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    終わって無かった30年後🦍🦇のケツ叩きをば…ぬるくだらだらとしち面倒くさい中年ふたりの話です

    どれもこれもよくある話だった。
    ジョンは昔からよくスポーツの遠征や大会への助っ人を頼まれたし、ロナルドはその知名度により事務所へ舞い込む依頼は後を立たなかった。それらは新横浜で収拾出来るものもあれば、そうでないものだって沢山あって、そのたびにドラルクはスマートフォンを駆使して宿泊先を確保したものだった。ちょっとしたお土産なんかを携えてギルドに顔を出して報告を済ませ、優秀で愛くるしい使い魔へと帰宅を告げることだって幾度となくあったのだ。
    「ロナルドくん」
    退治が終わったのは、既にあと数時間で日の出を迎える、という時間帯だった。ホテルには自分たちが吸血鬼退治業に従事していることを伝達済みであり、日中のルームクリーニングも行われない手筈になっている。
    「狭いんだけど」
    寝惚けているのかわざとなのか、折角のツインルームだと言うのに、ふと目を開けるとドラルクの真横にはロナルドが横たわっていた。枕元の間接照明に照らされた表情は、上手く読み取ることが出来ない。ただ分かるのは、その深みを増した青い瞳がドラルクを真っ直ぐに見据えているということだった。よくよく観察してみれば、無精髭は少し伸びていて寝癖だってついてしまっている。どうやら多少は眠れたらしい。どうせなら日が沈み切ってしまうまで寝ていればいいのに。ベッド間違えてるよ、と肩をとんとんと叩いてやれば、間違ってねぇよと返されてしまった。
    「なぁに僕ちゃん、淋しくなっちゃったの?」
    「そういうことにしといてくれや」
    ぐ、と太い腕が腹に回される。ロナルドは年々ドラルクを殺す回数を減らしていて、すぐ死ぬ吸血鬼にとってはそれが面白くなくて仕方が無かった。昔みたいに条件反射で拳が飛んできたっていいのに、ロナルドは今のようにただただドラルクへと触れることを好むようになった。煽ってもからかっても、軽くいなされることが多い。それでもドラルクが飽きずにいられるほどこの退治人は面白い存在であり、出会いから既に30年が経過しているにも関わらず、ふたりの同居は解消されていなかった。
    「ここのガウン、うっすいな」
    「こんなもんでしょ……ほら、まだ時間があるから、もう少しおやすみ」
    昔と比べ短くなった銀髪に指を差し込み、ゆっくりと梳いてやる。実際ドラルクはまだ寝足りなかったし、ロナルドの子供のような体温が心地よくて眠気が誘発され始めたところだった。精悍な頬をするりとひと撫でしてから瞼を下ろせば、ふ、と目の前が陰るような感覚に襲われる。おや、デコピンでもされるのかしら。くふふ、と期待から肩を揺らすが額は弾かれることなく、代わりに何か柔らかいものが押し当てられた。ふっくらと厚みがあり、そして湿り気のあるものが一体なんであるか、ドラルクには直ぐに検討がついた。
    「おやすみのキスかね」
    「嫌だったか?」
    「そうじゃないけど」
    「そうじゃねぇんだ」
    はた、と目を開けば、迫る美丈夫の顔に圧倒される。いつまで経っても君は自分の顔の造りを理解しないね。ドラルクは心の中で独りごちてから、その分厚い胸板を手のひらで押した。眠りを妨げるのであれば、早く自分のベッドに戻ってもらいたい。
    「眠くないの?」
    「うん」
    「私は寝たいんだけど」
    「寝させたくないって言ったら、嫌?」
    なんだか今日はやたらと絡んでくるな、とドラルクは思った。変な寝ぐずりを覚えてしまったのだろうかと腹に回る腕をさすってやる。
    「どうしたんだい、本当に坊やみたいなことを言って」
    「なあ、嫌か?」
    「そんなこと言ってないだろう、ほらおいで」
    それじゃあ何かお話でもするかい、とドラルクは頭を寄せた。さらさらと互いの前髪が混じり合う。
