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    solt_gt0141

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    会社員七海と花屋の伊地知のパロディ。2人で初めてのご飯の話。
    2人が食べているものは私が今まで食べた中で上等そうな料理を参考にしました。
    よろしくお願いします

    花屋の七伊⑧ ハロウィンのモニュメントは11月になると姿を消し、早々にクリスマスツリーやクリスマスのイルミネーションへと切り替わりつつある。秋から冬へと変わろうとしている。
     日が落ちてもイルミネーションも灯らない準備期間のこの日に私は七海さんと落ちあう事になった。
    待ち合わせ時間より30分早く着き、待っている間に緊張して帰りたい気持ちが強まる。
    『なぜ、OKを出してしまったんでしょう……過去の私の馬鹿!!』
    朝起きた時から緊張して朝は白湯しか飲めなかった。お昼ご飯くらいはしっかり取ろうと意気込んだが、インスタント味噌汁しか口にできなかったお陰で気を抜くとお腹から悲鳴が上がってしまう。
    ショーウィンドウのガラスに映る黒のスキニーパンツに芥子色のセーターのセットアップが違和感がないか見直し、自分的に問題ないと納得する。
    前日に来た七海さんからのメッセージを見返すためにスマホを取り出した。
    『明日こちらを18時に予約しています。17時半に最寄駅で待ち合わせましょう』
    ペーストされたURLを押下する。これで何度目だろう。
    古民家の一軒家を改築したおしゃれな和風居酒屋のメニューと価格に目を通す。手頃な価格で美味しそうな料理が並んでおり、お酒の種類も豊富なそこはクチコミで星が5個の評価を得ていた。
    『さすが七海さんだなぁ…』
    寒さを帯びた風が強く吹く。風に舞う銀杏を見て、そろそろ店の前の欅の葉も落ちる時期だなと思う。
    「伊地知くん」
    振り返ると濃紺にシャドーストライプが入ったスーツを着こなした七海さんが立っていた。
    「七海さん、お疲れ様です」
    周りで待ち人を待っている女性が、ちらりと七海さんを見ているのが分かる。今日の七海さんはお店に来る時より凛々しくて、髪型も何だかいつもよりワックスで固められていてきちっとしているような……。
    「どうかしましたか?」
    「なんだか……いつもの七海さんと雰囲気がいつもと違うような気がして」
    「今日は商談があったので、しっかりセットしました。そういう君も私服だと雰囲気が違って見えますね」
    七海さんの優しげな表情を見る限り、今から行く店ではこの格好が場違いではないことが分かり胸を撫で下ろした。
    「それにしても伊地知くん、早かったですね」
    「近場で用事があったので、早めに着いてしまいました」
     緊張しすぎて早く来たとは言えず嘘を吐く。慣れない事をしたせいで背中に汗が流れた。
    頭から爪先まで見られて顔から火が出そうになるくらい熱い。恥ずかしいのであまり見ないで欲しいと思っていたところ七海さんが腕時計へと視線を移した。
    「少し早いですが行きましょうか」
    「はい!」
    彼の隣に並ぶと七海さんが立ち止まり私を呼び止めたので、止まると七海さんは微笑んで「失礼」と私の頭頂部を触った。カサッと乾いた音がし、見せられたその掌には黄色の銀杏の葉が乗っていた。
    葉をくるくると回しながら七海さんは「冬になりますね」とこぼした。


    「伊地知くん、日本酒は飲めますか?」
    「飲めます」
    「では私と熱燗を分けましょう。おすすめの日本酒があるんです」
    店員さんを呼んで日本酒の熱燗を頼み、コースの前菜が来るのを待つ。
    個室に案内されたせいかお客が居るはずなのに人の声は少し遠くに聞こえ、静かな雰囲気を醸し出していた。
    「普段から来られるんですか?」
    「時々ですね。1人で来ることもあれば、猪野くんにせがまれて来たり」
    「ふふっ。せがまれるんですか?」
    「今は部署が違うので機会が中々無いのですが、以前は一緒によく来てました」
    お猪口と徳利と前菜が一緒に運ばれてくる。
    「伊地知くん、猪口を」
    「えっ!そんな、私が先に注ぎますよ!」
    「いえ、今日は君へのお礼なので」
    仕方なく猪口を差し出し、お酒を貰う。
    「七海さんのは注がさせて下さい」
    徳利を受け取り慎重に注ぎ、無事にこぼすことなく出来た。
    「改めて先日はありがとうございました。今日はお礼の席ではありますが、良い時間にしたいと思っています……冷めないうちに食べましょう」
    「はい。ありがとうございます」
    小鉢に入っている焼いた鴨肉の切り身、芹としめじの和物、小さな秋刀魚の手毬寿司、胡麻豆腐の順に食べ、一品食べるごとに日本酒を飲んだ。
    「っ〜〜〜美味しい、です!」
    日本酒と料理がマッチして体中喜んでいるのを感じる。
    「それは良かった。お酒、注ぎましょうか」
    「あ、すみません…お願いします」
    これが前菜だなんて食べ終えた頃には自分はどうなってしまうのだろう。

