門南エロの予定。「嘘じゃろ」
ベッドの上で呆然とした。
熱い息がはぁと溢れる。
ベッドヘッドにもたれかかって己の半身を信じられない思いで見つめた。日本人の平均よりも大きく、雄としてはこの上なく立派なソレ。今にもはち切れんばかりに張り詰め、尿道口からはとろりと透明な雫を溢している。
解放を望むかのように先端がくぱくぱと口を開くが、熱は下腹部に重くわだかまるばかりだった。
思わず頭を抱える。
「全ッッッ然イケん」
酒を飲んだとはいえ、たかだか500ml一本の缶チューハイだ。20代の頃と比べればやや劣るが、まだまだ愚息は現役である。
もう一度掌を添えようとのろのろと腕を動かしたところで、ある事に気づいてしまってピシリと固まった。
「……嘘、じゃろ」
2度目となる嘆きはあまりにも弱々しい。
達せないどころか尻の穴がずくずくと甘く疼き始めてきたことに気づいてしまった。気のせいに違いないと思いたかったが、一度気付いてしまうと無視できないほどに疼きは酷くなった。顔から血の気が引く。
達せない原因は酒でないことは薄々わかっていた。わかってはいたが信じたくはない。嘘だと思いたかった。
16歳の頃に一度だけ見え、そして二度と会うことはないだろうと思っていたあの男。南方の予想を裏切って再会を果たしたのち、何故だか深い仲となってしまったあの男。
熱い肉で穿たれることの快楽を南方に教え込んだ──門倉のせいに違いなかった。
女のように柔らかくも脆くも無い、分厚く固い男の体だ。それなのに、門倉という男は嬉々として己を抱いた。
『南方』
低く掠れた声に熱っぽく名前を呼ばれた時の事を思い出した途端、全身を熱が巡った。知らず息が浅くなる。くらくらと眩暈までするようだ。
サイドボードにちらりと視線を向けた。ごくと唾を飲む。
「アレ、使うか」
門倉と付き合い始めて暫く経ってから使うようになったものがサイドボードに眠っている。
ぎらつく目を隠そうともせず、南方を抱きたいと言ってのけた門倉に気圧された。気の迷いだろうと一笑するにはあまりにも真剣な目をしていて、思わず狼狽えた。南方もウブなティーンではない。門倉が南方を抱きたいということは、つまり南方が門倉の性器を尻に入れなければならないということだ。僅かながら抵抗感はあったものの、嫌悪感はなかった。我ながら随分絆されたものだとむず痒い気分になったのは、墓場まで持っていこうと思っている秘密の内の一つである。
その後、気が付けば通販サイトで卑猥な玩具を眺めている自分がいた。男性器を模したシリコン製のバイブは「初心者にもおすすめ」という謳い文句で、散々迷ったが結局は購入ボタンを押した。勿論そういった手合の物を買うのは初めてで、決済が終わった時は後ろめたさからきょろきょろと辺りを見渡してしまった。
勿論、門倉には買った事は言っていない。言える訳が無い。門倉とのセックスで後ろを使う為に買った等と口が裂けようとも言えない。門倉は南方が自分で慣らしている事は知っている筈だが、まさか通販サイトで買ってまでとは思ってもいないだろう。
その後、門倉との行為の回数が増えるにつれ、物覚えの良い南方の体は後ろで得る快楽の味をすっかり覚えてしまった。
太い陰茎が狭い肉の輪を抜けて奥の窄まりを叩いたときの、腹の奥が痺れたようになってもう何も考えられなくなるあの感覚。生々しい感覚を思い出すと、ますます疼きは酷くなった。
ゆっくりとサイドボードに手を伸ばす。
今まで慣らす為だけに使ってきた玩具をとうとう己の欲の為に使うのかと諦めにも似た感情がよぎって一瞬だけ手が止まる。しかしそうしている間にも徐々に疼きは増していく。
「くそっ」
ついた悪態は酷く弱弱しかった。
***
「は、あ……ッ、うぅ、くッ」
脚を大きく開いたまま、目をきつく閉じて握りしめたバイブを懸命に動かす。
温度を持たない筈の柄に体温が移ってほんのりとぬくい。どのくらいこうしているだろう。もうすっかり覚えていないほど、この行為に耽っている。
「あー、あぁッ、う」
女のように可愛らしくも無ければ色気のある声でもない、年齢相応の男の上擦った声。自分の声ながら聞くに堪えないものだという自覚はあったが、今はどうせ聞く者は誰もいない。そう思うと普段は堪えている声がつい零れた。
張り出た亀頭の部分が肉をかき分けて進む感覚に身震いする。最奥を先端がこつりと叩くと、目の前に火花が飛んだ。
「ぁッ!!」
神経が焼き切れるかと思う程の快楽が身体を巡る。まるで犬のように呼吸が浅くなる。
(出したい)
どろどろに溶け始めた思考でそれだけを思う。ゆっくりとバイブを引き抜くと、慣らす為に使ったローションが太腿を伝った。内部から垂れるどろりとした感触は門倉との行為を思い出させ、思わず熱い息が零れる。
(もう少しでイケる。出せる)
先端を再び宛がって、そのまま一息に突き入れる。空気を含んだローションが立てた汚い音ですら今の南方にとっては興奮剤だった。自然と手の動きも大きくなり、突き入れるスピードも早まっていく。滑りを帯びたディルドが何度も出たり入ったりを繰り返す。
竿部分についている無数の突起が、抜き差しの度に肉を抉る。
「んッ、は、ぁ……ッ!!?」
とある一点を張り出た亀頭が掠めた途端、腰が跳ねた。濁った嬌声が上がる。
