んでいるようで、蒼空はお気に入りの赤いクレヨンを持ったまま、左馬刻の気配にも気がつかずじいっと画用紙を見つめたままだった。
    「悩んでンのか?」
    声をかけながら蒼空の隣に座る。そうすれば蒼空は「あ」と声を出して、「パパ、お帰り」と嬉しそうに笑った。
    左馬刻が一郎と蒼空と共に暮らすようになってから未だ数ヶ月。パパ、と呼ばれることにくすぐったさはあるけれど、そこまで抵抗もなくなった。まさか自分が家族を持つようになるなんて考えたことがなかったし、上手くやれているのかは解らない。あの父親の元で育った自分がちゃんとした親を出来ているのか不安になることもあるけれど、ニコニコと笑って出迎えてくれる蒼空の顔を見れば、その気持ちも幾分か和らぐのだ。
    「うん。サンタさんにお手紙書いてて」
    蒼空はそう言って、「それでね」と続けた。
    「前はね、ドクターイエロー貰ったの」
    蒼空が言う。おそらくは子ども部屋に置いてある電車のオモチャのことだろう。ドクターイエローなんて全く馴染みのなかった言葉なのに、今は迷わず形状を思い浮かべることが出来るから不思議だった。
    「ねぇパパ」
    蒼空は少しだけ言い辛そうに目を伏せて、そうしてチラリと左馬刻を見上げた。
    「あのね、サンタさんが絵本もってきてくれたら、たくさん読んでくれる?」
    「……」
    一瞬言葉に詰まったのは、決して嫌だったからではない。この可愛い問いかけになんと応えるのが正解か解らなかったからで。絵本なんてどれだけだって買ってやりたいし、求めてくれるのなら毎晩だって読み聞かせるけれど、きっとそう言うことじゃなくて。
    「ははっ、蒼空はサンタさんに絵本もって来て貰いたいのか」
    困っている左馬刻に助け船を出すように一郎が言う。蒼空はコクリと頷いて、「そう」と言った。
    「けど、パパに読んで貰うのどんな本が良いかなと思って悩んでたの」
    「そうだなぁ~~、じゃぁ、パパに読んで貰うための絵本ってお願いしたら良いんじゃねぇか? サンタさんだったらきっと良いのもって来てくれると思うぜ!」
    な、と一郎が軽く片目を瞑るのに、左馬刻は「ああ」と頷いた。このあたりが、さすが蒼空が五歳になるまで一人で子育てを担っていた一郎である。きっと自分が同じようにしようとおもっても無理なところだろう。最初の頃は真似をしようとしたこともあったけれど、それは無理だと早々に悟った。自分には自分のやり方があるのだ。
    「もうちょっとで夕飯できるから、パパと手紙かいて待っててくれよな」
    「うん! ねぇねぇパパ、教えて欲しい字があって……」
    蒼空が言うのに、左馬刻は「おう、どれだ?」と言いながら画用紙に向き合った。真っ白なそれに、蒼空が元気よくサ、ン、タと文字を書くのを見つめる。
    「蒼空、〝ほ〟は左側を先にかくンだわ」
    「ちょっと難しい……パパ……」
    蒼空が手伝って、と言うのに左馬刻はその小さな手を上から包み込むようにして平仮名を画用紙の上に並べていく。
    『え、ほ、ん、が、ほ、し、い、で、す』
    蒼空がゆっくりと文字をなぞるように言う。パパによんでもらいたいです、と少しだけ小さな文字で書き加えているのを見つめながら、左馬刻は考えを巡らせた。
    どんな絵本が良いだろうか。ここのところの蒼空は、少し難しいストーリーものの本も楽しめるようになっている。「昔は呼んでる途中で寝てたんだけどな」なんて一郎が言っていたのを思い出す。今は最後まで聞きたがってなかなか寝てくれないなんて、ほんの少しだけ困ったように笑いながら。
    「どんな本もって来てくれるかなぁ~~」
    キラキラと自分によく似た紅い瞳を輝かせながら言う蒼空の頭を、左馬刻はポンポンと撫でた。一郎の黒髪によく似たそれが指先に触れる。蒼空が擽ったそうにするのに僅かに目を細めて、左馬刻は「楽しみだな」と柔らかく言葉を落とした。


    --


    息を、潜めるようにして過ごしていた。
    耳を澄ませれば、隣の家に住む家族の楽しげな笑い声が聞こえてきて、それと同時に家の中から聞こえる怒声に心臓がぎゅっと締め付けられた。ズキズキと下腹部が痛いのは、酔った父親に蹴り上げられたからだ。唇を噛みしめれば、僅かに血の味がした。けれど、逃げ出すわけにはいかない。自分には守らなければならない存在があるのだから。
