温寧が現代まで生きてる話①その人を初めて見たのは、幼い頃に別荘地の山で迷子になった時だった。肩あたりで切り揃えられた黒髪の後ろ姿を見て、最初は女性だと思った。迷子になって数時間、山の中で迷子になった時は動かないことという教えと、待てども迎えが来ない不安感の中で押しつぶされそうになっていた温情にとって、その人影は間違いなく大きな希望であった。
「まって!」
ふらりと何処かに歩いて行こうとする後ろ姿を、遠くから慌てて呼び止める。数拍置いて、驚いたようにゆるゆると辺りを見回し、ようやく温情の姿を背の低い常緑樹の間に見つけたらしい。離れたところからわかるほど明確に、その人は目を見開いていた。顔を見て、その人が女性でなく男性だったことに気づく。草木をかき分けて近づいていけば、なるほど確かに背も高い。青白い顔は元からなのか、それとも具合が悪いからなのか。具合が悪いのだとしたらあまり頼りにならないかもしれないが、一人山の中を彷徨うよりはずっと心強いと思った。
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