    「ロナルドくんが今よりもっともっと可愛かったときのお話にでもしようかな」
    水気を含んだ青い瞳に、真っ赤に染まったまろみのある頬を思い返す。今でも十分過ぎるくらい男前のロナルドは、若い頃は更に美しく愛らしさも兼ね備えたハンサムだった。ぎゃんぎゃんと喚きながら情け容赦無くドラルクを砂にする。悲痛な叫びをあげるジョンを撫でながら実体を取り戻していく感覚を、ドラルクは昨日のことのように思い出すことが出来た。しかしながらそうやって不可抗力以外でドラルクがロナルドによって砂にさせられたのは、果たしていつが最後だっただろうか。少なくとも、こうやってロナルドが脂の乗り切った中年になる頃には、ドラルクは殺されることが無くなってしまった。
    「おつかい頼んだだけで殺されて、砂時計に詰めるぞなんて脅されて、ツケは払ってくれなくて」
    思い出すだけで笑えてくる。煽ればそれに応えるように砂にさせられた。コールアンドレスポンスの如くテンポの良い掛け合いが、今は酷く懐かしい。
    「今じゃそんなこと全然しない、すっかりいい男になっちゃって」
    ね、とドラルクが薄く笑うのと、その唇にロナルドの唇が押し付けられるのはほぼ同時のことだった。ちゅう、と吸い付くようなリップ音を残し離れていく唇を見遣りながら、ドラルクは怪訝そうな表情を浮かべる。
    「え?今、そんな雰囲気だった?」
    「そんな雰囲気だっただろ」
    「じゃあ今度こそ眠るんだよ」
    「おやすみのキスじゃねぇっての」
    「わぁ、ちょっと、なんなの」
    ばさりと掛布団が捲られ、微睡みと共に温まっていた空気が霧散したことにドラルクの耳先が崩れ落ちた。ホテルのガウンは薄く、僅かな乱れによって開かれた胸元にロナルドの熱い吐息がぶつかった。
    「寝るんじゃないの」
    「寝させないって言っただろ」
    「ねぇ、こら、なにしてるの」
    甘えるようにして退治人の鼻先がドラルクの首筋に埋まったかと思うと、べろ、と舌がその皮膚を舐め上げた。そわりと背中が粟立って、たまらずドラルクはその身を捩る。ドラルクとジョンとのじゃれ合いでもあるまいに、退治人とその相棒としてのスキンシップを優に越えてしまっている。
    「少々ジェントル違反じゃないかね」
    「嫌ってことか?」
    「そうは言ってないだろう」
    「そうは言ってねぇんだな」
    良いか嫌かで言われれば、暴れて拒むほど嫌ではない。だからといって、はいどうぞとその身を任せるほど良いわけではないのだから困ってしまう。この30年でロナルドからの接触は多くなり、ドラルクはそれらを自然に受け入れてしまうようになった。肩を寄り添えば腰にはロナルドの手が回され、結わえた髪がたなびけばその毛先にロナルドの指が絡みついた。揃ってソファに座りB級映画を見ている時は、どちらともなく太腿が触れ合い、ドラルクの肩には太い腕が回されるようになった。ひょいと摘んだ唐揚げを指先ごと味見されることだって数え切れないくらいあるし、口付けだってされたことがある。流石に驚き過ぎて砂になったが。
    それはギルドのメンバー全員が出動し、死に物狂いでの吸血鬼退治に追われた夜のことだった。ひたすらに分裂し増殖を図ろうとする下等吸血鬼を何とか撃退した際、あちこちで雄叫びが上がった。あるものは抱き合い、あるものは拳をぶつけ合い、そしてあるものは口付け合った。それがロナルドとドラルクだった。誰もが度を超えた疲労からハイになっていて、唇を重ねるふたりにやんややんやと囃し立てる声が飛んだ。ロナルドは真っ赤な顔で笑っていたし、きっとドラルクも同じだっただろう。
    ふたりは互いの肌がどんな質感でどれくらいの温かさなのかを把握するくらいには、触れ合いを繰り返してきた。だから、ドラルクにとって首筋をひと舐めされるくらいどうってことはない。
    「あんまり困らせないでよ」

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