    「お兄ちゃん……」
    夜の風は冷たい。いくら毛布にくるまっていてもそれは変わらなくて、左馬刻は隣に座る合歓と身体をよせた。まだ小学校にも上がっていない小さな妹の身体は少しだけ震えていて、少しでも温まるように身体をさすってやる。
    「寒ぃよな」
    「ううん、だいじょうぶ」
    未だ小さな合歓は、そう言って無理に笑う。左馬刻は小さなその手を握りしめて、そうして空を見上げた。
    真っ暗な夜空に、星が点々と燦めいている。こんな夜なのに、澄んだ空だけはどこまでも綺麗だった。
    「……見てろよ、合歓」
    左馬刻はそう言って、家の中から持ち出したマッチの箱をポケットから取り出した。これを盗み出したことがバレたらまた殴られるかもしれないけれど、今はそんな事どうだって良かった。
    掠れた音をたてて火を付ける。ぼおっと浮かび上がった赤い炎が、ゆらゆらと揺れた。
    「わぁ、綺麗」
    「な。知ってるか? この火の中に、欲しいモン見えんだって」
    昔、見たことがある。寒い夜にマッチを売る少女が、炎の中に〝幸せ〟を見る物語。
    温かな家庭、テーブルの上に並ぶクリスマスのディナー、ケーキに、プレゼント……、そんなものを手にする日が来るのだろうか。自分が最後に見る幸せの景色は、一体何だろう。ふと隣に目線を移せば、合歓がキラキラと瞳を輝かせながら炎を見ている。無垢なその瞳には、一体何が見えているのだろうか。
    フッと炎が消える。もう一回みたい、と言う合歓の声に導かれるように、左馬刻はもう一度火を付けたのだった。


    --


    「――、とき、……左馬刻」
    「……ッ!」
    名前を呼ぶ声に、左馬刻はハッと目を覚ました。何度か目を瞬けば、目の前に心配そうな一郎の顔がある。ゆっくりと周りを見渡せばリビングだったから、どうやら寝落ちしてしまったのだと解った。
    蒼空を寝室に送り届けたところまでは記憶にあるのだ。寝付かせと同時に寝てしまいそうなのはなんとか耐えたのだけれど、その後風呂に入っている一郎を待つ間にソファで寝てしまったらしい。
    「わり、寝てた……」
    「いや、それは良いんだけど。大丈夫か? 随分魘されてたけど……」
    「ああ……」
    何と言ったら良いか解らず身体を起こす。隣に座った一郎から、風呂上がりの匂いに混じって僅かにフェロモンが香り、不思議と心が和らいだ。
    ――…夢を、見ていた気がする。幼い頃の。
    「疲れてんだろ? 十二月に入ってずっと忙しそうだったもんな」
    一郎が言うのに、左馬刻は「ああ……」と頷いた。先月の中旬くらいからどうにも仕事が忙しさを増して、事始めが終わるまでは家に帰られない日もあったくらいだ。だから、疲れているというのはあながち間違いではない。一郎だってここのところずっと忙しそうにしていたのだから自分だけのことではないのに、それでも左馬刻を気遣ってくれるところがこの男らしいなと思った。その優しさに、昔から随分助けられている。
    「なんつーかよ……」
    左馬刻は一郎に甘えるように、その肩に額を宛てて口を開いた。今までだったらこんなこと告げられていたか解らないけれど、隠しておくのも違うと思ったのだ。二人は番で、家族で。そして一郎はきっと、左馬刻の胸の中にある何かを察している。ただ、ほんの少しだけ自分の心の中の弱い部分を吐露するのが怖くて言いよどんでいれば、一郎が柔らかな手つきで髪の毛を撫でたのが解った。左馬刻が、一郎や蒼空に良くするように。
    「言いたくねぇことは言わなくたって良いんだぜ。俺も、アンタに隠してたこといっぱいあったから」
    左馬刻と番になったことも、左馬刻との子どもを育てていたことも。一郎が言うのに、左馬刻は小さく笑った。
    「もう隠してる事はねぇよな?」
    「ははっ、どーかな? ねぇんじゃねぇかな」
    「なら良いけどよ……」
