Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    ogata

    @aobadendeden

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 🍓 🍮 🌹
    POIPOI 10

    ogata

    ☆quiet follow

    🐯日本一ということで、太古の昔に書いた火村×アリスを引っ張り出しました。
    横書き用に字下げしてないものをコピペしたので、少し読みにくくてすみません。いつかなおすかもしれない

    #火アリ
    fireAnt
    ##火アリ

    Distance今朝聞いたアリスの声が耳から離れない。

    学生の頃からの付き合いだ、アリスの寝言を聞いたのはこれが初めてではない。
    「火村、ノート見せて」だの「火村、腹減った」だの「火村、眠い」だの、愚にも付かぬ寝言は学生時代から結構な数聞かされてきた。「眠い」に至っては言語道断だと言ってやったこともある。寝ている癖に眠いとは何事か。
    しかし今朝聞いたそれは、今まで聞いたような馬鹿にしてやれる内容とは異なる種類のものだった。
    自分が時々見る夢のような、内面に潜む闇が引きずり出されたようなものとも違う。
    ただ、顔を見るまでもなく、おそらくアリスは夢をみているのだろう、と思った。
    聞き逃せない単語が幾つか出てきたこともそうだが、いつもとは口調が全く違ったからだ。

    朝方、夜が明けようとしている時だった。
    ふと目が覚めて水を飲みに起きていたのでなければ、聞き逃したかもしれない。
    しんとした室内に冷蔵庫の稼働音が時々小さく鳴っていた。
    トイレに行ってから、冷蔵庫からペットボトルの水を出して喉を潤すために流し込む。そして、アリスの熱は下がったか確認してやろうかと、新しいグラスに水を注いで、寝室を覗いた。

    その時アリスが「ごめん」と言った。

    「起きてたのか」
    「ごめんな」
    ここで、これはおそらく寝言なのだろうと気づいた。
    何かが欲しいとかそういう願望を口にしているわけではなさそうだったからだ。
    アリスは謝っている。真剣に。

    「俺、君と友達でおれんようになったみたいや」

    ……何だと?

    「今までほんまにありがとう」

    本当に寝ているのか確認しようと顔をのぞいて、確かに目を閉じていることに安堵した。
    起きている時に言われたら、何と返していいかわからなかっただろう。

    目を覚ませばきっと忘れてしまう、現実と繋がるはずもないような些細なこと。
    忘れてしまった夢の話など蒸し返しても詮無いことだ。
    だが自分の耳には、アリスの切ない懺悔が谺している。


    ごめん、火村。ごめん。



    **********



    熱を出した。

    先日から少し怠いなと思ってはいたものの、今朝目が覚めたらもう起き上がるのも精一杯だった。喉がガラガラするし、関節が痛い。原稿をあげたばかりで気が緩んでいた所為もあるかもしれない。
    飲み物を求めて冷蔵庫を開けてみたものの、予想通りというか、いつもの通りというか、中身は閑散としていた。ペットボトルの水が半分程と、バターと牛乳。以上。
    ゲホン、ゴホ、という咳の重さに、うっすらと生命の危険を感じる。辛いというより、人恋しい。
    ぼうっとした頭で携帯を手に取り、短いメールを送った。

    『熱出た』

    すぐに返事が返ってくる。

    『馬鹿者』


    数時間後。
    玄関のほうの物音で目を覚ました。
    ガサガサというビニールの音。
    無遠慮なその足音は、火村だとすぐにわかる。合鍵で入ってきたようだ。
    年中不摂生ばかりするな、締め切りが終わったんなら冷蔵庫の中身ぐらい入れておけと長年の親友はぶつぶつと説教をたれながら寝室を覗いた。手に提げたビニール袋の中には、自分が以前『これしか飲めへん』と言った総合感冒薬と、ほぼ空の冷蔵庫を埋めるものが入っているのだろう。
    火村は私の顔をみると眉を顰め、はあとため息をついた。

    「熱、どのぐらいある」
    「うーん、2時間ぐらい前に測ったときは、38度…5分ぐらい…」
    「完全に声変わってるじゃねぇか。薬は」
    「ちょうど切らしとったから、まだ……」
    「……今粥つくってやるからちょっと待ってろ」
    「腹減ってない」
    「ちょっとでいいから何か腹に入れて薬を飲め。ったくアリス、お前幾つになったんだよ」
    「はんとしまえにさんじゅうにさいに」
    「ならもうちょっと自分で体調管理しろ」
    「……どうもすみません」

    コップにスポーツ飲料を注ぎ、ベッド脇に置いてから額を小突かれた。
    キッチンへ向かう彼の背中を見ながら、はっきりしない頭で先週会った時の彼を思い出していた。


