凄惨なエトランゼ2 先程までこちらに向けられていた敵意が、一気に目の前に現れた男への怯えに変わる。一歩、一歩と男の足取りはゆったりとしたものだったが、相手を射すくめるような何かがあった。
「なんでって……さあ、どうしてだろうね」
―――執行官。悪名高いファデュイを統率する、幾人かの精鋭。璃月に滞在しているとは聞いていたものの、まさかこんなタイミングに出くわすなんて。周りの空気の温度が、一気に下がったような錯覚を起こす。噂ではあるが、岩王帝君を真に暗殺したのはまさにあの執行官なのではないかと言われていたのだ。
「と、とにかく逃げるぞッ!!」
張り詰めた空気を裂くように、男の内の一人が叫ぶ。それに呼応してかもう一人も走り出そうとするが、その間隙をついて影が走った。
「させない、よっと」
執行官の体が、ぶれる。緩慢に詰めていたはずの歩が、跳躍によって一気に埋まった。驚愕に歪む男たちの前に立ちはだかり、にっと嘲笑にすら思える笑みを浮かべる。そのまま体を回転させ、振り被られた蹴りが相手の腹に突き刺さった。苦悶の声を上げて、一人がその場に崩れ落ちる。
「武器を使うまでもないな」
「ぁ、あ、ああああああああああああああああッッッ!!!」
心底つまらなさそうに嘆息した執行官に、自棄になったのかもう一人の男が勢いよく駆け出した。金属光沢の光が月明かりに反射し、男はそれを執行官に向けて振り下ろそうとする。瞬間、風を切るような音が通り抜けた。そして、ぱしゃん、とこの場に似つかわしくない水音が続く。
「ぁ、がっ」
男ががくりと膝を折り、そこから何かが転がり落ちた。持っていた武器を落とされたのかと、つられるように目で追う。それがいけなかった。ごろり、と暗がりの中から"それ"が月明かりに晒される。
「―――ひっ」
目をつけられぬよう息を殺していたが、あまりの光景に息が漏れた。転がったのは、人間の手だ。手首の半ばから絶たれ、決して少なくはない血が男からのたくったように這っている。手中には護身用だったのだろう小刀があったが、力なく指からこぼれ落ちた。
「君はこの二人の仲間、じゃないよね?」
心臓が、跳ねる。影から這い出た執行官の手から、ぱたぱたと水が滴った。見慣れぬ意匠の神の目が、明々と青に輝いている。喉に何か張り付いたように声が出せず、大きく首を横に振った。
「そりゃよかった。このこと、見なかったことにできるなら見逃してあげよう」
あまりに甘い対応に、警戒心が先立つ。
「君も運が悪かったね、でもあいつらに売り飛ばされるよりはましだったろ」
そう言って執行官の男は、先の行為にらしからぬ柔和な笑みを浮かべた。暗がりで仔細まではよく分からなかったが、月明かりに照らされた顔には見覚えがある。
「あなたは、往生堂にいた……」