    一郎はすぐに自分一人で抱え込もうとする。それが隠し事なんて思っていないところで、左馬刻に黙っていることだって有るかもしれない。もっと自分に伝えてくれても良いのにと常に歯がゆく思っている事を思い起こして、もしかしたら今の一郎も同じような気持ちでいるのかもしれないなと思った。
    「……クリスマスっつーンは、そんなに良い想い出ばっかでもねぇから」
    ぽつり、と左馬刻は落とすように言う。
    幼少期の記憶に良い想い出がないのはクリスマスに限らずでは有るけれど、街中がどこか浮かれて楽しそうな雰囲気担っている中で置いてけぼりになったみたいな寂しさは、未だに胸の中に残り続けている。合歓と二人で暮らすようになってからは細やかだけれど二人で祝うこともあったけれど、それも数年で無くなってしまった。
    あまり一郎に表情を見られたくなくて顔を伏せたまま漏らす。暫く沈黙が続き、そうしてようやく一郎が口を開いた。
    「――……アンタの抱えてる苦しみを、簡単に解るとか言えねぇけどさ」
    一郎が言う。左馬刻は黙ってその言葉を聞いていた。
    「俺にとってのクリスマスってのも、……昔はあんまり良い思い出とかなくてさ。二郎や三郎と暮らし始めるまでは、施設行事の一つで、何が楽しいんだか全く解んなくて」
    「……」
    「そんな俺に、アンタが教えてくれたんだぜ」
    一郎が昔を懐かしんでいるのが解る。僅かに顔を上げれば、口元に笑みを浮かべた一郎の顔がそこにあった。
    「俺様が?」
    「そ。イブにバイト入れようとしてたら、そう言う日はちゃんと家族で過ごせってケーキ代渡してくれてさ」
    そうだったか、そうだった気もする。今も変わらないけれど、あの頃の自分は一郎の事を特別に可愛がっていた。〝自分のオメガ〟にはならないと思っていても、それは変わらない感情だったのだ。
    「大事な人と過ごす日だろって。そういうのが、家族になってく中で大事だって、だから毎年アイツらと騒いで、蒼空が産まれてからはみんなでパーティーとかしてさ。そんで、こういう行事も悪くねぇなって、だんだん思えるようになって……」
    一郎は左馬刻の頬に手を触れて言った。
    「左馬刻の、辛い想い出が全部消えるとかは思ってねぇけど……。こっから少しでも、楽しい思い出が増えてけば良いなって思う」
    「……」
    さんきゅ、と言えば一郎が「おう」と頷くのが解った。昔は自分の後ろを走ってついてきていた一郎が、いつの間にかこんなにも頼もしくて、温かい。
    「ほら、パーティーの準備もあるしさ! どんな本にするかも考え無いとだな」
    忙しくなるぞ~と一郎が腕まくりをするのに、左馬刻は「病み上がりなんだからあんまり無理すんなよ」と代わりにその黒髪を撫でながら告げたのだった。





    暖房の良く効いた室内に居たからか、バルコニーに出れば身体に触れる冬の風が心地よい。
    左馬刻は室内に飾られたクリスマスツリーを前にはしゃいでいる蒼空を見て僅かに目を細めると、ポケットの中からライターをとりだした。
    イケブクロで暮らすようになってからは煙草の本数もめっきり減ったけれど禁煙したわけではない。蒼空の前では極力吸わないように心がけているから、こうやって外に出て吸う習慣がついていた。
    月が綺麗な夜だ。天気予報では明日は雪マークがついていたから、もしかしたらそろそろ空から雪が舞い落ちるかもしれない。ホワイトクリスマスを喜ぶなんてガラではないけれど、真っ白に染まった街を見て蒼空が喜ぶだろうと想像すれば頬が緩んだ。明日は、イケブクロの商店街に展示されている巨大クリスマスツリーを家族で見に行く約束になっている。萬屋ヤマダが飾り付けを一手に担ったそれを見に行くことを、蒼空はとても楽しみにしているようだった。浮かれているなというのは自分でも解っている。けれど、それも悪くないと思える程には、この生活に心地よさを感じていた。
    「――……お兄ちゃん?」
    ふいに名前を呼ぶ声がして、左馬刻は煙草をくわえながら顔を上げた。水色のストールを纏った合歓が緩やかにバルコニーに足を踏み出すと、寒そうに身体を震わせながら左馬刻の隣に並んだ。
    「寒いね。雪降りそう」
    「おー……明日は雪つってたな」
    「やっぱり?」