    10日ほど前に長編の原稿をあげた後、火村の職場に出向いて顔を見に行った。
    突然の訪問だったこともあり長居するつもりはなかったのだが、仕事はさして急ぐものもなかったらしく、少しコーヒーを飲んでから三条まで食事に出かけることにした。
    着いた先は、火村が最近行って旨かったという、こじんまりとしたフランス料理の店。
    彼がこんな店に入るなんて少し珍しく感じたと言ったら、つい最近女性と来たということだった。
    某国立大で助手をしていて、見た目は美人だがあまり女らしくはない性格で頭の切れる人物だったと、火村にしては珍しくその時伴った女性のことを楽しそうに語った。
    というかそんな火村を初めて見たような。
    本当はその時飲んでいた水を吹き出し、コップを取り落とすぐらいには驚いたのだけれど、多分その辺りは上手く隠して返事ができたと思う。

    君が女性について話すなんて珍しいな。この数年なかったんやないか?
    お誘いなら貨物列車に満載できるほどあるんだがな。お前に言うと可哀想だから話さないだけだ。
    それはそれは、全くいらん気遣いさせて申し訳なかったな。でどうなんやその女性は。俺に言うってことは君もそれなりに気に入ったってことか?
    そうだな、次会っても楽しめそうだと思えるぐらいには面白い女だったな……

    なんとなくモヤモヤ。
    小説家の端くれとしてそんな表現は有り得ないが、こちとら恋愛小説を書いているわけでもないのでその気持ちの表現方法のバリエーションを探す気にもなれなかった。
    でも、この男がもし自ら進んで恋愛に足を踏み入れるとしたら、友人として喜ぶべきことではないか。
    こんな状況を想定したことはなかった、というか独り者の同志として考えないようにしていたのかもしれないが、彼が心を許せるフィールドを広げられる可能性はまだあるのだと考えて、素直に嬉しいと思える。
    筈だった。

    彼女と交際するなどと、火村は一言も言っていない。
    私より先に彼が、人生の伴侶とする人をみつけることもあり得るという可能性を示しただけ。
    ただ、それが、寂しかっただけだ。




    「おい、できたぞ」

    ふわりと米の炊ける匂いが部屋に流れ込んできた。炊きたての粥と梅干し、おかかに醤油をたらしたものを添えて、スプーンと共にベッドサイドまで運んでくれた。
    食欲はあまりなかったが、忙しい中わざわざ大阪まで出向いて作ってくれた粥だ。

    「うまそうなにおいやけど、起き上がるんも億劫やな……くそ」

    そう言うと、すっと額に手が伸びてきた。

    「まだだいぶ高いな…起き上がれるか?」
    「うん……せっかく作ってくれたんやし。悪いな、ほんま」
    「そう思うならしょっちゅう風邪ひいてくれるなよ」
    「はい……」
    「おい、起きられないのか?」

    気持ちではもう起き上がるつもりだったのだが、それすらも怠くて気づくと目を閉じて荒い息を繰り返していた。

    「……食わせてやろうか」
    「なっ」
    「ほら」
    「え、ええよそんなん」
    「それも今更だ。さっさと食って寝ろ」

    差し出されたスプーンの上の粥をひとくち含む。

    「あっつ……あ、でも、うま……」

    口にいれるとトロリと溶けるその熱い粥は、じんわりと身体を癒してくれるような不思議な感覚を与えてくれた。
    ひとくち、ふたくち。
    粥を口に入れてもらうなんて何十年ぶりだろう。無言のまま往復するスプーンを目を閉じて受け入れながら、先日のモヤモヤについて考えていた。
    こんな気遣いを貰えるのは、この10年以上の間続けてきた友人関係が、互いにとって掛け替えのないものであったことに他ならない。ちょっと甘え過ぎだという自覚はあった。だが火村が自分に甘いことを知っているから手放せない。弱っていると人恋しくなるものだけれど、誰より先に連絡を入れてしまうのはこの男だった。


    「全部食えたじゃねえか」
    「ああ……ありがとう。大サービスやったな」
    「高くつくぜ。薬持ってくる」

    深く考えると気恥ずかしい状況だったが、目の前にはいつもと変わらない火村のポーカーフェイスがあったのであまり気にならずに済んだ。

    皿を持って部屋を出て行く火村の背中。

    この風邪が治ってしまえば、火村が女性と並んで歩く姿を目にすることもあるのだろうか。
    想像してまたそっと目を閉じ、じわじわと浸食する痛みを認識した。



    ああ、なんや、これ嫉妬やないか。


    研究室で書類の作成作業をしていると、音を消したままにしていた携帯が震えた。この携帯にメールを入れてくる人物はほとんど決まっている。
    手にとって画面に出た文字は考えたよりも少なかった。

