エクストラホワイトミルキーアーモンド杏仁キャラメルチョコレートフラペチーノ授業終わり盧笙が廊下を歩いているといきなりガシッと誰かに腕を掴まれた。驚いて振り返るとA組の女子生徒の一人が真剣な顔で盧笙を見ていた。後ろには同じような表情を浮かべた子もふたり。
「センセ、どつ、仲ええやんな!?」
「は、」
「ええって、ええって言うて!」
「いや、ええやんな!?アタシ知ってるから、ぬるさらのインスタ見てるから!」
「ビジネス不仲やろ?」
?、?、?盧笙の頭はまたたく間にクエッションマークでいっぱいになった。
「と、とりあ」
すると向こうからC組の女の子達が『ろしょせんせー!』とスマホを片手に走ってくるのが見えた。
出席簿の中とポケットの中にポッキーの小袋やら飴やらを隠しながら盧笙は職員室に戻った。
菓子類の持ち込みはれっきとした校則違反である。まぁ、そんなこと誰も守らないけれども。
そんなことを言えば校内でのスマートフォンの操作も一応校則違反である。まぁ、もちろんそれもそんなこと誰も守らないけれども。
盧笙はカバンから自身のスマートフォンを取り出すと通知21件。メッセージアプリを開いてぱぱっと見ればみな生徒達からであった。
みんな一様にさっきの子達らと同じ内容について盧笙にメッセージを送って来ている。
そういう場合ではないのだが盧笙はほわほわとあたたかな気持ちになった。めっちゃ心配してくれとるやん…ありがとうな…と、少し泣きそうになる。が、そういう場合ではないしここは職員室である。
皆一様にわぁわぁと騒いでいるのはとあるサイトのネットニュース。
各学年各クラスの生徒達が共有してくれたので、そのうちの一件をタップ。
出てきたのは盧笙が知らないニュースサイトだった。
『次回参加は不可能!?ぬるさらの傲慢さにどついたれ本舗解散間近!?』
はあ。
もう見出しの時点であほらしい。と盧笙は思った。
ぱぱっとニュース本文も読む。どうやらどついたれ本舗はメンバー内でギスギスしており仲が良くないらしい。特に簓がチームメンバーに不満がありこっそり新メンバーを探しているとか何とか…。いや、誰やねんこの『(お笑い情報通)』。誰やねん『(どついたれ本舗関係者)』。
まぁ…あるよなぁ、こういう飛ばし記事。大方あれやな、簓がこないだ芸人好感度ランキング入ったからあいつの名前使って話題にしたいんやろうな。簓のことばっか書いとるし。
…と、記事本文を読んで改めて盧笙はあほらしい。と思った。
簓とコンビ組んでいた時代もこういう記事はあった。自分たち以外でも他の芸人や芸能人がこんな風に書かれている様も知っている。
盧笙は時間を見て、まぁ、まだ休み時間内やからええか、と、『心配してくれてありがとう。言葉にすると嘘っぽく思われるかもしれないけれど、うちのディビジョンは問題ないです。ありがとう。』と速やかに心配してくれる生徒たちにメッセージを返した。
が、
そうではないと思っていてもあまりにも連続で誰かに問われ続けるとだんだん自分の認識が誤っているのではと不安になるというのは人間誰しもあることではないだろうか。
特に盧笙は他人に感化されやすい面があり、例の記事について生徒たちに真相を聞かれながらポケットにチョコやらクッキーやらカロリーメイトやらを差し入れられ続けれ、結果通勤カバンがお菓子でパンパンになった頃には不安になっていた。
『うちって本当に仲がええチームなんやろうか』、と。
時間はもう放課後になっていて、本日は社会準備室にて生徒達の相談(ロショセンとのおしゃべりタイムともいう、特に今日は相談申込みが多かった)に乗って件の真相に問われていた盧笙は、逆に
「仲良しの定義とは何なんだろうなぁ。」
と生徒に聞いてしまった。
その言葉を聞いた小林サンと小西サンと大山サンは顔を見合わして
「…休日にプリ、とか?」
そしてみな一様に盧笙と同じ方向に首を傾げたのだった。
◆◆◆
