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    雨月のぽいぴく

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    雨月のぽいぴく

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    マスケチャ「縺れて拗れてヒヤシンス」

    喧嘩して家を飛び出したケチャをマスが迎えに来る話。

    #マスケチャ
    muskecha
    #kustard

    縺れて拗れてヒヤシンス「何かオイラに言うことないのかよ」
    「……出掛けるなら煙草買ってきて」
     ふざけた台詞に沸騰した怒りは、可哀想な玄関ドアにぶつけられた。叩きつけるようにドアを閉めて家を飛び出してきたのがもう先週のこと。あれから何度見ても、携帯には通知ひとつ無い。電話も無ければメールの一通も寄越しやしない。ふらっと立ち寄った喫茶店で、オイラは何十回目か分からない溜息を漏らしていた。
     マスタードは謝罪というものが出来ない。「ごめん」のたった三文字を、今まで一度だって口にしたことがない。それでも今日まで付き合ってこられたのは、オイラが毎回折れてやってたからだ。愛用のペンを勝手に使われて勝手に失くされたときも、二人で食べようと買ってきた高いアイスを一人で二つとも食べてしまったときも、バーで引っ掛けた女の子と酔った勢いで一晩の過ちを犯したときだって。のらりくらりとお茶を濁すばかりで断固として謝らないアイツを結局こっちが許してやったのだ。
     あのときに比べれば今回は大したことじゃない。一言「すまん」と謝ってくれれば許せる程度のことだった。それなのに絶対に謝ろうとしないどころかセックスに縺れ込ませてなぁなぁにしようとしたところで、いよいよ堪忍袋の緒が切れたというわけだ。家を飛び出し、ふたりの共用の車に飛び乗って、今日まで家出旅行を続けている。旅行と言っても、金が無いから車中泊を繰り返しながらぶらぶら車を走らせているだけだが。
    「アイツから謝るまで絶対に帰ってやるもんか」
     カップを置いて、独り決意を口にする。ここの珈琲は美味かった。しかし珈琲とは違う苦味がいつまでも口の中にあるようで、どうも満足に美味い珈琲が楽しめない。それもこれもアイツのせいだと思うと余計に腹が立った。そして腹が立つと腹が減る。マスターを呼んで、サンドイッチをひとつ注文した。
     頼んだハムサンドも絶品だった。マヨネーズにマスタードが入ってさえいなければ。辛みがぴりっと舌を刺す度にアイツの顔がちらついて、腹は満ちたのに憂鬱さは増していた。アイツの好きそうな味だな、とか、今度連れて来てやろうか、と無意識に考えてしまう自分に苛立った。さっきの決意はどうしたんだ。アイツが恋しいのか? まさか。恋しいのは家のベッドだ。そろそろ車中泊にもうんざりしてきた、それだけのことだ。
     窓の外を見やると、もう街は夕暮れに染まっていた。きっとこうやってもやもやとアイツのことを考えてしまうのは、連日の車中泊の疲れが出ているからだ。今夜は奮発して少し良いホテルにでも泊まろう。いっそアイツみたいに一晩の相手を見繕って。そうしたらきっとこの鬱憤も晴れる。
     そうと決まれば会計を済ませてしまおうと席を立ちかけたとき、ふと窓硝子の向こうに黒い影が見えた気がして振り返った。夕陽を背に、不自然に揺れる影がこちらへ近付いてくる。車のリアガラスに反射する夕陽のせいでよく見えなかったが、影が徐々に近くに来ると、揺れているのは大きな花束だと気が付いた。純白のワックスペーパーで丁寧にラッピングされた、紫が基調の美しい花束だ。プロポーズでもするつもりなのだろうか。そのくらい立派なものに見えた。美しさもさることながら、目を見張るのはそのサイズだ。遠目に見るとまるで花束に足が生えて歩いているように見える。両手に抱えてもまだ手に余るほどの大きさで、通りを歩く者全員の目を惹いていた。これを受け取るレディは気の毒だな。いやしかし、案外こういう派手な目立ち方をしたいタイプなのかもしれない。
     まぁオイラには関係ないが。そう思ったのも束の間、歩く巨大花束……もとい花束の持ち主はあろうことかこの店に入ってきた。からんころんとベルが鳴るのと同時に、むせ返るほどの花の匂いが店内に入り込む。店内に漂っていた芳ばしい珈琲の香りが一瞬で霞むほどの匂いだった。営業妨害もいいところじゃないか、と眉間を顰めつつ、店のどこかにいるであろう彼の意中の相手を視線で探す。ところがこの時間、店にいるのはオイラだけのようだった。ということは意中の人は老齢のマスター? いやまさかな。これからここで待ち合わせるのだろう。
     彼は花束を抱えたまま、隣のボックス席に腰を下ろした。もう少し離れた席に行ってくれればいいのに。しかしじろじろ見るのも感じが悪いだろうと思い、手元の文庫本に視線を落とした。花の匂いが鬱陶しくて、読書は少しも進みやしない。
     マスターは顔色一つ変えず、注文票を持って彼の側に立った。
    「いらっしゃいませ、花の紳士。ご注文は?」
    「そうだな、熱い珈琲を。濃いやつを頼む。こいつのせいで鼻が曲がりそうなんだ」