    『熱出た』

    だからどうした。

    言ってやりたい言葉は次から次へ脳裏に浮かんだが、一言だけを返してまたパソコンに意識を戻すことにした。
    ……が、あまりうまくいかなかった。
    先週会った時は原稿が締め切りより少し前にあがったこと、阪神がリーグ優勝できるかどうかの瀬戸際だという話を機嫌良く語っていた。少し痩せたような気はしていたが、彼の小説家は執筆作業が佳境に入ると生命維持に関わる作業を減らす癖があるため、おそらく一日一食もしくはドリンク剤を食事代わりにする日々が何日か続いていたと思われる。
    だからこそ、久しぶりにカロリーが高そうで、食に煩いところのある彼の口に合いそうな店でたらふく食わせてやったというのに、結果がこれでは元も子もない。こんなことなら近所の居酒屋で食うか下宿で何か作ってやればよかった。その方がバランスもいいし経済的だ。
    俺の選択ミスか。
    何となくイライラしてきたので、煙草を取り出して火をつける。
    どうせいつもビールを冷やすことにぐらいしか利用されていない冷蔵庫は、ほぼ空なのだろう。ちゃんと薬を飲んでいるのだろうか、それすらも怪しい。
    そもそもあんなメールを入れてくる時点で、ちょっとキツい、と端的に伝えている。

    いつもよりも早いスピードでキーボードを叩き、今日中に終わらせたかった作業にケリをつけて研究室を出たのが午後5時。明日は休みだから、残りは明後日以降でいい。
    素早く帰り支度を済ませて愛車を走らせ、夕陽ケ丘へ向かった。


    アリスは自分ほど出不精ということもないし作家の好奇心とやらで目新しい場所に出かけたりもするが、職業柄運動不足になりがちなのだろう、如何せん体力が無い。おまけに自炊をすることが少ないから、栄養のバランスが偏りがちなのだ。何度も忠告してやったのに、どうもあまり改善している気配がない。たまに体調を崩して寝込み、そのまたたまに自分に助けを呼ぶ。仕事で忙殺されていることも多い自分が行けなかったら、彼は誰を呼ぶつもりなのだろうか。
    まあ、アリスは多くの人に好かれる性質を持っている。その内側でまたガッチリと壁を張り巡らせているところがあるのも事実だから、弱ったアリスが呼ぶ人間は限られているが、いざとなれば何とかなるのだろう。
    「呼ばれている内が花ということかもな」
    自分で言った独り言に鼻を鳴らしてしまった。


    途中スーパーとドラッグストアで買い物をして、アリスのマンションに着いたのが8時前。
    寝ているだろうと思い、チャイムも鳴らさずに預かっている合鍵で鍵を開ける。チェーンロックは掛かっていなかった。

    「アリス、入るぜ」

    返事が無い。やはり寝ているのだろうか。
    冷蔵庫を確認する前に寝室を覗くと、アリスが赤い顔でぼんやりとこちらをみていた。

    「あ、ひむら」
    「『あ、ひむら』じゃねぇよ。また倒れたのか」
    「うう……すまん……こんなん頼めるの他におらんし」
    「ちょっと看病には遠いんじゃねぇか?この距離は」
    「忙しいかもしれんから、言うだけ言ってみようと思て」
    「何の遠慮にもなっちゃいねえよ」

    ぶつぶつと説教をたれてみたものの、テンポよく返事できる元気もないらしい。熱はまだ高そうだ。
    少し眠そうにこちらを見ているアリスに状態を聞き出すと、案の定38度を超えているという。
    とりあえず、何か食べさせて薬を飲ませることにした。

    勝手知ったるこの部屋のキッチンは、住人よりも自分のほうがよく使っている。
    水に洗った米を浸して粥を作り始めた。
    思えば、このキッチンで一体何度アリスのために料理を作ったことだろう。恋人でもできれば、自分がこんな風にここに呼ばれることもなくなるのだろう。
    しかし以前、アリスはこの部屋に恋人を呼んだことはないと嘆いていた。
    学生時代のアリスは、恋人をつくっては数ヶ月で終わりを迎えていたが、最近では女の話すらとんと聞かなくなった。お互い、恋人が出来ると少しの距離をおいて付き合っていたが、うまくいかなくなってはまた元通りの友人関係を続けていた。

    そういえば、この間久しぶりに女性と食事をした。
    サバサバした彼女は同い年で、好奇心旺盛で、相当な阪神ファンで、外見にも少しアリスに似ているところがある気がした。だから話していて気詰まりもなく、論文について意見を聞かせてくれた礼にと食事に誘われても気軽に行くことができたので、また機会があれば飯でもと言って別れたのだった。
    ああいう女性でも恋する男に対しては変化があるのだろうか。
    経験上、女性という生き物は総じて面倒臭く時に陰湿な性質を持っていると考えているので、友情、ましてや恋愛感情を持つということが難しかった。アリスに女嫌いと揶揄される所以であろう。男の方がいいというわけでもないが、面倒臭くない分だけ付き合い易いというのは事実だった。
    中でもアリスは、広大な荒れ地で独り立っていた自分に近づいて、勝手に居場所を作ってそこに留まった。そういう人間は他にはいない。
    情を感じている友人や世話になっている大家はいる。猫も家族のようなものだ。
    しかしアリスは、今や自分にとって一番近くに居続けてほしい人間だった。



    考えている間に鍋蓋の蒸気孔から米の炊ける匂いが吹き出してきて、粥が良い塩梅に炊けたことを知らせた。
    火を止めて底の深い器によそい、付け合わせを適当に用意して盆に載せる。
    料理というほどのものではないが、自炊経験の長さを実感する瞬間だ。

