インターギャラクティック『学校の先生って春休み暇なんやろ』
「そう思うやろ?アホみたいに忙しいで」
『そうなん?何してるん』
「入試あるやろ、あと新クラスの編成とか入学式の準備とかやろ」
『盧笙担任持ってへんやん』
「それやと担任持ってる先生だけが大変やろ」
『はぁ………ええわ知ってたし、』
「そうか無駄な時間ありがとうな」
『なのでそれを見越して3月最終週かその前の週かの土日どっか俺にちょうだい』
「ちょっと先の予約やな」
『ロショセン1ヶ月前ぐらいに事前予約入れとかなすぐ枠埋まるやん』
「否定はできへんけどやからって強行突破で不法侵入してくんのやめろええ加減、まぁでなんやいつや3月最後の方の土日?」
『そーそーその辺りになるとこっちのハードスケジュールが落ち着いて通常業務なるねん、改変期ってなんで3ヶ月に1回あるん四季なんてなくなればええ思わん?』
「干されぇお前」
『そう、やからバカンスしたいねん』
「…あ?」
『…バカンスで…馬鹿ん………』
「………お前大丈夫か?キレ悪いで何徹目やねん。〝す〟どこ行ってん」
『春休み忙しいのわかっとるから土曜の遅い時間からでええで、で日曜まるごと俺に頂戴センセイ、スクールで忙しいスーパースペシャル大好きな数学教師の盧笙の住まいをストーカーのようにスマホで見つめるスターの俺からスーパースキャンダルなスケジュールを』
「スーパー2回使ことるで、やっぱお前キレ悪いな、スランプか?」
『…寝たいねん。ゴロゴロしたいねん』
「…。」
『俺ん家来て。』
「…しゃーない行くわ。あ〜…第3週の土日なら行けんで、祝日あるし、朝からはちょっと難しいかもしれんけど」
『来たらお互いのスマホ水没させてストレスフリーでスマイルいっぱいなラブストーリーやってそれをスクープされような!』
「もしかして〝す〟指摘されたん怒っとるんかお前。」
というわけで土曜日16時、盧笙は電車に乗って簓の家へ。
実は内心ワクワクしていた盧笙であった。簓の事は一旦横に置いといても、タワーマンションという建物にワクワクするのである。
盧笙は簓の家にあまり行かない。行く前に簓が自宅に来るからである。なので数回しか行ったことがない。
行きたいと言えば恐らく呼んでくれるのだろうと盧笙は思うが、それはそれとして盧笙はいまいち他人への甘え方というものがわからないし、よりによって相手は簓で、簓は簓でイカれているのでそんな事言った暁には『盧笙の為に最上階のファミリータイプ買うたわ〜いつでも遊びに来てセンセ♡』とどこかのタワマンの鍵をぽんとプレゼントされる可能性がある。人生はいつ何が起こるかわからない。盧笙は簓に健全な老後をむかえて欲しいと思ってるのでそういうのは困る。無駄遣いせずちゃんと老後資金は蓄えておくべきだと思う。あと事前連絡して欲しい。簓は時々ネタに走って笑えないことをするのでどうかと盧笙は思う。
とりあえずビールとつまみとプリンとがぶ飲みメロンソーダ片手にタワマン、入り口のコンシェルジュに挨拶して、スマホから簓に電話。エレベーターに乗るのも住人の許可がいるのでもうその時点で未知の世界、ワクワクすぎる。盧笙は以前 簓が住んでいるタワーマンション名をネットで検索したことがあるのだが、〝ホテルライク〟〝スカイラウンジ〟〝ゲストルーム〟〝会員制ジム〟〝スパ付き〟という言葉に大変トキメイたのであった。別にタワマンに住みたいかというと、身の丈というものも弁えているし、地震の時慣性の法則に基づいてみょんみょんと馬鹿みたいに揺れるとも聞くし、なので別に住みたくはないのだが、【他人の家に遊びに行く】というだけで寂しい幼少期をおくった盧笙としてはいつだってワクワクするのである。しかもタワマン。自分の知らない世界。そんなのワクワクで胸がいっぱいである。
ピンポンを押す前にドアが開いた。スマホと目の前の糸目から同じ声が聞こえる。
「来たで。」
「……がぶ飲みメロン…」
「感極まって泣き崩れる前に部屋入れろ」
来て早々食われた。
「…………スカイラウンジとか見たかった。」
「行ったことないからどんなんか知らんし、なんか入るん手続きいるんちゃう?」
「天然温泉入りたかった。」
