捨てる神あれば、拾う神あり。そして、僕は落ちていた神を拾う。暦の上では秋も深まっているはずなのに、その日は夏が帰ってきたように暑かった。
日陰から陽の照っている道に出ると、太陽の光が燦々としており、ただ歩いてるだけなのに汗ばんでくる。太陽が苦手な花城は顔を顰めた。
借りているマンションから駅まで、何となく、その日、普段とは違う土手沿いを歩くことにした。蒸した空気は暑く、川でも見れば気が休まると思ったのだ。
アスファルトで雑に舗装されている道を土手を降りて歩くと、水面がキラキラと光っている。
ふぅと息を吐いて、着ていたパーカーの袖を捲り、黒い鞄を片方だけ肩に掛けて、再度歩きだす。まだ、地面に生えている雑草は雨露が渇ききっておらず、湿ったままの緑を天に伸ばしていた。
しばらくすると、道端にダンボール箱が捨ててあるのが目についた。
土手にゴミを捨てる不届き者は多い。普段はいちいち気にも留めないが、そのダンボールは口が開いている様で、中で何かがもぞもぞと動いている。飼えなくなった動物でも入れて捨てたのだろうと、眉を顰め通り過ぎようとした。その時、足が自然と止まり、肩から鞄がずり落ちてドサッと音が鳴る。
「・・・・・・」
箱の中で動いていたのは、人形くらいの大きさの人であった。
その人は花城と目が合った瞬間、顔のサイズに合わない大きな目をパチクリとして、あれ?と首を傾げる。
「見えてる?」
花城は無言で首を縦に振った。
「そうか。君はどうやら見えてしまうタチの様だ」
ふむ、と小さな手を顎に当ててその人は何かを思案する。
その時、花城は心のまま、小さな体をダンボールから抱き上げた。
なぜこんな道端でダンボールなんかに入って・・・
しかも、そのダンボールには拾ってはダメだとか、毒だとか、不躾な言葉が書かれている。
じっとりとした視線で手の中を凝視すると、その人は慌てた様に暴れ出した。
「ひっ、拾ってはいけない!!やくびょうがみだから!!」
「やくびょうがみ?」
「そうだ!私を拾うとみんな不幸になってしまう。だから下ろすんだ」
いい子だから!!と疫病神と名乗る小さな神様は、花城を説得して元のダンボールに戻ろうとする。
「嫌です。あなたをこんなところに捨て置けない。僕が連れて帰ります」
そう言った途端、花城は身体にピリッとした電流が走った様に感じ、眉を顰めた。
「あぁ、なんて事だ!!」
手の中の疫病神は頭を抱えた。
「君が拾って、連れて帰るなんて言うものだから、私は完全に君に取り憑いてしまった!どうしよう!!」
「えっ!?」
花城は嬉しそうな声を上げた。
「それって、僕と一緒にいてくれるってこと?」
「私は疫病神だぞ?なぜそんなに嬉しそうなんだ?」
普通、疫病神に憑かれたと分かれば、是が非でも離れるために、罵声を浴びせる筈だ。なのに、この子は嬉しそうに、あまつさえ、一緒に居てくれる?などと曰う。
疫病神はこんな人間に初めて出会い、動揺しながら彼の顔をじっくりと見上げた。
そして、彼の顔の造作が非常に美しいことに気づく。
黒く長い髪をポニーテールにし、艶やかな髪は風に揺れる。長い前髪で顔の右側は隠れているが、左眼は黒曜石の如く煌めいていて、高い鼻筋は真っ直ぐ通っており、美しい。そして、薄く血の気の少ない唇からはほんの少しだけ八重歯が見えており、少年の様で、また不思議と妖艶な彼の雰囲気に良くあっていた。
要するに見惚れる程の美少年だ。そして、疫病神は彼の顔が一瞬で好きになったのだ。
思わず赤くなって、疫病神は慌てる。
こんな少年になぜこんな胸が高鳴るのだろう。
「あなたは疫病神なんかじゃない」
「・・・なんだって?」
そんなことは無い。自分が見守り大切にしていた人はみんな不幸になり、最悪の結末を迎えた。周りからは疫病神と罵られ、人を護ることを諦めるしかなかった。それが人を守る方法だったから。
「哥哥」
花城はこの人を絶対に疫病神なんて呼ばない。だって、花城はこの美しい神様の本当の姿を知っている。
たとえ、それをあなた自身が忘れてしまっていたとしても・・・
「僕は人より酷く運が良いんだ。だから、あなたが僕に取り憑いたとしても、僕は不幸にならないと思う」
「そんなこと、ある訳がない!」
「それなら、そばで見ていて。僕は絶対に不幸にならないから」
自信たっぷりの表情で笑顔を見せる花城に、神様はまた見惚れてしまう。
付いて行ってもいいのだろうか?この心優しい少年に・・・また、人を護っても良いのだろうか?
「君は一体・・・」
花城はクスリと笑うと、手の中の神様を大切に抱え直した。
「哥哥、行きましょう」
「どこへ?」
「あなたはどこへ行きたい?」
「質問に質問を返さないで」
「あはは、ごめんなさい。では、まずは僕たちの家に行きましょう」
恐々としながらも疫病神は首を縦に振った。
彼の了承を得て、花城は静々と歩き出す。やっと出会えた大切な神様を連れている足取りはだんだん軽くなり、口元には笑みが自然と溢れていく。
季節は秋、紅葉が落ちるまではもう少し。
「あ、まだ君の名前を聞いていなかった!私は謝憐」
「僕のことは三郎と呼んで」
「三郎・・・」
「はい、哥哥」
幸運な少年と疫病神の奇妙なお話はここから始まる。