    「おい、できたぞ」

    アリスは起きていたようだ。
    しかし額に触れると、かなり熱いなと感じた。
    起き上がろうとしているようだが、かなり辛そうだった。
    それでふと、ちょっとした悪戯心が働いて、食わせてやろうかなと思いつく。人に何かを食べさせてやったことなどないが、こういう時になら良いのかもしれない。むしろ自分がこんなことをしてやる相手などアリス以外にいないと気づいたので、興味もあって実行することにした。
    そう言ってやると、アリスは目を丸くして驚いていた。
    熱そうな粥を一さじ掬って、ふうと吹いてから口に運んでやる。
    躊躇っていたアリスも、余程起き上がることが辛かったのだろう、大人しくそれを受け入れた。

    「あっつ……」

    少し開いた口にドキリとしたが、アリスの瞼は閉じたままだった。
    寝ているのかもしれないというくらいに緩慢な動きで口を動かしているアリスを見ながら、内心、感情がさざめき立つのを感じた。
    熱を持ったアリスの唇がやけに扇情的で、何となく落ち着かない。
    アリスの看病など何度もしてきたことだが、こんなことを考えたのは初めてだった。粥を食べさせるというその行動で、休止していた自分のどこかに電気が通ったような気がした。
    気づかれたら本気で怒られそうだなと思ったが、そんな余裕もなかったようだ。何か考え事でもしているのか、その目はずっと伏せられたままだった。
    食欲がないと言っていたが完食できたことに安堵し、いつも風邪を引いたときに飲んでいるという薬を飲ませて、そのまま寝かせた。

    その後は自分で買ってきた食材で適当な夕食をすませ、いつものようにソファーで寝ることにした。
    静かな部屋で、意外に疲れていた身体をリビングのソファーに横たえると、先ほどまでの感情の起伏は鳴りを潜め、やがて穏やかな眠気に包まれた。


    そして。

    アリスが寝ている寝室からその声が聴こえたのは、夜明け前のことだった。

    目が覚めたのは昼過ぎ。
    熱はだいぶ下がっているようだった。
    まだ喉の痛みと軽い頭痛はあるものの、起き上がることに問題はない。
    知らぬ間に額に貼られていた発熱用の冷却シートはもう温くなっていた。

    水を飲みに寝室を出ると、リビングのテーブルに火村の字で書き置きがあった。

    「もし起きて腹が減ったらレトルト粥でも食え」

    甲斐甲斐しく世話してくれた割に冷たいと思ったが、その粥すらも火村が買ってきてくれたものだ。昨晩は自分で何か作って食べていたようだったので、その残りも冷蔵庫には入っているだろう。
    しかしあんなメールぐらいではるばる来てくれたのだから講義はないものと思い込んでいたが、仕事か用事があったのだろうか。自分が寝ている間に部屋を出たようだった。

    火村は夢に出てきた。内容は忘れてしまった。
    昨日寝る前、熱に浮いた頭で火村と女性のことなんか考えていたからだ。
    学生の頃なら彼が女性を連れていたのは一度や二度ではなかったが、あの頃は私にも恋人がいて、そのどれもが短い期間に終わりを迎えていた。彼女らから貰った別れの言葉は若かった自分にとってそれなりに悲しく感じられたものだったが、泣いたり怒ったりできるほどの激情も湧かなかった。
    最後に付き合った人はひとつ年上の女性で、「アリスなら私がおらんでも大丈夫」と泣きそうな顔で笑っていた。意味がわからんと思ったが、泣き顔は見たくなくて、あっさり別れの言葉を了承した。女性の言葉は感情的で、抽象的で、なのにとても現実的だ。ちゃんと彼女らの手の平で転がされていたつもりだったのに、どうもうまくなかったらしい。言葉の意味もついに聞けなかった。

    それから後ついに特定の彼女はできず、さして気にもならなかった。


    卒業してからの火村の女関係などよくわからない。会わない間に彼女ができてまた別れていたとしても、私達の関係には何の問題も無かったのだろう。彼の性質から、世間一般の恋愛という関係とは形の違う関係だと予想されたし、互いに人生を賭するものへ邁進してきた私達にとって、自分以外の他人に割ける時間は限られていた。
    きっとだから、彼が女性の話を出したというただそれだけのことに動揺してしまった。
    変わってしまうことが寂しくて。心地よかった距離感が遠のいてしまうような不安に駆られて。