爪先が伸び、太腿がびくりと痙攣した。雷に打たれでもしたかのように、視界がちかちかとした。門倉から教え込まれた場所──前立腺に当たったのだろう。
「あ、あッ、う゛、ああぁ」
そこからはひたすらに前立腺を捏ねまわした。
開きっぱなしの口から唾液が伝うのも気にならない位に夢中になった。溜まりに溜まった欲を早く吐き出したい、ただそれだけだった。
突き入れるのではなく、前立腺を押し込むようにして刺激を与える。ぐにりと内部が押しつぶされる感覚に脳が蕩けそうだ。性器を扱く手は緩めずに、必死になって尻での快楽を負った。
しかしそう上手くはいかなかった。
「んっ、うぅ、ン……」
暫く続けてはいたが、どうしても最後の一押しが足りない。
「……ッ、くそ、全ッッッ然イケん!!!」
怒りをぶつけるようにしてバイブをサイドボードに放った。
張りつめた性器を見ると、先端にうっすらと透明な雫が滲んでいる。だがそれだけだった。寧ろ半端に弄ったせいか、かえって後孔の疼きが酷くなった気がした。
「……」
ここまでくると言葉もない。
出せなかった理由は南方自身がよくわかっていた。だからこそ、自分自身に失望する。
己の意思とは関係無しに突き入れられる熱い雄を。
前立腺を殴りつけるような荒々しい抽送を。
色んな液体でぐちゃぐちゃになった南方を見て嬉しそうに細められる目を。
耳元で名前を呼ぶ興奮で掠れた声を。
門倉雄大という男を。
このどうしようもない体は欲しがっているのだ。
深い溜息が零れた。
浅ましくも沸いた唾をごくりと飲みこみ、認めるかとばかりに拳を握りこんだ。
「ふざけんなや、門倉ァ」
溢れそうになった熱い吐息を歯を食いしばって無理やりに止める。頭を振って熱を散らす。
人の体を好き勝手に弄んでおかしくさせたのだから、文句の一つくらい言ってやらないと気が済まない。連勤の疲れが祟ったのか、将又アルコールのせいなのか、この時の南方は冷静さを欠いていた。
衝動のままに携帯を手に取って、1番上にある名前をタップする。
『お、南方?』
3コールもしない内に声が聞こえてくる。久しぶりに聞く男の声はどこか弾んでいるように聞こえた。
(妙に機嫌がええな。酒でも飲みよったんか)
そんな些細な事が南方を苛立たせる。きっと南方の身体はとうに壊れてしまった。門倉が壊したのだ。人の身体をこんなに壊しておいてよくもまあ機嫌良くいられるものだ。
(こちとら最悪の気分や)
苛々する。門倉は勿論、門倉がいないと駄目になってしまった自分にも。
『ちょうどよかったわ。ワシも今』
「門倉ァ!!おどれのせいじゃ!!!」
剥き出しの怒りをぶつけられて門倉は面食らったようだった。
『はぁ? なんじゃいきなり』
『おどれのせいで、ワシは…………ッ!?』
ハッと口を噤む。
何を言おうとした。何を。
門倉のせいで性器を扱くだけじゃイケなくなったとでも言うのか。慣らす為にと買った玩具でもイケない、おまえのモノじゃないとイケなくなってしまった。とでも言うつもりだったのか。
(どうかしとったわ)
言ったが最後、今後ずっと馬鹿にされるに違いない。本当にどうかしていた。きっとアルコールのせいだ。数十秒前の己を殴りつけたい。
「あー、いや、何もないわ。はは、悪かったないきなり。ははは。いやー悪いな、切るぞ」
『あんな怒鳴り散らかして何もないは無理があるじゃろ』
「すまんかったな。じゃあ今度こそ切るぞ、じゃあな」
『いやいやちょい待ち』
門倉の言葉とほぼ同時に玄関からドンと音がした。
『おるんじゃろ。開けえ』
サッと血の気が引いた。
何故だかわからないが玄関先に門倉が、いる。
オートロックはどうしただとか、来る前に一言言えとか今更言ってもどうしようもない言葉ばかりがぐるぐると回る。
下半身を晒している自分。サイドボードにはテラテラと卑猥にぬめる玩具。
終わったと思った。
誤魔化せる相手ではない。勘のいいやつだ。それに物的証拠をなんとかしたところで絶対に匂いでバレる。
居留守を使うか。否、門倉は南方がいると確信があるようだ。下手に嘘をつかない方がいい。
『黙りくさってどうしたんや。体調悪いんか』
これだと思った。すぐにわざとらしく咳をする。
「そ、そうじゃ。ちぃと熱が出とってな。うつしたら悪いけえ今日は帰」
『じゃったら尚のこと入れえ。こういうときくらい頼らんかい』
あぁぁあと頭を抱えた。門倉が優しい。その優しさを普段から出してくれればいいのに。
ドン、という音が再び聞こえた。続いてもう一回。
『おーい、南方。大丈夫か』
「わ、わかった。開けるけぇ待ってくれ。少し片付ける」
『おう』
門倉の声を最後に通話を終え、力無く項垂れた。
「まずいな……いや、というか門倉よ」
何故インターフォンを押さないのか。ドアを何度も殴りつける門倉なんて、どこからどう見たって借金を取り立てに来たヤクザにしか見えない筈だ。他の住人に見られてはあらぬ疑いをかけられてしまう。これからの近所付き合いの事を考えてほしい。
「なんてのは今どうだってええわ。それよりも」
現実逃避のようにあらぬ方向に飛んでいた思考を手繰り寄せる。早くこの状況をなんとかしなければならない。下半身を丸出しのままご近所さんとの付き合い方を憂いている場合ではないのだ。
「とりあえずコレをなんとかするか」
サイドボードに放られたバイブを睨むように見つめた。