    ふふ、と合歓は嬉しそうに笑って、「蒼空くん喜ぶだろうね」と左馬刻の考えていた事と同じ事を口にした。口から漏れ出る吐息が白い。風邪ひくから中に戻るか、と言おうとして煙草を口から離せば、合歓が「あのね」と小さな声を落とした。
    「今日、誘ってくれてありがとう」
    「ああ」
    「……クリスマスに、お兄ちゃんの家族と一緒に過ごせて嬉しい。久しぶりにお兄ちゃんの作ったクッキー食べられたのも嬉しかったなぁ」
    合歓がそう言って笑う。なんだか少しだけ泣きそうにも見えたけれど、暗い夜空の下では良く解らなかった。始めて蒼空に会った時に泣きじゃくっていた合歓の記憶が蘇る。あの日以来時々蒼空は合歓の家に遊びに行くこともあったけれど、こうやって家族揃ってあうのは久しぶりだったし、二郎と三郎も同じ空間にいるのは初めてのことだった。
    「煙草、吸って良いんだよ」
    「おう……、わりぃな」
    「ううん。蒼空くんの前では吸わないんだなって、やっぱりお兄ちゃんだなって嬉しかった」
    「んだよそれ」
    照れくさくて目を反らしながら煙草をくわえる。カチカチと音を鳴らしながら火を付ければ、赤い炎がゆらゆらと揺れた。
    「――お兄ちゃん、覚えてる? クリスマスに、お兄ちゃんがマッチ擦ってくれて」
    静かに口を開いた合歓を見れば、赤い炎が映り込んでいる。その記憶は、先日左馬刻が夢に見たものと同じだろう。左馬刻にとっての辛い記憶。だから、何と言って良いのか解らず、「……おう」と頷きながら炎を眺めた。
    「その時見た火がね、とっても綺麗だった事は覚えてて」
    「……そーかよ」
    「うん。お兄ちゃんと二人で過ごしてたクリスマスもとっても楽しかったけど、今日もすごく幸せで」
    合歓はそう言って、ふふっと笑う。微かな風に震えた炎の先に、部屋の中で楽しそうに笑う一郎と蒼空の姿が見えた。まるで、炎の中に映し出されているみたいに。
    「蒼空くんとね、クリスマスツリー飾り付けたの。あんなおっきなツリー初めてだよ」
    言われて左馬刻は部屋の中を見た。あんなツリーどこに売っているんだと言うくらい大きなツリーが飾られているのだ。サンタクロースやトナカイの人形、丸くてキラキラしたオーナメントが満遍なく飾られていて、きっと時間が掛かっただろうなと思った。
    「大変だっただろ?」
    「ううん、楽しかった。蒼空くん、とっても素直で可愛くって」
    合歓はそう言って左馬刻を見上げる。視界に入る紅い瞳は、蒼空とよく似ているなと思った。

    「……いつも私を幸せにしてくれてありがとう、お兄ちゃん」

    合歓がそう言うのに、左馬刻は僅かに目を見張る。
    そうか。そんな風に言ってくれるのか。
    辛い思いをさせたことだってきっと沢山あったし、あの日の思い出だってきっと幸せなものではないだろう。けれど、そんな風に合歓が言ってくれるのならば――。
    あの頃の自分が、報われるような気がして。
    「パパ! 合歓ちゃん! 何してるの?」
     先ほどまで室内に居たと思っていた蒼空が、二人の姿を認めたのかバルコニーに駆けてくる。左馬刻は煙草を灰皿に押しつけて、そうして蒼空を抱え上げた。
    「雪!」
    蒼空が指を指した先に、ひらひらと白い結晶が舞っているのが見えた。
    「綺麗だね!」
    蒼空が嬉しそうに笑うのに、左馬刻は「ああ」と頷く。我が子を抱え上げる確かな重みは、これが確かに現実のものだと伝えてくれているようだった。
    ――火が消えれば無くなってしまう幻想などではなく、確かに手に入れた幸せの姿なのだと言うことを。







    「っし、だいぶ片付いたな」
    キッチンで洗い物をしていた一郎が言うのに、左馬刻はゴミ袋のくちを縛りながら頷いた。
    クリスマスパーティーは、最初から最後まで賑やかなまま幕を閉じた。久しぶりに会う二郎や三郎に蒼空は大喜びだったし、合歓から貰った大きなクマのぬいぐるみを抱えてずっと楽しそうに笑っていた。萬屋の仕事でこのシーズンは出番が多いらしい一郎がサンタクロースの衣装で現れたときには蒼空は手を叩いて喜んでいて、左馬刻の膝の上でそれは楽しそうに笑うものだから、なんだか胸がいっぱいになったのだ。