「そんなキスマークつけとったらめっちゃ注目されるんちゃう?あと俺も入ったことないで。シャワーで十分やん風呂とか。」
「の割にはお前俺ん家でしっかり入ってくやろ」
「風呂入ったらリフレッシュするやん、お風呂最高やねえ。命の洗濯。」
「即矛盾すること言うな!」
「んーじゃあ俺としてはもう一戦申し込みたかったとこやけど、ま、夜も長いし明日もあるし風呂入ろか。」
「ン。」
敗因は簓が共演者の誰かに貰ったソレについて『変な形の入浴剤』としか思っていなかったことである。
あ、これ貰ってん。なんや派手やなあ、前通ったらええ匂いがするあの店のやろ。あ、そうなん、とう。
バスタブの中で広がる、ピンクや水色、ギラギラなラメとさわやかな匂いと泡。
「………これ後始末すんの俺…?」
「お前や。お前が入れた。あー、身体中めっちゃキラキラやでこれ…、シャワーで流せるか…?タオルとか服とかベットとかやばいんちゃう…」
「そんなんはどうでもエエねんけど、これ、このキラキラ口に入れても大丈夫なやつ…?」
「…お前なんか腹壊せばええと思う。」
「そんな他の階とか行きたかったん?」
「それもあるけど来て早々ヤラれたことが許せん。疲れとるんやろうなあって好きにさせてた数時間前の俺がアホやった。」
「人間って怖いんやで盧笙。」
「人間ちゃうお前がイカれとるだけやねん」
「いやいや俺なんて盧笙の前以外では普通やで。」
「俺の前では普通ちゃうかったらアカンやろ。」
「盧笙、ぬるさらチャンの方が好きなん?」
「どっちも嫌いや。」
「またまた〜」
マーベラス色の湯の中から手を出し、簓は目の前の盧笙の頬に触った。指先についていたラメがそこに移って電気の光と反射してキラキラと光る。
「…あかんもっと汚したなってきた。どないしよう先生」
「のぼせて倒れるか湯冷めして風邪引く未来しか見えへんから嫌や。」
「……そんな即は考えてへんかった…。」
「幻滅した?」
「盧笙な、急な下ネタぶっこんで来て簓サンの気持ち確かめるのやめなくてええで」
「やめなくてええなら言うな、まあ…ええ機会やから言うと、」
「ウン」
「気持ちいいことも普通に好きやからな俺。」
「そうやってな、普通の顔して普通にとんでもない言うからもう俺は盧笙がスベったように陥れてクールタイム設けてその間に心を落ち着かせるしか無くなるんやで。」
「人がスベったように陥れんのやめい、なんちゅう恐ろしい奴や…」
「俺の情緒めちゃくちゃにする盧笙が悪い。」
「俺別に何も悪ない。」
簓が盧笙の首筋に顔を近づけて匂いを嗅げば今も浴室に漂っているであろう匂いがした。この様子だと自分の体からも同じ匂いがしているに違いない。
「プリン食いにくい!」
「あ。」
「やらん!」
プリンの甘い匂いも漂っている。こちらは自分と同じ匂いがしないので、簓はバニラとカラメルの匂いに嫉妬した。プリンなんて大嫌い。
探せばプリンの匂いする香水とかあるんやろうか、と簓はイカれきって、そして疲れ切った頭で考える。
しっかり嗅げば感じる、盧笙が〝メガドンキで買うてきてん。メガドンキやからメガサイズ売ってたわ〟と何故か誇らしそうに言っていた柔軟剤の匂いも好きだ。エピソードも含めて好きなので、簓はそれも踏まえて自分の洗濯物を盧笙の家の洗濯カゴに入れるようになった。ふとした瞬間に香る柔軟剤の匂いを感じるだけでいちいち幸福になって参ってしまう。
そう参ってしまう。
簓は自宅に盧笙を呼びたくない。
何故なら盧笙が帰った後が寂しいからだ。からっぽの部屋に一人とか寂しすぎて、しばらく家に帰りたくなくなり結局盧笙の家ないしテレビ局の仮眠室などで過ごす羽目になる。
それでも今回簓が盧笙を自宅に呼んだのは、まあまた春から新しい冠番組がはじまるので最近ちらちらと怪しいカメラの気配を感じてもういっそと思ったのもあるが、でも結局やっぱりは限界だったのである。
盧笙の自宅はもちろん好きだが、自分の家だとも思っているが、チラチラ見え隠れする〝生徒に愛されている躑躅森先生〟の片鱗があの部屋には溢れていて、それは、昔あの頃がむしゃらに声を枯らすほど過ごした日々がもうどこにもないという現実を突きつけてくる。から、特に疲れている時は精神的にクるのでしんどい。だったらまだがらんどうな自宅の方がマシ。寂しさ vs 寂しさ。今回はこっちの寂しさを選んだ。
