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    hariyama_jigoku

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    hariyama_jigoku

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    土斎小説。習作。「心臓の在処を問う」

    ##フェイト

    .

     血の臭いが、火薬の臭いが、そこら中に立ち込めていた。視線の先にはよく知った顔が、へらりと表情を崩す。
     これは夢だ。唇を噛み切るほどに強く歯を立てるが、痛みばかりで白い天井は影も形も現れはしない。
    「ねえ、土方さん」
     投げ掛けられた言葉は、自分が受け取るべきものではないはずだ。屍は屍らしく、生者の道行を見ていればいい。罷り間違っても、こんなものを望んではいけない。男はそれを知っている。生前のやり直しなど、死への暇の夢になど見るべきものではないのだ。
    「ずっと俺ぁ、あんたに殺して欲しかった」
     覚えのある景色、顔、声。そう、その日も酷く風のすさぶ日であった。だが、目の前の影が宣う言葉だけが、記憶と違っている。
     ただの亡霊だ。目線は外さないまま、刀に手を掛ける。殺気を込めて陽炎を見据えるが、臆する様子も見せない。
    「その気になってくれました?」
    「そんなんじゃねえ」
     軽口と変わらぬ声色で、陽炎は問うてきた。それに対して、ぴしゃりと切り捨てる。一瞬だけその軽薄さを装った表情が揺らぎ、怯えが混ざった。だが陽炎は窮屈そうに眉を顰めて、一歩踏み出した。
    「冷たいなあ」
     また一歩。じりじりと近付いてくる影に、踏みしめた足に力を込める。
    「この息の根を止めて、」
     請うような陽炎に後退ったのは、恐らく無意識だ。
    「言って欲しかったんですよ」
     黒々とした瞳が、覗いている。じっと、その先を求めるように。
    「新選組じゃない俺なんて、いらないって」
     ぞくりと、全身が粟立つ心地がした。陽炎の、斎藤一の形を取った生白い手が伸びて、土方の腕を掴む。指の先から触れたものの温度を全部吸い上げてしまいそうな冷たさに、反射で刀を振り抜いた。だが、確かに腕を切り落とす間合いだったにも関わらず、何の感触もない。
    「副長、だから」
     土方を掴むのと反対の手が、ぬっと首を掴んだ。ぎりぎりと異様な力で締め上げられる。振り解こうにも、伸ばした手は空を切るばかりだ。殺してほしいと請いながら、意識を刈り取るように首にかけられた手に更に力がこもっていく。
     斎藤、と開いた喉は、既に言葉を吐き出すことすら叶わない。明滅する視界の中で、陽炎が形を崩すのが見えた。


