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    5oma_n

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    支部から移行した🦍🦇、ゆるふわ30年

    その退治人の胃袋を掴むのは簡単だった。
    子供舌の上、家庭的な味に少しばかり飢えていたのだろう、用意した食事を口にすると警戒心はすぐさま瓦解し、あっという間にドラルクの手に落ちた。次の日からはあれが食べたいこれが食べたいなどと我儘すら言われるようになった。まるで幼児の如く頬を膨らませてはかき込む姿に注意しつつ、どこか嬉しく思ったものだ。
    次にその退治人の生活の基盤を整えてやった。
    何せ個人事業主かつ執筆業に追われる若い男であったので、家事というものの概念が備わっていなかった。最低限の生活が出来ればそれで間に合っていたから、と本人はのたまっていたが、その言葉にドラルクは呆れ果てたものだった。最低限というのは、栄養度外視でただ腹を満たし、シャワーのみで身を清め、ソファベッドで死んだように眠ることを言うのか。何だか無性に腹立たしくて、ドラルクはその退治人の言う最低限というボーダーラインを、大幅に引き上げてやることにした。
    仕上げに、何をするにでも常に退治人の視界の端に収まるようにしてやった。
    事務所でもギルドでも退治依頼で呼び出された現場でも、ドラルクは退治人の視界のどこかに必ず存在するように心掛けた。その甲斐あってか、貧弱なドラルクがうっかり危機に陥るたび、悪態をつきながら退治人が救出してくれるまでになった。
    「ねぇねぇロナルドくん。君、好きな人はいないのかい」
    「……はぁ!?」
    反応は上々だと思ったものの、瞬きの間にドラルクは砂になってしまった。再生の間もなくドスドスと拳を突き立てられたので、暫くの間、ドラルクは塵の姿のまま呻くことしか出来なかった。何だお前舐めてんのか、童貞馬鹿にしてんだろ、と繰り返されたので、おっ、とドラルクは思った。半分当たりで半分はずれだった。
    ドラルクは誰かに自分を好きになってもらうということが好きで、それが好意とは相反する感情を抱く相手であればあるほどに燃えるたちだった。退治人は糞雑魚砂おじさんなどと呼称するが、それなりに人を惑わした経験だってある。夜更けの散歩で出会った文学青年であったり、夜間の警備に務める官憲であったり。人外たる吸血鬼を警戒すればするほどそれを瓦解せんとドラルクは燃え上がり、手中に納めてしまうとその熱は一瞬で冷めてしまう。
    堕とすまでのプロセスが何よりも愉しいと感じてしまうのは、クソゲーに堪らなく惹かれるものと似たところがある、とドラルクは自負している。だからドラルクはこの退治人と出会った時、あぁ、これはかなりの長丁場になるぞと思ったし、砂になりかき混ぜられている今現在も、これはまだまだ時間がかかりそうだなと落胆しつつ、気分は高揚していた。

    「ねぇねぇロナルドくん。君、好きな人はいないのかい」
    「お前、ちょっと前にもそんなこと聞いてなかったか」
    そんなの作ってる暇ねぇよ、と退治人は言った。今回は砂になることは無かったが、退治依頼の資料を眺めながらの片手間で吐き捨てるように言われてしまった。タイミングが良くなかったかなと思いつつ、やはりドラルクは落胆しつつ高揚しつつといった気分で、夜食の鍋焼き饂飩をデスクに置いてやった。熱いから少しよそっておくよ、と器に饂飩を取り分ける。蒲鉾を箸で摘んでいると、あ、と書類を眺めたままの退治人が口を開けた。行儀が悪いねぇとぼやきつつ、ドラルクは摘んだ蒲鉾に息を吹きかけ冷ましてやってから、その大きな口へと運び入れる。うまい、と青い瞳が細まったので、ドラルクは満足気に口の端を吊り上げた。

    「ねぇねぇロナルドくん。君、好きな人はいないのかい」
    「それ、今ここで聞くことか?」
    答えには期待せずに問うてやる。この退治人の心を捕らえていたのならば、きっと、こんな無茶はしなかっただろう。兎の姿に剥いてやった林檎を差し出せば、退治人はそれを豪快に頬張った。退治人の怪我は、命に別状は無いもののそれなりの深手であり、入院を余儀なくされるものだった。縫合痕はどうしても残ってしまう可能性が高いことを説明された退治人が、それをさして気にしていない様子だったのがドラルクは気になった。もっと自分を大事にしなよ。ドラルクが身につけているブラウスの袖口は湿っていて、それを擦る退治人の手つきが妙に優しいのが腹立たしかった。命というものの尊さについて、退治人の考えているであろう最低限というボーダーラインを、無理矢理にでも引き上げてやる必要がある、とドラルクは思った。

    「ねぇねぇロナルドくん。君、好きな人はいないのかい」
    「お前昔っからそれ聞いてくるよなぁ」
    「良いじゃないか、私と君の仲だろう」
    「はいはい。昔っから言ってるけど、好きな人、はいねぇんだよなぁ」
    「うーん、鉄壁だなぁ」
    もう何度目の参加になるか、数えもしなくなった一族総出の新年会。当初はそれこそヤケクソで始まったポールと自称した退治人によるポールダンスは、いつの頃からか新年会での定番行事になってしまった。爽やかな汗を光らせる退治人にタオルを渡してやりながらドラルクが問えば、いつもと同じような回答が帰ってきた。もういい加減良い頃合いだろうと思っていても、退治人からの返事は色良いものではない。難攻不落の退治人相手にドラルクは毎回闘志を燃やしているのだが、残念ながらそれが実を結ぶことは無いようで、それがまた返ってドラルクに火をつける。今年こそはと決意を新たにまた一年が始まるのだ。
    「ジョン、DJお疲れ様」
    DJブースに立ち寄った退治人が、会場を沸かしていた愛らしきDJに声をかける。サングラスを煌めかせたジョンがヌウヌウと鳴けば、退治人は汗を拭いながら小さく笑った。
    「……ん?そうなんだよな、好きな人じゃなくて、愛してる人なら、昔っからいるんだけどなぁ」
    わかんねぇもんかな、と退治人がくつくつと肩を揺らせば、ヌヌンヌ?と使い魔は申し訳なさそうな声で鳴いた。
    「良いんだよ、俺がそれで構わないから」
    あいつもなんか楽しそうだろ、と囁いてやれば、ジョンも機嫌良さそうに愛らしい声を上げた。







    ロナルドの指が、もう随分と伸びたドラルクの後ろ髪に絡む。しっとりと吸い付くような、瑞々しさすら感じる艶やかな濡羽色。この三十年で、ドラルクの髪は伸び、目尻には薄らとした皺が刻まれた。
    「なぁドラルク。お前さ、好きなやついるんだろ?」
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