     聞き覚えがありすぎる声に、思わず「えっ」と声が漏れた。聞こえていないのか気付かない振りをしているのか知らないが、花束の彼はマスターの方を向いたままでいる。
    「それから……探し物をしててな、ちょっと聞きたいんだが」
    「伺いましょう」
    「スケルトンを見なかったか。そう、ちょうどこんな顔の」
     そう言って自分自身を指差す彼と、隣の席に座るオイラの顔を交互に見比べて、マスターはふぉふぉと上品に笑った。
    「御冗談を。さっきから隣にいらっしゃいますでしょう。珈琲、すぐにお持ちいたします」
     靴を鳴らして帰っていくマスターの背中を見送ると、彼はくるりとこちらを振り向いた。
    「あぁ本当だ、気付かなかった」
    「ずっと気付いてたくせに。というか、そもそもここに居るって知ってて来たんだろうが」
    「誰かさんが、盗難防止のために車にGPSを付けておこうって言ってくれたお陰でな」
     思わず頭を抱える。ずっと前のことだったからすっかり忘れていた。ということは、ここ数日の動向はマスタードに全て筒抜けだったということか。連絡もしてこない訳だ。
     本当にすぐに来た珈琲をぐいっと煽って彼……マスタードは笑った。
    「それで? 楽しい家出生活は満喫できたか?」
    「それはもう、お陰様で。迎えになんか来てくれなくてよかったくらいだ。大体何だよ? その開店祝いみたいな馬鹿デカい花束は」
    「お姫様のご機嫌を直すには、これくらい必要かと思ってな」
     差し出された花束を素直に受け取る気にはなれず、じっと座ったまま、爛漫と咲く花々を眺めた。掃除用のブラシのような形状の紫色の花がふんだんに使われている。百合にも似たかたちの小さな花がぎゅっと凝縮しているその花を見つめていると、「それはヒヤシンスだ」とご丁寧に教えてくれた。花の名前なんか覚えるような柄じゃないだろう。恐らくは花屋の受け売りだ。
    「この花は誰が選んだ?」
    「オレは花なんかわかんねぇもん。全部花屋の店員だよ。『機嫌を損ねちまったコイビトに贈るから、いいのを見繕ってくれ』って言ってな」
     芝居がかった言い方をしているが、そう言って花を選ばせたのは事実なのだろう。でなければこんなに沢山ヒヤシンスを入れはしない。深々と吐いた溜め息はカスミソウを揺らした。
    「こいつの花言葉は知ってるか?」
    「さぁ? 言ったろ、オレは花のことなんか分からない」
     ついと肩を竦めてまた珈琲を啜る。これは知っているときの反応だ。花屋が入れ知恵でもしたんだろう。紫のヒヤシンスの花言葉は「I'm sorry」。つまりはヒヤシンスを謝罪の代わりにしようと企んでいるわけだ。苛立ちに歯噛みしそうになる。こんなものに誤魔化されるくらいなら、最初から家出などしていない。腕を組み、顎を上げてマスタードを見下ろす。
    「いいか、もう一度だけ聞いてやる。『何かオイラに言うことはないか?』」
     アンタも知ってるだろ。申し訳ないとき、許してほしい時に言うたった三文字の言葉だ。その魔法の言葉を言ってくれさえすれば、オイラは素直にアンタを許してやる気になれるのだ。その阿呆みたいにデカい花束も、聖火トーチよろしく掲げて持って帰ってやろうではないか。
    「あー、そうだな、『お前がいないとつまらない』?」
    「ちがう」
    「『高いケチャップ買ってやる』?」
    「いらん。大体オイラが好きなのはガロン単位で売ってるようなデカくて安いケチャップだ」
     長い付き合いだと思ってたのに、そんなことも知らないのか。その台詞にも、ここまでお膳立てしてやっても謝らないその根性にも、心底落胆した。ヒヤシンスには悪いが、今日はどうしても許してやる気にはなれない。オイラは「もういい」と突き放すように言って、席を立った。しかし目の前に零れる花束を払った手が、不意にマスタードに掴まれた。あんなに飄々としていたのに、その手はじっとりと汗をかいていた。
    「……『愛してる』。お願いだから、オレのところへ帰ってきてくれ」
    「……ぶっ、」
     あまりにも真剣な顔でそう言うものだから、思わず噴き出してしまった。「ごめん」は言えないくせに、「愛してる」なら言えるのか。優先順位どうなってるんだ。何だか意地を張っていた自分が馬鹿らしくなってしまった。はーあと長い息を吐いて、その手から花束をひったくる。愛らしい紫の花が心配そうにこちらを覗き込んでいるような気がした。仕方ない、今日のところはその台詞と、このヒヤシンスに免じて許してやることにしよう。
    「なぁ、サンドイッチ食べないか。ここのは美味いんだ」
     提案すると、マスタードの顔がほんの僅かに明るくなった。他人じゃ気付かないくらいの微妙な変化だが、オイラには分かる。あんな態度をとってはいても、内心不安だったのだろう。そんな感情はおくびにも出さず、へらへら笑っているのもこいつなりの矜恃なのだ。謝罪の代わりに愛を差し出そうとするのも、きっと。長い付き合いなのに分かっていないのは、オイラの方だったかもしれないな。
     ハムサンドを腹いっぱい食べてから、オイラたちは愛車に乗り込んで、ふたりの家への帰途に着いた。ヒヤシンスは、狭い後部座席で機嫌良さそうに揺られていた。
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    雨月のぽいぴく