日もどっぷり暮れ20時前、盧笙が自宅に帰ると玄関の電気が点いているのが見えた。
はぁ、とため息を吐く。
そのまま鍵をドアに差し込み、右に回しながらぼんやりと盧笙は例の記事の事をまた考えていた。
ちなみに簓と零に記事は共有済である。職場の最寄り駅に着きぼんやり電車を待っている間、いよいよ不安が臨界点を越えて『仲ええやんな』という文字を添えて。
即返信が返ってきた。『ええで』『いいと思うぜ』。
盧笙は恥ずかしくなった。一瞬だけほっとしてみたものの。恥ずかしさ、そしてまたじわじわと不安になってきた。自分のした行為は〝仲良し〟の強要では。いや強要て。
『すまん、今の忘れて』
と慌てて盧笙はメールを返した。
すると簓から着信があった、が電車に乗ってたのもあって『今電車やから後でな』とメールを送り盧笙は出なかった。そして考え事をしたくなり、携帯の電源を落としてそのままぼぉっと歩いて自宅に戻ってきた次第であった。
ああ、気まずいなぁ、と思いながら玄関のたたきを見る。簓の靴と零の靴。
ふたりともおるんかい。
リビングのドアを開ける。
目に入ったのはテーブルの上に散らかされたスターバックスのデカイ紙コップ、
顔色が悪く口を抑えている零、
振り返って盧笙を見てる簓、
床に落ちてるスターバックスの紙袋。
「…?」
「おかえり〜」
「…スタバ、行ってたん」
「近所のあっこ〜、あ、盧笙の分もあるで、普通のラテ」
「いやなんで、てか零どないしたん…」
どついたれ本舗を結成してからというもの『リビングのドア開けたら即出オチ』ということはまぁまぁあるのだが(いやな慣れだと盧笙は思っているが)、やはり今回も意味不明。
まず完全に二人にスターバックスのイメージがない。酒やろ。家じゃ。なんでスタバやねん。
クリームソーダと飴を常日頃口にしている(あと盧笙の気を引きたくて盧笙のプリンも食べる)簓は置いといて、零に甘いものというイメージが正直ない。三人で喫茶店に行くと零はいつもコーヒー、ブラックで、だ。
「実は…はぁ…おいちゃんのバックにすげえ怖ぇえやつが付いててな…」
「はぁ…」
「俺としたことがミスっちまって、ケジメとしてゲロ甘フルカスタムフラペチーノ、ベンティサイズ、飲まされてる…」
「なんて…?」
「イッキ、イッキ」
ベン…?と盧笙が疑問に思うと同タイミングで簓は零を見て無表情に手を叩く。
それを見て零がまたバカでかい紙コップに口をつける。
いや、バックについとんのお前かい。
いや、こいつら何しとんねん。
「…グッ…」
「いや何この茶番」
「イッキ、イッキ」
「とりあえずやめい、」
盧笙は容赦なく簓の後頭部を叩いた。
ああ、と零は呻いて紙コップをテーブルに置いた。ちなみに口の端にクリームがついている。
「いや、止めんじゃねえ…俺よりこのバカの方がキツイの飲んでる、お前が帰ってくる寸前までぶっ倒れてた」
「ヌハハ…」
「いやなにしとん」
盧笙が簓を改めてまじまじ見ると言われてみればいつもより簓の顔色が悪い気がする。
「盧笙を不安にした罪は、重い、人気な、俺が、悪い…」
「いや、ハァハァ言うとるやん…」
「もう、れーバラしたからええ…?」
と言いながら簓はそのままパタンと倒れた。
「キャラメルソース開発したやつ…地獄…堕ちろ…」
「なんちゅう事言うねん」
呆れながら盧笙はテーブルを見ると空っぽになったデカイ紙コップが一つ。知らんかった、でっか。こんなサイズあるんや。
床を見ればスターバックスのレシートが落ちていて見てみれば、長っ、カタカナばっかや…。
「いやほんと何しとん」
「贖罪や…」
「にしては罰の内容が可愛すぎるやろ」
「いや地獄だぞお前、これ、どこまでもチョコソースのエグみが舌に絡みついて離れねえ」
「どんな地獄やねん」
「零はあんま甘いの得意ちゃうしな…、いや俺もこのレベルなったら無理やねんけど…、てかこんなん普通の人間無理やねんけど…、こないだのスタバパーチーの更に上の倍プッシュマシマシカスタムやからほんまアカンで、前人未到、当意即妙、走馬灯…」
