都合のいい恋人 ココ視点 テストステロンが豊富な男性の特徴として、骨格はしっかりしているけれど脂肪がつきにくいこと。性格は負けず嫌いで粘り強く、目標達成にこだわる性格であること。喧嘩っ早い、というのは俗説だっただろうか。それから……性欲が強いこと。
俺の上で腰を振る幼馴染の顔を見ながらそんな大昔にめくった本の一ページを思い出していたら、ふいに陰茎を強く締め付けられて低く声を漏らしてしまった。
「……っ! ぅあ! ちょ、イ、ヌピー!」
「ココ、考え事してただろ……気持ちよくないか?」
不機嫌そうな瞳に射抜かれて、ドキリと心臓が高鳴る。
どんな顔をしていても美しいこの幼馴染に、俺はきっといつまでも慣れることはないんだろう。
会えたのは一週間ぶりで、まっすぐ見ていたらすぐにでも射精してしまいそうで俺は歯を食いしばった。この一週間、会えるのを俺がどれほど楽しみにしてきたと思っているんだ。こんな簡単に終わらせたくない。
が、そんな気持ちを知らないだろうイヌピーは不満そうな顔のまま腰をゆさゆさと動かしてくる。イかせるつもりかよと腰を押しとどめて、しっとりと掌に吸い付くようなきめ細やかな太ももの肌を撫でた。
「いや違うって。イヌピーのこと考えてた」
イヌピーのこと以外考えるわけないだろ。むしろ命のやり取りをする仕事中もこの幼馴染の顔が頭の裏でちらついてヤバイくらいだ。きっと俺の頭の中は今は金とイヌピーの二つだけで構成されている。きっとイヌピーは違うだろうけど、それくらいに俺は彼に惚れている。
正直にそのことを伝えるけれど、本気にとっていないらしいイヌピーはおかしそうに唇の端を吊り上げた。だが瞳は笑っていない。
「ふーん?」
「え。なに、怒ってんの?」
「いや、ベタな台詞だと思って」
「なにそれ」
ベタな台詞って、他の男と比べてんのかよ。
他の男の影を感じさせる発言に心の中が一気に波立つのを感じる。どろりとした薄暗いものが腹の奥で蠢き、
……イヌピーにとっては俺もただのセックスの相手。面倒なことを言わなくて気持ちよくできる、それだけの相手。俺が断ればきっとこの美しい男を抱きたいと言う奴は星の数ほどいるだろう。そして別に俺はイヌピーの恋人でもなんでもないのだから、彼がどこで何をしようと独占欲なんて見せることもできない。
そのことを考えると気が狂いそうになる。そんなこと考えてる場合じゃないだろ、とゆっくりと瞬きをして思考を閉ざした。
今はただイヌピーが気持ちよければいい。突然俺が……気まぐれで抱かせてやってるセフレが執着心なんて見せたら興ざめだ。
「いいから集中しろよ。これじゃ、いつまでもイけないだろ」
俺の考えを見透かしたようにイヌピーが言い、前立腺に押し付けるようにして腰を揺らした。
たしかに、せっかく気持ちよくなるために俺に跨っているのにイけなかったらお役御免になってしまう。持っていかれそうになるのを顔を歪めて堪えて、目の前で震えるイヌピーの陰茎に手を伸ばした。
固く芯を持った陰茎を撫で、くちくちと音を立てて扱く。すると気持ちよさそうに可愛く喘がれて、俺の方がますます追い詰められる。
「ん……、きもち、い……っあ!、あ、」
「俺もいいよ……イヌピー、はは、先にイったらごめん」
俺のチンコを後ろに咥え込んだまま悶えるイヌピーの姿はもはや視界の暴力だ。
イヌピー、早くイってくれねぇかな。イヌピーを気持ちよくさせられれば、心が少し満たされるのに。
そんなことを考えながら、彼の陰茎を扱く手を速めた。
◇◇◇
イヌピーと再会したのは、決別から6年ほど経った秋の夜のことだった。
いつもの通りの反社のクソみたいな仕事の一つ。シノギにしている夜の店を訪れていた。上納金の回収なんてのは普段は下っ端にやらせているから店を訪れることはないが、小さい規模ではあったが別の組の幹部と酒を交えた会合があったから足を運ぶことになったのだ。
