バリカタ——アイドルになろうと思われた理由を、あらためてお聞かせ願えますでしょうか。
「ええ、承知しました! 自分は若輩ではありますが、一般的には若すぎると言われる年齢の頃から、経営の実践を経験する機会をいただきました。その中で、アイドル業界に伸びしろを感じたということです。また、その上で、輝かしい存在に憧れたというところもあります!」
——Edenのメンバーである乱さんと巴さんは、ともにfineのメンバーだった時代ですね。知名度は現在ほどではなかったものの、あの時代のfineにはいまだに根強いファンが多いと聞きます。
「ええ、ええ、もちろんです。Edenにも旧fineのメンバーが在籍しておりますし、当時からのファンという方もいらっしゃいます。そんな方々のおかげで、Edenの知名度は飛躍的にあがったともいえます。その時代があったからこその今であると言えるでしょう」
——ちなみに、七種さんが憧れたと仰るかた、差し支えなければお伺いできますか。
「そうですね、強いていうならやはり当時のfineは別格でしたね。現在も尊敬の念を持ち、ユニット内においても、乱凪砂閣下、巴日和殿下と敬称をもってお呼びしております」
*
「そういや、なんで茨は、ナギ先輩やおひいさんのことを『閣下』とか『殿下』とか呼ぶんだろうと思ってたんですよね。fineが好きだったからですか」
頁を繰りながら、ジュンは手元の雑誌を指さした。茨が表紙を飾った、ビジネス誌のインタビュー記事だ。
「ええ、もちろんです!」
キーボードを打つ手は止めないまま茨が答えると、ジュンは深い溜息を吐いた。
「ここにはオレら二人しかいないんですから、本音を言ってもいいんですよ」
「嘘ではありませんよ!」
凪砂や日和は何度か表紙を飾ったこともあるが、下二人にはまだその機会がなかったので、茨一人で雑誌の表紙を務めたのは初めてのことだった。ビジネス誌とはいえ、若い男女をターゲットにした雑誌の表紙モデルに選ばれるのは、知名度を上げるためにも有り難いことだ。
「一般誌の表紙でグラビアとインタビューって、有名人って感じですねえ」
仕方なく話題を変えたのは、舌先三寸で言いくるめられる未来が見えたからだろうか。ジュンも、日々学習している。
「有名人ですか。まあ確かに、我々にもストレスの多かったあの昨年のSSあたりから、アイドルファン以外にも我らを認識できる方は増えたでしょうね」
「確かに、街中で気づかれること増えましたよね。オレも表紙やってみたいです」
「ジュンも映画のが控えていますし、近々このような仕事が入ることもあるでしょう。自分としては、女性誌でヌード企画などが、話題性もあって良いと思いますね! そのような打診が出たら真っ先にジュンにお知らせします」
「いやいや、普通のでいいですよ。なんで脱がされる前提なんですか」
「新鮮な驚きを与えつつ、需要に応えるのも我らの任務ですから。そんなに鍛えておいて、何のための筋肉ですか」
「ヌードのためじゃなかったのは確かなんですけど……」
茨のマーケティング力は各現場でも十分に発揮されているので、茨の企画でコケることはそうそうない。数字と経験に裏打ちされ、常に修正を加えていく柔軟さで、より精度を高めている。その茨が言うのだから、少なくともジュンの筋肉に需要があるのは間違いないのだろう。大事に育てた筋肉を観賞してもらうのは、やぶさかでない。
「ジュンのためになる仕事を用意しますよ。我らの進む先に、一片の小石もないよう努めるのが自分の仕事ですしね」
「いや、その。Edenの方向性だとか、茨の仕事のやり方には文句はないですよ。ただ、茨がそんなに全部背負わなくてもいいんじゃないですか、と思ったりはするんですけど」
「閣下にはもうしばらく自分の指示に従っていただきたいですが、Eveのお二人においては、他のユニットと比べてもかなり個々の意思を尊重していると思いますよ。殿下のご意向もありますしね」