    馬鹿馬鹿しく自分勝手な願いを、隠そうとして隠せないわけではない。
    ほんの少し、もしかしたら結構、心の整理をしないといけないかもしれないが。

    「それにしても、仕事あったのによう来てくれたなあいつ。有り難や有り難や」

    優しすぎてちょっと不審なぐらいや、と独りごち、京都に向かって手を合わせた。








    「不審とは何だアリス。お前は俺の友情を疑うのか?」

    「ぉわあっ!?」


    それまで座っていたソファで崩れ落ちそうになりながら振り向くと、昨日と同じようにビニール袋を提げた不機嫌な顔の友人がそこに立っていた。

    「な、なんでここにおるんや」

    返事の声が掠れたのは、嗄れた喉の所為だけではない。
    そういえば起きてから何も飲んでいなかった。

    「ご挨拶だな。煙草が切れたから、ついでに買い物に行ってきたんだよ」

    火村は冷蔵庫にビニール袋の中身を仕舞いにいき、グラスに水を注いでこちらに寄越した。
    受け取った冷たい水をごくごくと飲み干して言い返した。

    「あービビった。いつの間に気配を消すなんていう特技身につけたんや」
    「風邪引きの友人が寝込んでるかもしれないと思って気を遣ってやったんだ。必要なかったみたいだな」
    「悪い悪い。せやってお前買い物やったら、そう書いてけばええのに」
    「お前の方こそなんだ。はるばる京都から看病に来てやった俺に何を言いたいことがある」
    「そらもう。大変お世話になりました」
    「信用できねぇなあ」

    独り言には気をつけるんだな、と言って火村はようやく笑った。

    「熱は下がったみてぇだな。もう寝てなくていいのか」
    「ああ…友達思いの火村君のおかげですっかりようなったみたいや。まだちょっと声はあかんけどな」
    「朝方魘されてたんで、もう暫くかかるのかと思ったよ」
    「え、そうなんか? 起こしてしもうたか。悪いな」

    まさかその夢にお前が出てきたんや、なんて言えない。内容は忘れたけど。

    「いや、水を飲みに起きてたから、別に問題ない」
    「なあ、俺、何か言うてたか」
    「ああ」

    それから火村は暫し言い淀んだ。
    何を言ったんだろう。また恥ずかしいことを口走っていなければいいが。

    「謝ってた。ごめん、なんて言うから、何か欲しいものでもあるのかと思ったんだが」
    「……ああ、そう。そうやわ。遠いとこ悪いなと思って謝っとったんや」

    多分。

    「覚えてない癖に」

    この男は鋭すぎて時々嫌になる。
    でも夢に火村が出てきて、謝っていたというのなら、きっとそうなのだろう。
    余計なことを言わなかったようで一安心だった。

    「一晩で治る位の風邪で呼びつけてんじゃねえよ。死にそうな声出しやがって」
    「ごめんごめんほんまにごめん。きっとこの礼はするって」
    「お前のごめんは誠意が感じられねえな。寝てる時の方がまだマシだったぜ。今のより遥かに真摯だったし」
    「うわっ何それ!」
    「ありがとう、とか言ってたな」
    「うあああなんや~覚えてないんが余計恥ずかしいやないか!でも寝言やからきっとそれが俺の本心や!もしくは完全に忘れろ!」
    「ほう、本心ねえ。よく言うぜ」

    火村が、お前が忘れてるんじゃ仕様がねえじゃねえか、というようなことを言ったような気がしたが、聞き返すと藪蛇になる気がして止めた。
    代わりに、なんや汗かいたしシャワー浴びよかな、と上だけ脱いで着替えを取りに行くことにした。
    そしてリビングを通り過ぎようとした時、火村の視線がぴたりとこちらに留まっていることに気づく。

    「?なんや」
    「……いや、なんでもねえけど」
    「そうか。ならちょっと風呂入ってくるわ。まだ帰らんやろ?」
    「ああ」

    いつもの様子とほとんど変わらない。でも何かを問い質すような目。
    彼の変調に気づかないほど短い付き合いではない。と思う。
    しかしすぐに思い当たらないのは私が胡乱だからか。
    これで火村と私の立場が逆であったなら、看破されていたかもしれない。
    なんせ彼は、小さな小さな手がかりを拾い集めて繋ぎ合わせひとつの答えを導くプロフェッショナルだから。
    それを言うなら私も、そんな探偵を紡ぎだすプロフェッショナルのはずだが。
    ちょっと落ち込まなくもない。
    うろん、という言葉の響きが火村には似合わないのに自分に似合う気がするのもまた悲しい。
    いや、今は病み上がりだからだ。
    だからきっと健康的で芸術的な閃きがおりてこないだけなのだ。

    そういうことにした。

    火村の瞳の色を心の隅にとどめつつ、私はシャワーを浴びに浴室へ入った。


    シャワーを終え、髪を乾かして温かそうなパーカーに着替えたアリスは、幾分さっぱりした顔をしていた。
    本当に顔色がよくなっている。薬がよく効いたのだろう。

    「火村、腹減ったな」
    「それは俺に何か作れということか?」
    「いやあ気の効く友人がいるってええもんやなぁ」
    「誰が作るって言った、アリス。それにお前、いつの間にかもの凄い元気じゃないか?」
    「そうでもないで、えほんげほん」
    「そうだな、もの凄い馬鹿だ」
    「失礼な!」

    ぷりぷりという表現を全身で表しているアリスを横目に、キッチンへ向かう。
    食欲が出ているのは回復している証拠だ。何か消化のいいものでも、と冷蔵庫の中を見渡した。

