Happy ice cream for you「荷物持ちをしてよ」
休日で予定もなくソファで爪切りをしていた俺に、ドラルクが言った。
先ほどまで冷蔵庫をピーピー言わせながら何やらごそごそしていたからちょっと凝った料理でも作るのかと思っていたが、どうやらまだ買い出しの段階らしい。
なんだ、今から食べられるわけじゃないのかと少しがっかりする。
でもまあ、買い出しした食料は最終的には俺とジョンの胃袋におさまるわけで。美味しいご飯の為ならひ弱なコイツにかわって荷物持ちするくらいはかまわない。
爪も切り終わって暇だったのもあって、俺はいそいそとエコバックを手に立ち上がったのだった。
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にっぴき連れ立って日が沈んでもまだまだ活気のある新横浜の街を歩く。
吸血鬼にとっては少しばかり眩い街灯にも慣れたものだ。
目的の場所が近付いてくるにつれてソワソワし始める腕の中のジョンと隣のロナルドくん。買い物がいつものスーパーでは無い事に気付き始めているようだ。
この道の先にある建物といえば、一番に思い浮かぶのが、あそこなのだろう。一人と一匹の様子を観察して内心くふくふと笑いながら淀みない足取りは進む。
やがて見えてきたPOPなピンク色と青色の大きな文字看板。BR。
「おっ、あっ、アイスっ!買うのか!?」
遂に耐え切れなくなったらしく、ロナルドくんが期待に裏返った声で尋ねてきたので遂に吹き出してしまった。
「ふっ、ふふ、そうだよ」
肯定してやれば腕の中のジョンがヌ—!と万歳した。
「お父様がついに電子ギフトの送り方を覚えたらしくてね。RINEで贈ってくれたのだよ」
画面を見せれば、ロナルドくんはへえ、と目を丸くした。
「最近こんなんあるんだな」
「キミ、オンラインの知識でお父様に負けるとは相当だぞ」
「うっせ!」
当然のように砂にされたけれど。
興味はあるようで贈り方を尋ねてくる。教えてやれば簡単なんだな!と驚いていた。
「今度ヒマリに贈ってやろうかな」
「新しい知識すぐ試したい子供~」
「殺」
やーいと指さした指を逆に曲げられて死んだ。こっわ。
そんな事をしているうちにアイスクリームの店にたどり着いて、店内に入る。
二組ほど注文を待っている客の後ろにいそいそと並びながら、全部のメニューが一覧で並んだ大きな看板を眺めた。
「お前の分も買うのか?」
ジョンと共に上から下まで視線を巡らせているとロナルドくんが聞いてくる。
「買うよ。私も食べられるからね。まああまり重い味のフレーバーは負担過ぎるからオレンジソルベ一択だが」
「クソ雑魚胃」
「うるさいぞ若造、あっ殺すなよ店内では。迷惑になるだろう」
ぐっと拳を握り込んだロナルドくんをいさめるとチッと舌打ちをしたもののその拳が振るわれることはなかった。ちゃんと我慢出来てえらいでちゅねぇ~。
「つーか、なんで急に電子ギフトなんだ?親父さんも覚えたてで嬉しかったんかな」
「それもあるだろうけど。あれだよ、5日」
「いつか?」
「そう、5月5日。こどもの日」
「こどもの日……」
しばし考えこんだようで黙ってしまったロナルドくんに、特に頓着せずにジョンと一緒にフレーバーを眺めていたら、突然「えっ!?」と叫んだロナルドくんが自分の口元を押さえている。そうして、おそるおそる尋ねてきた。
「お前……まだこどもの日にプレゼント貰うの……?」
「貰うが?」
「208歳で!?」
「そうだよ。いつまでも私がお父様の子供であることに変わりはないだろうが。それに私は臨時収入で嬉しい。お父様は私が喜んで嬉しい。WIN-WINだ」
はー……
私の答えに気の抜けたような声を漏らしている彼は放っておいて、腕の中のジョンに決まったかね?と声を掛ける。
「ヌ—」
真剣な顔で腕を組んで考えていたジョンはこちらを見上げて、最高に可愛い角度を保って首を傾げて見せた。
「ヌンヌンヌヌ イイヌ?」
「何段?えー、うーん、いつもは二段だけど今日は特別だよ。おてての数までOK」
「ヌ—ン♡」
みっつの可愛い指をパッとひらいて喜ぶ使い魔の愛らしいこと。
こしょこしょと頭を撫でればヌヌヌ~と目を細めて、また真剣に吟味を始めた。
その姿を見ながら、隣にも声を掛けた。もう順番が回ってきそうだ。
「私は一択だからいいけど、ロナルドくんは?」
そうしたら彼の青い瞳はぱちりぱちりと瞬いた。
「え?俺も?」
「選んで無いの!?」
まさかいらないわけじゃないだろうに。驚いているこちらをさらに追い打ちで驚かせてくる。
「だって、そのギフト券親父さんからだろ?」
ギフト券っていうか電子ギフトね。いや、今そこを訂正してる場合じゃないんだけど。
「俺はいいよ。悪いじゃん。お前にってんだろ?」
「はぁ!?」
思わずガラの悪い声が出て、慌ててコホンと咳払いする。私は紳士、高等吸血鬼ドラルクだ。落ち着け落ち着け。
いや、でも、落ち着けるわけなくない?
