ホテルパロのドラロナ「あ、いたいた。ロナルドさーん!」
「あれ、どうかしましたか?」
バックヤードの休憩室に向かう途中で名を呼ばれ、声がした方を振り向けば、同僚の男が片手を振りながらこちらに近付いてくる。男はロナルドのすぐ目の前で足を止め、呼吸を整えるように深く息を吐き出した。
「あー良かった、すぐに見つかって。支配人が呼んでますよ。なるべく早く支配人室まで来るように、とのことで」
「げ、どらこ、んんっ! ドラルク支配人、が?」
いつもの呼び名を口に出しかけ、慌てて言い換える。今のロナルドはホテルマンの一人でしかなく、対してドラルクは支配人というホテルで一番上の立場だ。実際の関係がどうであれ、少なくとも仕事中は立場を明確にしておかなければならない。
「……ロナルドさん、大丈夫ですか? ここ最近、よく呼び出されてますよね?」
「えっ! いや、その……あ、試験! そう試験勉強見てもらってて……!」
誤魔化し方が雑過ぎてバレたかと思ったが、どうにか男には気付かれずに済んだらしい。男は心配そうな顔でロナルドを見上げていた。確かに最近は仕事中の呼び出しが多い。その大半が仕事とは関係ないのだから、職権濫用もいいとこである。けれどそれを正直に告げるわけにもいかず、咄嗟に思い出した来月の試験を言い訳に使ってしまった。ドラルクは気まぐれにだがアドバイスもしてくれていたので、まるっきり嘘というわけではない。
「そうだったんですね、流石支配人! 優しいですね!」
「あ、はは……」
男はすんなりと納得し、あれこれとドラルクを褒め称え始める。どれこもこれも、外向きの仮面だ。まあ、優しいというところだけは認めてやってもいいかもしれないとロナルドは思った。
男は一人で喋り続け、急に「あっ!」と声を上げた。そうして気まずそうな顔で口元を手で覆う。
「ああすみません、時間取らせてしまって……!」
「あー、いえいえ……と、それじゃ行ってきます、ね」
わざわざ探してくれていた男に礼を言い、バックヤードの最奥、ドラルクの待つ支配人室へと足を進めた。
コンコンコン、と三回ノックする。そうすれば中から「どうぞ」と声が聞こえてくる。辺りをさっと見回してからドアを開け、体を滑り込ませるようにして部屋の中へと足を踏み入れた。
「いらっしゃい。あ、鍵掛けといてね」
「はい」
ドラルクの指示通りレバーを下げる。これで部屋は密室状態となった。ドラルクと、ロナルドしかいない。そうなればもう遠慮する必要なんてなかった。
「ふんっ!」
「ぶえーーー!」
右手をぐっと握り締め、思い切りドラルクに叩き付ける。けれど触れた感触はない。ロナルドの足元には大量の砂がこぼれ落ち、みるみるうちに集まっていった。
「ちょっといきなり何するんだ!」
「それはこっちの台詞だわ! 仕事中に呼ぶなって言ってんだろ!」
「はーん? 君の休憩時間を私が把握してないとでも?」
ドラルクはにやにやしながらロナルドの頬をするりと撫でた。確かに今ロナルドは休憩時間である為に、何をしていたって構わない。思わず言葉に詰まり、目を泳がせる。
「……だ、からって、人を使ってまで呼び出す必要ないだろ!」
そうドラルクに詰め寄っても、ドラルクはどこ吹く風でロナルドを見つめていた。
「いいじゃないか、それくらい。それに、今日は半分仕事みたいなもんだし」
「は?」
「はいはい、ジャケット脱いでここ座って……じゃーん!」
ドラルクはロナルドの言い分なんてろくに気にもせず、楽しそうにロナルドの背中を押した。止める間もなくジャケットを奪われ、ふかふかなソファに誘導される。目の前のテーブルには布が掛けられており、いい匂いがすることから、何かを隠していることだけは分かった。ひとまずソファに腰を下ろせば、ドラルクがその布をばさっと取り払った。
「うわ、すご……」
ロナルドの目に飛び込んできたのは、赤く輝く可愛らしいスイーツの数々だった。