    「鶏肉がある。雑炊でもするか?」
    「ああ! 俺、火村の鶏雑炊好きや」
    「なら手伝え。米の用意してくれ」
    「はーい」

    母親と子供のような会話を交わしてから、ふたり並んでキッチンに立ち、土鍋を出して雑炊の準備を始めた。



    「なんかなー俺、恋人と台所に立つの結構夢やってんけど」
    「は?」

    米を出してじゃくじゃくと研ぎながら、唐突にアリスは喋りだした。

    「彼女が週末に家でご飯つくったろ、って買い物してきてくれてな。そんで、俺はその手伝いをするために隣で立つねん。そういうのが夢やった」
    「はあ、手伝いねえ。もうちょっと普段から自炊したらどうだ?最近は料理のひとつもできない男はモテねえぞ」
    「やればできる子や俺は! 料理かて別に全然してないわけやない。違うねん、なんかそういう何でも無い日常って憧れんか?」
    「憧れると思うか?」
    「思わん」

    ぷっと吹き出しながらアリスが返した。
    そうだ、俺が恋人とのそんな甘い週末を思い描くわけがない。三十過ぎてそんな妄想をしているのは、先日まで世間で「負け犬」などと呼ばれていたほんの少し不器用な女達か、ひきこもりと呼ばれ二次元の異性を相手取って疑似恋愛のできる男達か、彼女のいない推理作家ぐらいのものだ。
    言ってやったら、オチにされた推理作家は「偏見や!」と眉を顰めた。

    「ああそうやろな、ようおモテになる火村先生は俺みたいな可愛い妄想ようできんわ。第一つくろうと思えば彼女ぐらいすぐできそうやし」
    「つくろうと思わないんだから居ないことには変わりないけどな」
    「思ってへんのか?」

    疑わしげな目でアリスがこちらを見た。
    こちらこそ驚く。思っていたら彼女ぐらいすぐできると言ったのはアリスの方だ。

    「悪いが、いらないと言っても供給されるんだから、嫌気がさして当たり前だろう」
    「うっわ腹たつ!しかも俺はこんなんと台所で立っとるわけや。風邪ひいて呼べるのがこんなオッサンしかおらんて。なんや悲しくなってくるわ」
    「オッサン推理作家の辞書には遠慮とか感謝とかいう言葉がねぇのか?」
    「くそー、人の弱みを」

    アリスが研ぎ終わった米を受け取り、先にとってあった出汁で炊き始めた。

    「でもなぁ」
    「ん?」
    「ほんまは結構ずっと、彼女おらんでも充実しとったなあ俺」
    「過去形なんだな」
    「さすが先生鋭いな。なんや風邪ひいて弱気になったんか、久しぶりに彼女ほしいなーと思ったわ」
    「作ればいいじゃねえか」
    「そんな雑炊作るみたいに簡単に言わんといてくれ。君には雑炊より簡単でも、俺にはただ白い米炊くより難しいねん」
    「欲しいと思うなら手に入れるだろお前なら」
    「なにそれ?どういうことや」
    「多分な」

    アリスは欲望に忠実だ。本当に欲しいと思ったものは、時間をかけても必ず手にいれていくだろう。
    そういう人間だろうと思っていたし、多分それは間違っていない。
    学生の頃から今まで、女が周りにいなかったわけでもないのにそういう対象がいなかったのは、おそらくアリス自身が欲していなかったからだ。

    「お前はただ、必要ないから手にいれる努力をしなかっただけだ。必要なら努力するだろうし、努力すれば大概のものは苦労してでも手に入れる。そういうことだ」
    アリスは上を向いてしばし考え、言葉を返した。
    「ふーん……なあ、じゃあ、君もほんまに要らんのか?」
    「さぁなあ。お前と同じような憧れを持ってるわけじゃないことは確かだが」
    「そっか……要らんとは言わんか」

    なんとなく尻尾を下げた犬のような顔をしている。
    何で俺が虐めたみたいな気分にならないといけないのだろう。

    「何しょげてんだ」

    具材を鍋に放り込み味付けを少々。あとは蓋をしてしばらく待つだけだ。

    「なんでかなあ。ちょっとな」
    「俺と友人でいることに疑問でも持ったか?」
    「え!……? 何でそんな……」
    「そうだな。俺と友人でいることにあまりに慣れすぎて、こんな親しくて近しい人間がいるから、恋人が欲しいという健全な願望を持てなくなったような気がした。違うか?」
    「君…エスパーか?」
    「さぁなあ」
    「否定してくれ、そこは」

    アリスは目を瞑ってあーあ、と溜息を吐いた。
    図星だったようだ。
    答えは寝言の中にあった。あれはアリスの本心だった、それは間違いなかったようだ。
    本人は忘れているようだが、あの懺悔はやはり自分に向けられたものだったのだ。

    「なんでそんなすぐ分かってまうねん面白ない」
    「お前が単純なだけだろ」

    フン、と聞こえるように鼻を鳴らしてやる。
    正直なところ俺も面白くはなかった。
    恋人が欲しいというそんな理由で友人関係を終わらせようと少しでも思ったというなら。