隣に居るのに今もこうやってくっついてセックスもさっきしたのにこんなに常に絶えず飢えているのだから本当にタチが悪い。どうか一生こんな感じで俺を苦しめて苛んで欲しいと簓は思う。
コトン、と小さな音を立てて盧笙が空になったプリンの容器をテーブルに置いた。
「うまかった。」
「最近それブームやね」
「値段といいどこでも手頃に買えることといい、最高や。ずっと売っててほしい」
「そんな良い子の盧笙君にええこと教えたげるわ、ヒント、俺んちの冷蔵庫」
「……。」
盧笙の体にずるずるくっつきながら簓は冷蔵庫まで歩いた。基本酒と冷えピタと湿布しか入っていないピカピカな冷蔵庫はネットでお取り寄せしておいたプリンで今日はいっぱいだ。
「…買いすぎやろこれ流石に」
「プリンいっぱい入れといたら盧笙君、家から帰らへんちゃうんかなと思って。ウチ盧笙クンとずっとおりたいねん。」
「考え浅はかすぎるやろササ子」
「ランキング1位から10位まで全部カート突っ込んだ」
「賞味期限考え!プリンやぞお前!」
「ちなみに俺プリンあんま好きちゃうねん」
「あんだけ俺のプリン食っといて何言うか」
「〝盧笙〟とか〝俺の〟とか〝食うな〟って書いてあんのが悪い。そんなん食うやろ。」
「お前の名前書けばええんか」
「それはそれで嬉しいから食う。」
「どないしたらええねん。…とりあえずこれ食お。デパ地下で有名のアレやん」
「ウキウキルンルンな盧笙が可愛くて俺感無量」
「プリンやからな。」
「この世からプリン消滅したらええのに。」
「消えたとしても俺が作る、お前なんかに屈してたまるか。」
盧笙の体に相変わらずずるずるくっついて簓はまたリビングに戻った。
「あ、もう23時や。はじまんで。」
盧笙がそう言って、テレビのチャンネルを変える。すると部屋中に明るい簓の声が響き渡った。
「過去の男が気になるなんて盧笙クン、ウチ悲しい」
「このロケ地、中島さんのおばあさんのお家の近くなんやって。先週の前編見て嬉しいってメール来てたわ」
「盧笙クン、プリンとか過去の男とか他の女の名前とか出すからウチつらい」
「……お前糖分不足ちゃうか?飴 ちゃんと舐めとるか?」
「違うモンを舐めたい」
「いよいよ限界極まって普段言わん事いい出しとるやん、……しゃあない、あ、」
「あ。」
口の中に広がるバニラとカラメル、盧笙の食べさし、盧笙があーんしてくれた、それだけで簓はプリンが好きになった。単純。恋に狂う人間なんてだいたいそんなもんだ。
「もう一口」
「もうやらん。美味いから嫌や。やっぱデパ地下はクオリティ高いな…。」
「いつでも買うてあげる。」
「自分で買う」
「思い通りに行かへん人生。」
「大袈裟」
「でも俺の座右の銘は〝デパ地下スイーツは悪〟やから戦うしか無い。」
「デパ地下スイーツがお前に何したっていうねん」
「盧笙とのイチャイチャタイムの邪魔」
「今もイチャイチャタイムちゃうんか。」
「あ〜…………あ、あ、こん時な、カットされてもうたみたいやけど、大御所の■■さんが急に変な事言いだして空気凍って大変やったんたやで、あんな、」
「俺をスベらすな。陥れるな。……それはそれとして美味かった。ちょうど良い塩梅やわ…また食べたい…、ウメダとかでも売っとるんかなこれ…」
「盧笙スマホ禁止、調べもん禁止、メール見んのいっちゃん禁止、もうここ圏外になるよう工事するわ」
「それやと困んのお前やろ」
「盧笙の家のWi-Fi使うから大丈夫やで、で、使いすぎて通信制限ペナルティ発生するようアホみたいに動画見るわ」
「地味な嫌がらせやめい」
「…………あと25時間しかないとか残酷すぎへん?現実」
「……やったらまた来るから。スカイラウンジ見たいし」
「スマン。嫌や。」
「なんでやねん!?ええかげんにせえお前!?」
「まあ逆に言い換えたら25時間も、あるから盧笙弄んで遊ぼ。」
「俺とは遊びやったんか。」
「一生遊んだるわ。任せえ。」
簓はリモコンを取ってテレビを消した。そしてジッと自分を見つめるキラキラ美しい顔に顔を寄せた。