「パ……あ、こないだ冷蔵庫にラテ入ってたんやっぱ犯人お前らか」
「逆に俺ら以外おるわけないやん、…夜収録仕事続いてたからぁ」
「このバカ、夜仕事あるからって酒飲めねえストレスでスタバで豪遊してな、付き合ったおいちゃんは地獄見た」
「はぁ?…ここで?」
「怒られる思てゴミは持って帰った…」
「不法侵入でパーティーしとる時点でオコやわ」
「で、もう二度とフラペチーノなんて飲まねえって思ったのに、ぬかった…、あのサイト…運営元どこだよ…」
「言い訳は見苦しいで……イッキ、イッキ」
「いややめい」
零がぐ、と簓の声に合わせて紙コップを握ったので、慌ててその手を止めた。
コップの中はすごい色をしていた。
「盧笙…」
「ア?ハァ?何盧笙に庇われとんねんオッサン」
「あ〜もう目まで開けて人相悪、キャラ エラい変わってもうてるやん」
「違ッ…こわっ…」
「お前もキャラ変わっとるやん何この茶番、やから」
ぬっと床に伏していた簓は起き上がり、零と盧笙が掴んでいたバカでかい紙コップを強引に奪い取って、そして一気に中身を飲み干した。1/3ほど中身があったいろんな色が混じり合ったそれを一気に。
「ぐっ、あ、あ、ま、っ…」
言葉にならない声を上げて簓はまたひっくり返った。
「え、何、ツッコミ待ち?」
「簓クン…」
「いや、これ、何?ドッキリ?」
「ごめん…盧笙…ちょお待って…しばらく……やないと、吐く……頭、イタ…」
「俺も…」
「は?は?と、とりあえず水?水か!?」
◆◆◆
その謎のスタバ事件から数日後、盧笙は例の小林サンと小西サンと大山サンに詰められていた。
「せーんせ、プリ見して」
現物はもうない、全部配布してしまった。
しょうがないので、盧笙はスマートフォンの画面を見せる。
「てかおかしない?うちらがプリってアドバイスしたやん」
「やー、でも、しゃあないって。私らの学年数学担当ろしょ先生ちゃうもん、譲ったけな」
「出たユリの長女ー」
「優しい先輩目指しとるから私、」
「ええ心掛けやと思う…。立派やな…大山さん…」
「やろ?でもメールで画像送ってな〜」
「あとでちょうだい〜」
「クラスに拡散しよ、」
「拡散はちょっと…」
「え、でも、うちも、みんなもどつファンやから」
「…。」
そう言われてはどうしようもない。盧笙は言われた通りに大山サンに件の画像を送信した。
早速送られた画像を見て3人の女子生徒達はきゃあきゃあと騒ぎ始めた。
彼女たちにも、彼女達以外にも、暁進高校の生徒(と世のどついたれ本舗ファン)ほぼ全てに『どついたれ本舗が3人でプリクラを撮りに行った事』『簓と零がスターバックスで堂々と3人分のメニューをテイクアウトした事』は既にバレているのであった。なんでやねん。だれがチクってん。あと例のチームの不仲を報じてたニュースサイト潰れてたけど裏で何があってん。あいつらか。…あいつらしかおらんやろうな…。
「やっぱ、うち、アレやわ、零おじ好き、かわいい」
「零おじええやんな〜」
「後輩に零おじ同担拒否の子おるわ」
「はー?零おじはみんなの零おじやし」
「…なんで零なんだ…」
ぐったりとしながら盧笙は元気いっぱいな女子高生たちに声を掛ける。
「ろしょ先生の事もちゃんと私ら大ファンやで?」
「いやそうじゃなくて…、ぬるさらじゃないのか、そこは…」
「いや、うーん、あのインスタ見てるとないってそれは」
「ラジオもなー…あ、マリちゃんはリアコやで」
「どつファン、色々派閥あるねん」
「あ、ぬるさら言うたら、こないだの、」
「あー、テレ○のアレな!」
「アレなー!せんせ家のこたつ、」
はぁ…、盧笙は彼女たちが言ってる意味がなんとなく分かってしまい思わず顔を両手で覆って俯くのだった。
「やっぱよう考えたら不仲なんてアホやんなあの記事」
「なー」