    「くっだらねえな。そりゃ俺にちょっと失礼だとは思わないか?」
    「思っとる。でもなんかな。君に彼女とかできたら寂しいなあと思って」
    「はあ?」

    話していたのは、アリスの未来の恋人の話ではなかったか。

    「言うても君は風邪ひいた言うたら、仕事早よ切り上げて俺のとこ来てくれるぐらいには俺のこと近しい人間やと思ってくれとるやろ。俺やって、君に何かあったら…まあどうしてもいう締め切りと、阪神の日本一がかかった試合以外の用やったらすっぽかして君のとこ行くわ」
    「待て」
    「いや、事の重大さにもよる」
    「……まあいい。続けろ」
    「せやから……君のこと、今は呼べるからええけど、呼ばれへんようになったらどうしよ、と思て」
    「そりゃまた随分と思考が飛躍してるな。俺に彼女ができたら呼べなくなるってか?」
    「そう」

    真面目な顔で答えているのが面白いと思う。

    「で? 何で俺に恋人ができるんだ?」
    「……その、こないだ言うてたやろ。フランス料理の店に一緒に行ったって」
    「ん?……ああ、あのK大の」
    「そう。その人のこと、火村えらい気に入ったみたいやったやん」
    「……ああ……」
    「やっぱりそんなに気に入ってたんか?ちょっと付き合ってみてもいいとか思ってるんちゃうか?」
    「……あのなあ」
    「君、仕事の関係の人でも女性と2人きりではほとんど食事になんか行かんて前に言うてたやないか。でもその人とは行ったんやろ?それ聞いて俺、もうこれからあんま火村と一緒に居すぎたらあかんかなと思ってんけど、何や風邪引くし。風邪引いたら引いたで会いたなるし。でも電話やったらな、声も嗄れとったし、心配かけるかもしれんからメールに」

    話すことに夢中になったアリスは、人の話を聞かない。
    どうどうと両肩に手を置いて落ち着かせてから、言葉を返してやった。

    「おいアリス。聞けよ」
    「何や!俺はな」
    「……まず一つ目の間違いを指摘してやろう、アリス。その彼女は確かに美人だし俺にとっても気に入った部類の人間だと思う」
    「じゃあ間違ってへんやろ!」
    「だが彼女には、近い将来結婚を約束した人がいるそうだ」
    「……へ?」

    アリスはぽかん、と口を開けていた。
    ざわりと波音をたてた心音の変化に、ようやく自分の感情を確信した。

    「二つ目。お前が風邪を引く頻度は最近高すぎる。この前が2ヶ月前で、その前が4ヶ月前。その前が」
    「ああもうわかった。風邪引くなていうことやろ」
    「ご明答」

    おそらくは、自分の中にもともとあったもの。
    ただ、アリスが熱を出し、その人恋しさに触れたこと。悪戯心で粥を食わせたこと。そして、アリスの寝言を聞いたこと。
    それらが複雑に絡み合って起こした変化は、自分でも驚くべき感情の発露だった。
    アリスが動かなければ、自分はこの心地よい友人関係を終わらせるつもりなどなかったに違いない。

    「じゃあ三つ目。風邪を引いて会いたくなるような人間に恋人ができそうだとしたら、お前の次の行動は彼女をつくることより先に何かあるんじゃないか?」
    「…………へ?」

    アリスはますます口をぽかんと開けて、最早思考能力が最低レベルまで下がっているようだ。
    ここまで言ったらあともう少しで答えに辿り着いてしまう。
    先に問題に辿り着いたのはアリスだったのに、俺の方が先に答えに辿り着いてしまった。
    先を続けるか否か考えた。

    そこでアリスに、ようやく、作家の芸術的な閃きがおりてきたらしい。

    突然顔を赤くして、わあ、と言った。



    **********



    その瞬間、様々な事象が一本の糸で繋がって、一つの答えに導かれた。
    導かれたはいいが、恥ずかしすぎて居たたまれなくなったので、身を翻して寝室までの数メートルを走った。
    「おい、」
    火村の静止を無視してドアを閉める。
    「アリス」
    「ちょ、ちょっと待ってくれ。考えを整理する」
    「わかった。もう少しで雑炊が出来るから、それまでにな」
    時間は多分、あと5分くらい。

    仲のいい友人をとられたらどうしようという気持ちだと、思っていたのだ。
    でも同時に彼が恋人をつくるというなら、そこには祝福の気持ちがあっていいようなものだと、自分を恥じたのも確かだった。
    長く自分以外の人間をなかなか側に置こうとしなかった彼に心を許せる人ができるということは、とても喜ばしいことの筈なのだ。
    それなのに。それなのに。
    自分にまず生まれたのは、小さな火種。そこにあった数々のファクターの中の再重要項目。

    嫉妬。

    友人に恋人が出来て、嫉妬というのもあるような気がする。
    しかし。
    火村が言った三つ目の間違いを正す言葉に、漸く自分の感情がどういう類いのものであったかを理解した。
    だとしたら、火村はもう答えに辿り着いている。彼が私の推理に遅れをとったことなどないのだ。

