3マス進んで2マス戻るような話。2人の気も知らないで、と脳内で毒づいても、言うつもりなんてないくせに、と嘲笑うのも自分自身である。
「じゃあ俺、行きますね」
それだけ告げて、五条の顔も見ずに背を向けた。少しの沈黙の後、背後から投げ掛けられる不満は、子供の我が儘みたいなものだ。聞いてはいけないと思いつつ、その一つ一つを耳は勝手に拾い上げていく。冷たい酷いという言葉は聞き飽きていて、やれ今度奢ってやらないだの、やれ他の二人にあることないこと吹き込むだのと、連ねられるのはろくでもないことばかりだ。それでも無心で寮に向かって足を動かしていれば、やがて五条は諦めたのか声は途切れる。ぷつりと切れた音は、いやに伏黒の胸中を心許なくさせた。それも全部、伏黒の中に巣食っている病床のせいである。忌々しいことこの上なくて、つい舌打ちをこぼした。
本人としては大変認められないが、伏黒は五条が好きである。現在進行形、もちろん恋愛対象として。
小学生の頃に、五条は突然伏黒の人生に頭を突っ込んできた。その距離感は形容し難く、頻繁に津美紀と自分の元を訪れる様子はただの後見人というには近く、けれど家族というには違和感がある。呪術師として強くなる、という名目の元散々に連れ回され鍛えられ、実の親よりも長い時間を過ごした結果、何を間違ったのか伏黒の脳みそはあの男に向ける感情を性欲を伴った好意であると弾き出してしまったのだ。最悪も最悪である。
はたと顔を上げた。気付けば寮の自室の前で、思考に没頭しすぎたかと息をつく。扉に手をかけて、のろのろとした足取りで部屋に入った。疲れはそう溜まっていないはずだが、余計なことに頭を使い過ぎたようだ。
不毛だ、捨てようと何度思ったことか。それすらも諦めて久しい。伏黒がいくら葛藤し悩もうとも、五条がへらへらと伏黒に近寄ってくることは変わらないのだ。いつかこの想いが枯れ果てるように、と見咎められぬようにやり過ごすしかない。それがあの災害じみた男を十年以上見つめていた伏黒の対処法だった。
スマホを適当にセットして、ベッドの傍らに放り投げる。多少眠れれば上等、そうでなくても構わなかった。ぞんざいに横になって目を閉じる。じわり、と五条の触れた場所から再現性に乏しい感触を思い出した。手前勝手に振り回されるから嫌なんだ、と振り払うように寝返りを打った。