    そうして一通り楽しんで、そろそろパーティーも終わろうかという頃――。
    ずっとはしゃぎっぱなしだった蒼空が眠ってしまった。よっぽど疲れていたのか電池が切れたみたいにぐっすりで、まったく起きる素振も無くて。今日はどうしてもイケブクロに帰る必要があるから片付けなどをどうしようかと思っていれば、三郎が言ったのだ。
    「蒼空は僕たちがうちに送りますから、お二人には片付けをお願いできませんか?」
    と。
    元々二郎と三郎はイケブクロに泊まっていく予定だったから不自然でも無い申し出だったのだけれど、そんな風に言い出した理由はなんとなく解っている。きっと、左馬刻と一郎が二人きりになる機会を用意してくれようとしたのだろう。
    「どう? 楽しかったか?」
    エプロンを外しながら一郎が言うのに、左馬刻は「ああ」と頷きながら、一郎を手招きした。窓際に並べば、窓から見える夜景がキラキラと輝いている。空からはひらひらと小さな雪の結晶が舞い降りていた。
    「……あんがとな、合歓も誘ってくれてよ」
    「当たり前だろ? アンタの大事な人なんだから」
    一郎が当然のように言う。愛おしさが募って、左馬刻は思わず一郎の身体を抱き寄せた。
    「――……楽しい思い出作れたか?」
    「ああ……」
    それに、辛かった記憶もそれだけじゃなかった事が解った。今日がなければずっと解らないままだっただろう。もうきっと、あの時の夢に魘されることもない。
    「お前のおかげだわ」
    言いながら抱きしめる力を強めれば、ふんわりと一郎の項からフェロモンが香る。シャツの中に手を這わせて身体に触れれば、一郎がピクリと身体を震わせた。
    「……な、に?」
    「アイツらも気ぃ使ってくれたンだろ? 今日がクリスマスイブだからって」
    「え……?」
    「恋人として過ごすのも初だろーが」
    番になったときには左馬刻の記憶が無かったし、二人が恋人関係にあった時期は今まで無かったのだ。普段は蒼空が居るからヒート期間以外は二人きりで過ごすような事も無くて、だからきっと、二郎と三郎が気を利かせてくれたのだろう。蒼空はもうぐっすり眠っていたし、きっと二人の帰りが遅くなっても大丈夫だと、暗にそう告げて。
    気恥ずかしいけれど、そんな風に二人の関係を認めてくれているのならありがたくもある。
    ちゅっと音をたてて一郎の項を吸えば、かあっと耳まで赤くなったのが解った。
    「そういうこと、なのか?」
    「そういうことだろ」
    ゆっくりと一郎の顎に手を当てて、顔を自分の方へと向ける。僅かに開いた唇に指を這わせてから、食むようにキスをしてやれば、甘い息が漏れたのが解った。
    「……んっ」
    セックスをする時はいつもヒートの時だから二人とも我を忘れていて、だからこんな風に意識がある状態で深いキスをするのも久しぶりな気がする。とろんととけている一郎の瞳が可愛くて、けれど何度か口づけを交わしながら、左馬刻はフッと笑ってしまった。
    「どうした……?」
    「いや、お前集中できてねぇだろ?」
    言いながら左馬刻は一郎の目尻を撫でる。え? と一郎が目を見張って、けれど少しだけ申し訳なさそうに眉を垂れた。
    「まぁ、うん……そうかも」
    「だろ? まぁ俺様も同じだわ」
    言いながら左馬刻は窓の外見た。結晶に過ぎなかった雪はいつの間にか大粒に変わっていて、明日になれば積もっているのだろうと思わせるには充分だった。
    「帰れなくなンのは、困るからよ」
    「だよな……」
    「――起きたとき、枕元にある絵本、一緒に読んでやりてぇからな」
    左馬刻が目を細めて言えば、一郎が「だよな」と頷く。二人とも考えていることは同じだったらしい。
    ぐっすりと眠っている蒼空の枕元に絵本を置いて、そうして朝一番に起きて喜んでいる姿を見届けたくて。パパに読んで貰いたいからと絵本をサンタクロースにお願いする可愛い息子の元へ、どうしても戻りたかった。
    「……帰るか。積もる前に」
    名残惜しいのを断ち切るようにもう一度一郎に口づける。続きはまたの機会にな、と付け加えてやれば、一郎が顔を赤くしながら頷いたのが解った。