    「斎藤」
     己の名の一つ。それほど大きな声ではなかったのにも関わらず、呼び声に従って勝手に意識が持ち上がる。感覚が四肢に行き渡る前に、体を起こした。
    「荒事ですか」
     声の主に問いかける。横に眠っていた土方が、暗闇の中で斎藤を見据えていた。平時なら互いの格好に照れもあっただろうが、今は別である。刀を実体化させるべきか、光を宿さない眼を見つめて指示を待っていると不意にそれがぶれる。
     目の前の男が近付いたせいだと目を瞬かせる頃には、既に土方は眼前に迫っていた。がぶり、と整った歯が下唇を噛む。腕を引き寄せられて、逃げの手を封じられた。
    「えっ、ちょ」
     強引に舌で歯列をこじ開けられ、内側を拓かれていく。制止の声は、すぐに相手の口内に呑み込まれた。甘やかな音など続くわけもなく、唾液を啜る音と舌に歯を立てられる感触の全てが荒々しい。
    「き、緊急事態じゃないんですか!?」
     半覚醒だった意識を叩き起こされ、どうにか叫んだものの聞く耳一つ持たないようだ。いくら英霊が色々引きずらないとはいえ、つい数時間前まで散々暴かれた後だ。徐々に熱を孕んでいく体を恨みながら、土方の拘束から逃れようとする。だが、逆に布団の上に引き倒されてしまった。
    「いっで!!」
     強かに腰を打ち、内と外の痛みに悶絶する。これだからこの人ってやつは!
     自分が逆らえないことは棚に上げ、ずきずき痛む腰を擦った。またすぐに顎を捕まえられて、心中で喚くことしかできない。
     とうとう両腕を頭上で押さえ付けられて、ぬっと暗闇の中で一際濃い影がこちらを見下ろした。覗き込むような、喰らい尽くすというような。そんなことあるわけないのに、何一つの隠し事さえ無意味にしてしまうような心地に陥りそうになる。好いていようが尊敬していようが関係ない。本能的な恐怖を、この男は抱かせる。
     こういう瞬間が、斎藤はいっとう恐ろしかった。
    「斎藤」
    「は、はい」
     どすの聞いた声に、引き攣った返事をどうにかする。
    「お前の誠は今、そこにあるか」
     左胸の、少し真ん中に寄った位置。鳩尾よりも上。丁度心臓の入っている場所を、ぐり、と抉るように押される。偽りの心臓が、どくどくとエーテルを送り出していた。
    「勿論、俺は俺の意思でここにいる。けど、別に嫌だったら霊体にでも何でもなりますけど」
     言葉尻は、居た堪れなさに比例するように消える。じっと、どうやら座とかいうやつ曰く正気じゃないらしい瞳が、斎藤を射抜くように見つめていた。これは一体何の時間で、何の問答なのだと悟りを開きかけた時、ふっと息が落ちる。
     暗闇にもようやく目が馴染んで、視線の先に珍しく頬を緩める土方の姿に思わず少し瞠目した。
    「させるかよ」
     甘噛みというより、齧るという表現が正しいような口吸いが降ってくる。甘やかさも剣呑さもない、じゃれあいのようなそれにやっと一息ついた。
    「もう、結局何だったんですか。続きならもう僕ばてばてなんですけど」
    「言ってろ」
     軽口だと流されたが、わりと死活問題なのも事実である。腕の拘束が解かれ、とんとんと背中を抵抗のように叩いても聞いてくれない。はー、と上体をベッドに下ろすと、下肢に手が伸びる。困った、と息を吐いても、明日の腰の具合は良くはならないというのに。
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    hariyama_jigoku

    DONE鋭百小説(鋭百々)。付き合ってていちゃついてる二人。互いの無意識の話。
    侵食 ちゅ、ちゅ、とリップ音が鼓膜を舐めるように繰り返される。くらくらと、その度に指先から全身に火が点っていくようだった。無意識に腰が引けるが、腰に回された腕が程よくそれを妨げている。
     眉見の肩に手を置くと、それを合図と思ったのか殊更ゆっくり唇が合わせられた後に緩慢に離された。吐息が濡れた皮膚に当たって、妙に気恥ずかしい。口と口をくっつけていただけなのに、なんて女の子みたいなことは言わないが、一体それだけのことにどれだけ没頭していただろう。腕がするりと離れ、柔らかなベッドに手を置いて体重をかける。
     勉強会という名目だった。元より学生の多い事務所では、勉強会がよく開かれている。C.FIRSTは専ら教え役だったが、S.E.Mなど加われば話は別だ。いつしか習慣と化したそれは、ユニットの中でも緩慢に続いている。事務所に行くだけの時間がない時。例えば定期テスト中―――下手に行けばつい勉強が手に付かなくなってしまう―――とかは、互いに課題を持ち寄って百々人は秀の、眉見は百々人の問題を見る。最初は二人が眉見に遠慮したものの、受験の準備になるからと押し切られる形になった。今日もそうなる予定だったが、秀が生徒会の仕事で欠席することを知ったのがつい一時間ほど前である。今日はやめておくかと聞こうとした百々人に、眉見が自分の家に来ないかと持ち掛けて今に至る。いつもは何かと都合の良い百々人の家だったのだが、一人で来るのは―――それこそ二人が付き合い始めてから来るのは初めてだった。
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