    恥ずかしくて死にそうだ。

    私は火村のことが

    「アリス」
    「ぎゃあ!」

    私の背にあるドア一枚。その向こう側に火村が立っている。

    「開けてもいいか?」
    おずおずとドアから身体を離すと、寝室側に開く構造になっているドアを、火村はゆっくりと開いた。
    どうしよう。火村の顔が見られない。恥ずかしくて振り向けない。
    「アリス、こっち向け」
    火村からキャメルの匂いがする。おそらく待っている間、そこで吸っていたのだろう。

    「アリス」

    強い調子のバリトン。振り向かざるを得ない。私はこの声が自分の名前を呼ぶことに抗えない。
    私と火村の、友人という心地よい関係。遠すぎず近づき過ぎない、遠慮と感謝の距離。
    それはこの寝室のドア一枚分であり、火村の吸う煙草一本分の距離だった。
    その心地よい距離を今から、私達は失うことになるのだろう。
    先に手放そうとしたのは私だ。


    振り向いた先にあった火村の眼を見て、ああ、と今更気づく。


    私は火村のためを考えるつもりで、自分のことばかり考えていたのだ。
    火村はずっと、私のことを考えてくれていたというのに。


    「火村」


    名前を呼ぶか呼ばないかのうち、火村は私に両手を伸ばした。


    わかった。答え、わかったわ。


    「言っただろう?お前は努力すれば大概のものは苦労してでも手に入れる」
    「努力の方向、間違っとったのにな。あんまり努力もできんままやったかも」
    「俺が相手でよかったな。他の奴だったら気づいてもらえなかったかもしれねえよ」
    「ああ…ああ、そうやな。君やなかったら、無理やったと思う」
    「じゃあ、最後の努力はお前に譲ってやるよ」

    「君が好きや」

    私は火村の口元に、触れるだけのキスをした。

    そして、私と火村が友人として歩いてきた決して短くはない距離は、そこでゼロになった。




    「雑炊、食おか」
    「ああ。食おう」

    火村は何も言わなかった。言わないのに伝わってきた。
    それが、これだけ長い間友人を続けてきたという証だ。
    私達に友人としての距離が無くなっても、その長い時間を共に過ごしたという事実は何も変わらない。
    そのことに私は、心の底から安堵した。

    和やかなまま食事をして、火村は暇を告げた。
    ドアの前まで見送ろうと側に寄ると、火村は私の背中に両腕を回した。
    火村が昨日この部屋に来た時、こんな風に見送ることになるとは思いもしなかった。
    それは火村も同じことだったろう。



    「なあ、ありがとうな」
    「どれに対して?」
    「全部。看病に来てくれたことも、気づいてくれたことも」

    そして、受け入れてくれたことも。

    火村はニヤッと笑った。

    「今日は病み上がりだからな。来週また来る。準備運動しとけよ」
    「何の!何の運動!!」

    長いキスをして、火村は帰って行った。




    ここから始まる道のりはまたおそらく、果てしなく長い。
    しかし、心地よかった友人としての距離を手放したことに後悔はない。
    私が望んだその関係に、火村は付き合おうと手を差し出してくれた。
    その手こそは、いつからか私が心の奥底に仕舞い続けてきた望みだったのだ。


    私達の長い道程はまたここから始まる。
    私と彼の間にある距離の名が、今日変わった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💖🙏👏💞💞💞💞💞💞💞💞💞😭💞
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    ogata

    DONE20230924 ジュン茨新刊(全年齢・文庫・P32・しおりつき ¥300)の全文です。
    『kiss,kiss,kiss, 』の続きにあたります。
    二人がホテルに泊まった日、茨がみた夢の話です。
    夢なので、捏造設定を大いに含む妄想短編のようなものです。
    (ifアイドルじゃなかったパロ・ジュン茨両片思い同居)
    夢なので、話が断片的でまとまりなくぽんぽん飛びます。悲恋注意報発令中。
    Paradigm Shift    * * * *


    「ねえ茨、まだ寝るんですかぁ?」
     額にツンツンという感触を感じて目が覚めた。
     ブラインドの細い隙間からこぼれる朝の光を背に、金の大きな双眸が茨を捉えている。もう一度目を閉じると、どうしようもなく大きな欠伸があふれた。
    「……何時ですか」
    「あ、起きましたね。朝の七時です。ブラインド開けますよぉ」
     言うか言わないかの間に、眩しい光が寝室に差し込んでくる。
     ジュンはTシャツに短パンのラフな姿で、すでに出かける準備を済ませていた。
    「朝ラン行こうって約束したでしょう。忘れてました?」
     眼鏡を掛け、見慣れた景色が視覚に入ると、脳は倍速で覚醒を始める。
    「ええ、忘れてませんよ。ですが、家を出るまでにはもう少し時間があるでしょう。十分間に合います、大丈夫です」
    11179

    related works

    recommended works