    ****

    「伊地知くんは、休みの日はどう過ごしているんですか」
    鰆の煮付けを食べて目を輝かせている伊地知くんに話しかける。
    お酒を飲んでいる彼の顔は赤く色づいており、料理ごとにとるリアクションで喜んでいることが分かる。
    「録画しているテレビ番組を見たり、本を読んだり……最近は忙しくて行けてないですが落語を聞きに行ったり」
    「良い趣味だ」
    「七海さんは?」
    「家で料理をして、お酒を飲みながら食べてますね」
    とろりと目尻を下げて「美味しいでしょうね、七海さんの料理」と言う、普段見ない彼の表情に誘って良かったと思った。

    『夕飯に行くの?やったね!クリスマスの予定とか聞いてみたら?』

     伊地知くんと夕飯を食べる約束を取り付けたあの日、灰原から言われたことを思い出す。
    クリスマスを共に過ごす人間は彼には居るのだろうか気になっていたので、それとなく聞いてみることにした。
    「クリスマスの予定は入れましたか」
    煮付けを食べ終え、日本酒を飲んでた彼は少し考え込んで「仕事を入れましたね」と言い、言葉を続ける。
    「クリスマスはリースを作ったりプレゼントと一緒に花束を贈る方が居てそれなりに忙しいですし、それに……一緒に過ごす人も居ないので」
    内心ほっとしつつ「私もです」と返すと伊地知くんは「えっ」と驚いた声を上げた。そんなに驚くことだっただろうか。
    「私もクリスマスは1人なので、毎年仕事を入れてますが……どうかしましたか」
    「いえ、七海さんには恋人や奥様がいらっしゃると思い込んでいたので」
    「いませんよ、君と同じで」
    見つめあっていると伊地知くんが急に吹き出した。肩を震わせて笑っている。
    「伊地知くん?」
    「すみません、ふふふっ。七海さん、そんなに格好良いのに……居ないんだと思ったら笑えてきちゃって、ふふっ」

    『格好良いのに』

    そこだけ際立って自分の耳元で木霊して聞こえる。顔が熱い。
    伊地知くんは人の気も知らずにそんな私を見てニコニコしている。
    「あまり揶揄わないで下さい。ほらお水」
    「ふふ、ごめんなさい。楽しくてつい」
    「楽しいですか?」
    「ええ……とても」
    水を渡す際に彼と指先が触れ、熱くなる。赤い顔、眼鏡の向こうで蕩けた目に心拍が増す。
    手渡した水を受け取った伊地知くんが私を見てきょとんとしている。
    「七海さん?」
    「伊地知くん、私は……私は、」
    その時、お待たせしましたと次の料理が部屋に運び込まれて言葉が途切れた。
    伊地知くんの目は私から運ばれた料理に移り、目を輝かせる。
    「七海さん、よそいますね!」
    「えぇ」
    言おうとした言葉を飲み込んだ。今は彼との時間を私も楽しむことに専念しよう。


    「ご馳走様でした……本当にお代はいいんですか?」
    「ええ。これはお礼なので、受け取ってください」
    代金を支払い、店の外に出ると冬になりつつある空気が頬を撫でる。伊地知くんは寒さで体を震わせながら今日食べた料理を振り返っていた。
    「終盤に出てきた栗とキノコの炊き込みご飯と赤だしのお味噌汁との組み合わせ良かったですし、最後の無花果の羊羹も美味しかったです」
    「あのメニューは季節限定なので春になるとまた違います」
    駅までの帰路を話しながら歩く。駅が見えてくる。まだ彼と話していたかったが、そうともいかなかった。
    「君は電車で来ましたか」
    「はい。七海さんは?」
    「車で来ました」
    「それではここで今日はお別れですね」
    家まで送りましょうかと言おうかと思ったが、そこまで言うと距離を詰めすぎだと思われるんじゃないかと臆病になり言えなかった。
    「今日は楽しかったです、帰り道気をつけて」
    「私も楽しかったです!七海さんも気をつけて」
     改札を通り一礼して去ってゆく彼を見送る。灰原から彼の好意を指摘されてから伊地知くんに会い、この感情は好意と呼ぶのが正解なのだと改めて知った。
    伊地知くんが好きだ。だが、この思いを言ってしまったら今の関係は二度と取り戻せないのが怖い。
    今日の私を見て君は「雰囲気が違う」と言ったが、それは君と初めてご飯に行くと浮かれながらセットしたからだと言ったら君はどんな顔をするだろうか。
     車に戻り運転席に腰掛けると彼から貰ったポプリの香りが胸を締め付ける。
    しばらくエンジンをかけることが出来なかった。
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