折れた本歌を返すために彷徨った写しの話特命調査の最中にイレギュラーともいえる強敵に襲撃されてしまい、重傷にまで追い詰められた国広をかばい、その目の前で折れてしまった監査官。残された刀を抱えたまま、その場に蹲ってしまい動けなくなった国広は、気が付いたら洛外にひとり取り残されていた。本丸との連絡も取れず帰還もできない。あれだけひっきりなしに襲っていた敵すらもいない。途方に暮れていた時、手に感じる重みで事態を把握し、重い身体を引きずりながら歩き始める。
あの監査官が自身の本歌であることは本能で分かっていた。しかし恐ろしかった。今の立場ではそれ以上の接触はない。しかし、もしも目の前に立たれてしまったら?とてもじゃないが、自分はあの本歌の前に立てる存在ではないと自分を苛み交流を避け会話をしなかった。その結果がこれであるならば、ここに残された自分がするべきことは何なのか。
そのままただ呆然と歩いて歩いて、歩き続けて、気が付けばどれだけの時間が経ったのだろうか。目の前に広がっている光景は聚楽第とは全く別のもので、遠い記憶にある場所だった。(ここは……俺が……打たれたときに……いた……)ある屋敷に立ち寄ると、見覚えのある人影があった。人間ではないことはすぐにわかった。ああ、あれは本歌だ。かつての、自分が生まれた時に出会った本歌そのものだ。しかし本歌は「俺には写しなどいない。お前はなんだ?」と鋭い眼差しを向けた。それは紛れもなく本歌であるはずなのに、存在がぼんやりとしていて安定していない。(もしかして、俺がこれを持っているからなのか)ずっと手にしていた刀の重みを感じて「俺がここに来た理由は、あんたにこれを還すためだったのか」と理解した国広は、膝をつき本歌に自分の持っている刀――本歌山姥切を還す。「謝って許されることではないことは分かっている。今のあんたにこんなことを言っても困らせることはわかっている。だが、俺は――あんたに、」そこで気付いた。刀を渡した瞬間から、自分の存在が消えていくことに。あの時、監査官と共に自分も折れていたのだ。帰還もできず、中途半端な状態で顕現していたのだ。そのため歴史に歪みが生じ、本歌の存在が曖昧になっていた。刀を受け取った本歌は小さく笑い「いつまでもお前は……困った写しだ」初めてまともに会話ができた。ああ、そんな簡単なことがあの時にできていれば。たったそれだけで良かったんだ。誰にも聞こえない独白を胸に、精一杯の笑顔を浮かべて国広はようやく、目的を達成して、そして消えた。
「仕方のない写しだ……ゆっくりお休み、国広」
膝の上に乗せた刀を優しく撫でて、本歌山姥切――長義は優しく微笑んだ。
国広が重い瞼をゆっくり開くと、自分を覗き込む本丸のみんなと審神者がいた。起き上がろうとするも全身に激痛が走り動けない。どうやら監査官がいなくなってしまい封鎖されなかった聚楽第に何度も通い折れた山姥切国広をさがしていたとのこと。しかし実際は折れる寸前まで傷ついていて、なんとか本丸に連れ戻しリソースの9割を注いで1週間経ち、なんとか目を覚ましたとのことだった。「少なくともあと1週間は安静にしてください」と言われて大人しく従うことにした。「…本当に帰ってこれたんだな」と自嘲する国広に審神者は「なんとか聚楽第から二振り連れて帰ることができたんです」と伝える。その時は起きたばかりと痛みでぼんやりしていた為に深く考えなかったが、数日経ち「あと一振りは誰なんだ…?」と混乱する。自分は確かに折れた本歌を小田原にいた彼に返還したはずだ。あれこれ考えながら何日も経ち、ようやく起き上がれるほど回復した。本丸の皆が代わる代わる見舞いにきてくれたが、「聚楽第から連れ帰ったもう一振り」のことは聞けずじまいだった。
そんなある夜、手入れ部屋で休んでいた国広の枕元に誰かが来た。「……間抜けな寝顔だね、偽物くんは」聞き覚えのある声、とても懐かしい、もう二度と聞けないと思っていた声が聞こえる。ぱっと目を開けるも夜目が効かずぼんやりと誰かの輪郭が浮かぶだけだった。はくはくと口を開けて何か言葉を出そうとするがうまくいかない。そんな情けない姿を見て「聚楽第から連れ帰ったもう一振り」である彼はくすくすと笑った。