「えーと……そういうんじゃなくて。オレがってより、茨が……」
ジュンはガシガシと頭を掻きむしる。今日の撮影用に整えられていた髪が乱れてしまったが、もう撮影は終わったので小言を言うこともない。
「まあ、茨には茨の仕事があるから、仕方ないんですけど。もう少し腹割って話せるところがあってもいいかなって。オレだったら、インタビューなんかも、茨はやっぱり本音で語るってわけにはいかないっすよね」
「それはもちろんそうですが、別にストレスもためていません。自分が隠しごとをしている、もしくは、心に問題を抱えているように見えますか?」
「隠しごとはしてると思いますけど、茨はメンタルもフィジカルもめちゃくちゃ強いし、バリカタどころかハリガネぐらいあるでしょ」
「じゃあ、いいじゃないですか。というかラーメンで例えるのやめてもらえます?」
「でも、硬ければ痛くないってこともないでしょう。茨のラーメンは隠し味ばっかりなんですよね」
「ばっかり、とは心外ですね。リスクマネジメントと言ってください」
「まあ、それもわかるんですよ。アイドルってイメージ大事ですし、すぐ炎上するし。茨のそういう注意深さに、オレたちは助けられてますよ。もちろんそれは理解はしてるんですけど、そんなんだと茨も、自分のことには気づかないこともあるんじゃないですか」
「……まあ、そういうこともありますかね。希望や不安は、口に出しておいていただけると助かります」
的を射ないところはあるものの、今日のジュンは随分と食い下がる。
夜9時を過ぎて残った事務処理をしているくらいなので、茨も別に暇ではない。けれど、たまにはジュンの何だか言いたいことに付き合うか、という気になった。雑談だろうと暇つぶしだろうと、コミュニケーションをとった時間が、いざという時に役に立つこともある。
「ジュン、今日は随分グズりますねえ。どうしたんです」
「別に、なにもないですけど」
唇を尖らせたジュンに、思わず顔が緩んでしまう。そんな反応をされたら、笑うしかない。
「ふーむ……そうですか。すると、ジュンは単純に、自分のことを心配してくださっているのですね?」
素朴な疑問を口にすると、一瞬動きの止まったジュンの顔が、一気に赤らんだ。
「え、あの」
「そういうことでしたら、優しいジュンのお気持ちに甘えまして、自分も久しぶりに寮へ帰りましょうか。自分が帰らないと、ジュンもなかなか帰りたくないようですので」
「いや、違いますよ! あんた、最近よく事務所に泊まってるみたいなんで……」
おまけに、凪砂や日和がそれぞれ個人の仕事に出ているせいで、今日は特に口うるさく言う者がいない。だからわざわざ、仕事あがりで事務所に戻った茨を追ってやってきて、雑誌を開いては茨に話しかけていたのだろう。
ジュンは気まずそうに雑誌を閉じた。
「……もう帰るなら、これまだ読めてないんで、借りて帰ってもいいですか」
「その雑誌は事務所の備品ですが、すぐに持ってきていただけるなら構いませんよ。よかったら、また感想を教えてください」
わかりました、と言って、折れないように紙袋に入れて、雑誌を鞄にしまった。暇潰しかカムフラージュかと思ったら、読む気はあったようだ。
「ねえ、何か食べて帰りませんか? オレ、ラーメン食いたくなりました」
「この時間からですか?」
「たまにはいいでしょ。今日はレッスンもあったし、撮影もしたんですよ。オレ、今日のためにちょっと絞ってたんですから」
「仕方ないですねえ」
ラップトップを閉じながら、食べたいものを思い描いてみる。
この時間からだと社員食堂か、ESの事務所からでも歩いて行ける町中華に、ジュンのお気に入りの店がある。茨も、そこに行くと炒飯とギョウザのセットが食べたくなってしまう。
ああ、でも今日は。
「豚骨の口になりました。行きましょう」
ジュンは「やっぱり? オレもです」と声を弾ませた。