    DONEUnderfellお誕生日おめでとう!
    特別な日のほんの短いひとときの話。
    ※モブ少女視点
    迷子ふたり、ベンチにて あーあ。本当に、本当にツイてない。
     疲れきった足を投げ出して、私はとうとうベンチに座り込んだ。重たくて仕方なかったキラキラのパンプスを、思い切ってえいっと脱ぎ捨てる。今日下ろしてもらった時はとっても素敵に見えたこの靴に、こんなに足を痛めつけられるだなんて思わなかった。靴下をめくると、自慢の白い肌にはくっきりと赤い痕が残ってしまっている。もう、本当にうんざり。
     重たい身体をベンチに預け、脱いだパンプスのストラップに足指を掛けてぶらぶらさせる。こんな姿、ママが見たら「お行儀が悪い!」ってカンカンに怒るんだろうな。でも肝心のママはどこにも見当たらない。
     街はどこもかしこもハロウィーンの準備で大賑わい。見渡す限りの人、人、人、あと時々モンスター。これだけ人がたくさんいるのに、わたしのママとパパだけが見つからない。ちょっとだけ、そうほーんのちょっとだけ、さっき通った店先の可愛らしいジャックオーランタンに目を奪われている間に、すぐそこにいたはずの二人の姿を見失ってしまった。今日はせっかくの誕生日なのに。どこに行っちゃったのよ。ママもパパも。
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