    色とりどりに点滅するライトに、蒼空が目を輝かせている。
    「ねぇねぇ、これママが作ったの?」
    イケブクロの商店街の中心にあるクリスマスツリーの周りには、たくさんの人が集っている。昨日から降り続いた雪は街並みを白く染めていて、文字通りのホワイトクリスマスとなった。蒼空は口から白い息を吐き出す。凍えないように身体をよせて上着を掛けてやりながら、左馬刻は「ああ」と頷いた。
    「すげぇよな、一郎は」
    「うん! すごい!」
    蒼空が言うのに、一郎が照れくさそうに頬をかいている。「二郎も三郎も一緒だったからな」なんて言っているけれど、テーマを決めたり飾りを発注したり、大変な作業をこなしていたのは左馬刻もよく知っていた。自分も同じ時期忙しかったからあまり力になれなかったけれど、一郎は見事に大役をやってのけたらしい。ツリーの前に集う人たちはみな一様に笑顔を浮かべていて、恐らく自分も同じような顔をしているだろう。
    「お星様、きらきらしててきれい。サンタさんも迷子にならずにすむね」
    蒼空が言うのに、左馬刻は「そうだな」と笑った。今朝方、枕元に置いてあった〝サンタクロースからのプレゼント〟の絵本は、迷子になったサンタクロースが大きな星を目印にしてみんなにプレゼントを配るというものだったのだ。『パパ! サンタさんから絵本きた!』という蒼空の第一声で起きてから、今日一日で何度も読んだから左馬刻も内容を覚えてしまった。それだけ喜んでくれたなら喜ばしい限りなのだ。
    「よかったな、蒼空。パパに絵本いっぱい読んで貰って」
    一郎が笑いかけるのに、蒼空はうん! とそれは嬉しそうに頷く。へへっと笑いながら、左馬刻の身体にキュッと抱きついた。
    「ボクね、パパとママと一緒でとっても嬉しい!」
     家族三人で過ごす、初めてのクリスマス。
     左馬刻はぎゅっと蒼空を抱きしめて、そうして隣に立っている一郎の肩に手を回した。照れくさそうに笑う一郎が愛おしくて、二人とも纏めて抱きしめてやる。キラキラと輝くツリーの灯が、一層明るく見えたような気がして。
    ――ああ、また一つ。
    燦めく記憶が増えたなと、左馬刻はそんな事を思った。




    happyXmas🎄
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    ※左馬刻の過去をねつ造しています
    聖なる夜空に願いを込めて「おい、蒼空は何をあんな真剣に悩んでンだ?」
    仕事から帰って来るなり目に飛び込んできたのがリビングのテーブルに真っ白な画用紙を広げて難しい顔をしている蒼空だったから、左馬刻は台所で夕飯作りに励んでいる一郎にそう問いかけた。今日の夕飯はどうやらシチューらしい。十二月も下旬にさしかかれば東都にも雪がちらつく日が出始めていて、今日もよく冷える夜だったから温かな夕飯はありがたい限りだった。
    「ああ、ほら、もうそろそろクリスマスだろ?」
    一郎は鍋の中のシチューを味見しながらそう言った。
    「あ~……弟どもと集まってパーティーすンだろ? ヨコハマのマンション貸せって言われたぜ」
    イケブクロの家ですれば良いと思ったのだけれど、合歓ちゃんも呼びたいし後片付けとか有るし、ヨコハマの夜景綺麗じゃんなんていう二郎の言葉に押し切られてクリスマスは手放していないあのマンションで過ごすことになっているのだ。クリスマスパーティーなんて馴染みはないけれど、久しぶりに二郎や三郎、そして合歓に会えることを喜んでいる蒼空を見ていれば楽しみでもあるわけで。それにパーティーに持っていくクッキーを一緒に作る約束をしていたから、左馬刻としても久しぶりのお菓子作りに向けて時間が空いた時には合歓の持っていたお菓子作りのレシピ本を開いたりしているのだ。合歓と暮らしているときはお願いされて焼いたこともあったけれど、近頃は一人で作るなんて事も無かったから、基本から思い出す必要があった。てっきりそのことかと思っていれば一郎は「いや、そうじゃなくて」と首を横に振った。
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