先程までアイスアイスってわくわくしていたくせに!急に遠慮とかする!?
しかも一応私たち一緒に住んで、恋人関係になって、そうしてパートナーとして生きる事を承諾し合った仲だよね!?
キミ、私と生きてくれるって言ったよね!?
もちろんその事を承知しているお父様からのギフトメッセージには、愛する子供たちへと記されていた。
まだ自覚が無いのだろうかこの若造は!もうとっくにキミは一族の一人として……ッ!
どんどんヒートアップする脳内をどうにかこうにか落ち着けようと深呼吸を一つ、二つ……三つ。
「はぁ、いいよ……気長に気付かせてあげるよ」
「は?何だよ?」
わけがわかっていない鈍いロナルドくん。いいよ。もう、何年何十年かかったっていい。離してやる気はないのだから、最終的にわからせれば同じことだ。
ふうっと息を吐いて気分を変える。
「いいから、早く選びたまえ。3つまでだぞ」
「3つ!?え?3段も…?いいのか?」
「いいよっ!」
嬉しそうな顔しちゃってまあ!
こちらの毒気もふしゅふしゅと抜けていってしまう。
「えっ、えっ、チョコミントと、えーと、このイチゴとバナナのやつと……あー…えっと、オレンジソルベ……」
意外なチョイスに驚いてしまった。
「え?キミそんなの食べる?」
聞かれたロナルド君は見る見るうちに顔を赤くして小声で言った。
「お前がいつも食ってるから…」
はあ?私が食べてるから?気になっちゃった?何それ、可愛いが?いや、きゅんとなんてしてない!してないぞ!
脳内で咄嗟に誰にともなく言い訳をして、誤魔化す様に揶揄いの声を発する。
「ファー!他人のが美味しそうに見えちゃうヤツ~!」
「うっせ!うっせ!」
ロナルドくんもロナルドくんで照れていて、照れ隠しの拳が飛んできそうだ。店内ではやめろと言っているのに!
「やめろ!も~、キミきっとこっちの甘いのとかこっちのパチパチのやつが好みだろう。オレンジソルべは私が買うからわけてあげるよ。それで充分だろう」
提案してみればきょとんとして大人しくなった。
「え…あ、いいのか……?」
そのまんまるお目目が零れ落ちそうな顔も、あああぁ、可愛い!いい加減にしろ!
「いいよ!何だアイス1つに遠慮しおって!ほら、順番来たよ。ちゃんと注文できまちゅか~?」
スナァ。
今度の拳は止める間もなく。せっかく今まで耐えたのに、結局店内で砂にされてしまった。すぐに戻ったから店員さんには咎められなかったけれど。
まったく、呆れるほどに甘え下手な5歳児だこと!
腕の中でジョンがやれやれと溜息をもらして、さっさと店員さんに注文を始めてしまったので、慌てて我ら二人も続いた。
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「先に食べてていいよ」
ドラ公はカップのシングル、ジョンと俺はワッフルコーンの3段アイスだ。
カラフルなそれらを大切に携えて店内飲食のスペースに向かう俺たちを見送って、ドラルクは会計カウンターに向かっていった。
親父さんからの電子ギフトを見せて何やら話をしている。
こどもの日のプレゼントだというその電子ギフトの恩恵にあずかってしまって、何だかくすぐったい心地がする。
そのうちにドラルクも席についてにっぴきで食べれば、いつもよりも甘い気がするアイスクリーム。
「うまいなぁ」
「ヌー」
しみじみ呟けば、ジョンも同意してくれた。
「ほらロナルドくん、一口」
約束通り差し出されたオレンジソルベも、すっきりしていてとても美味しかった。
「美味しい?」
聞いてくるドラルクの顔があまりに優しく笑っているから、かぁっと顔に熱が集まってくる。
ほてりを冷ますようにぱくぱくとアイスクリームを口に運びながら、何気なく言った一言。
「全部うまい。全種類食べるの夢だよなぁ」
「そう?それは良かった」
ニコニコ笑うドラルク。
よかった?なに?
ちょうどその時カウンターから店員さんが大きな袋を携えて出てきた。
なんだ?と思っているうちに俺たちのテーブルまでそれは運ばれてきて、その上を埋め尽くす。
呆然と大箱とドラルクを交互に見ていると、遂に吸血鬼は噴き出して笑い出した。
「お父様のギフト、バカの金額だったから!全種類買ってみた!」
「……は?」
それ以上言葉は出ない。
ジョンがヌ—!と一声叫んで丸まって転がりだす。
大興奮のジョンと、大爆笑のドラルクと、呆然としている俺。
三者三様の中から一番に復活したドラルクが箱を指さして言う。
「最初から言っておいただろう?荷物持ちしてって。アイスだから冷凍しておけば日持ちもするしね。まあ、冷凍庫のスペースを確保するのに四日ほどかかったけれど!でもちょうどいい事に今日はアイスクリームの日なんだって!」
してやったりのドヤ顔に、もう堪らなくなってしまって。思いっきり抱きしめたら、案の定砂になってしまった。
「お前、っ…もう、最高!!!」
はっぴーあいすくりーむふぉーゆー!!!!!!
END