思ったよりも理知的だった相手との話し合いは特に問題なく終わり、手早く去ろうと店の裏口へと向かった。こんなところにいつまでもいる趣味はない。夜の店にただよう酒の匂いもタバコの煙も不快でしかない。もう何年もそんなものに体を浸してきていて慣れたと思ったのに、なぜか今夜は気分が悪かった。
護衛役の男たちが機敏に動き、裏手の扉を開く。外に誰かいるのだろうか。護衛の一人が視線でそれを知らせてきたが、気にせずにそのまま足を進めた。危険そうな人間がいるなら彼らは無理にでも止める。それがないと言うことは、偶然居合わせてしまった一般人か風俗嬢かなんかだろう。
カツン、と靴の音を立てて路地裏へと足を踏み出す。
『あ、ヤベぇ』
間抜けな男の声が響く。だがその声も聞こえなくなるくらい、俺は動揺してしまって目を見開いた。
『――え? イヌピー?』
ふわふわと流れる金の髪。重たそうな瞼にツンと尖った唇。西洋画のお姫様のような顔立ちと、アンバランスに額に広がる赤い痣。どこかぼんやりとしているくせに誰よりも美人な幼馴染だったイヌピーが、少し見た目は変わっていたがそこに立っていた。
いや、正確にはどこの誰かも分からないような男に体をぴったりと寄せられて立っていた。
『ココ?』
低いのにゾワリと腰にくる声が俺の耳を撫でる。それでようやく少し正気に返って、拳銃に伸ばしかけていた手を下ろした。
イヌピーが目の前で他の男に触られている。それだけで怒りで目の前が真っ赤になった。男の見た目から判断するとどこぞの風俗店かキャバの呼び込みだろう。そんな一般人に毛が生えたような男を、人目はないとは言え路地で撃ち殺しかけた。そのことに気が付いて聞こえないように舌打ちを零した。
そうして俺は、……自分の強い執着を嫌というほど思い知りながら、幼馴染と再会を果たすことになった。
◇◇◇
薄暗くて異臭のする路地裏で向き合った幼馴染は……数年会わないだけでますます美しさに磨きをかけていた。呆けたように見つめていると、もしやイヌピーの彼氏かと疑っていた男は青い顔をして逃げ出していった。イヌピーに聞くとただのキャッチだろうとのことで俺はほっと胸を撫でおろした。
『あの男、捕まえておけ。殺すなよ』
逃げ出した男を捕らえるように小声で部下に指示をだして、イヌピーを車に誘導する。
もう会わないつもりでいた。会ったら不幸にする。道を踏み外すなと忠告した幼馴染にはまっとうな仕事をして幸せになってもらいたい、確かにそう思っていた。
――なのに、実際にイヌピーが他の『誰か』に触れられているところを見たらダメだった。絶対に殺してやるというどす黒い感情が腹に湧いてコントロールができない。
そしてせっかく会ったのだからという俺の言葉にのこのこと付いてきたイヌピーに酒を飲ませ、バーに連れていき、酔わせて家にまで持ち帰った。イヌピーの白い肌が酒に酔って赤く染まり、吐息もどこか熱を帯びていた。伸びた髪を鬱陶しそうに掻き上げる仕草も、濡れた瞳で俺を見つめる視線も色っぽくて、心のリミットが外れていくのを感じた。
酒なんて今まで仕事で散々飲んでいる。そのはずなのに頭がふわふわして色々とセーブできない。やばいな、このままだと酒に飲まれる。自分をなくすなんて裏稼業をしていたら絶対にしてはいけない。危険すぎる。そう頭では分かっているのに、幼馴染に愛らしい顔をして酌をされたらもう駄目だった。
最後にイヌピーが『これココ飲んでみろ』と無邪気な顔をしてウイスキーのボトルを掲げていたのは覚えている。マッカランとかイヌピー好きなの?と間抜けに聞いた俺をしり目に、イヌピーは琥珀色の液体をバカラのビアグラスになみなみと注いだ。そう、なみなみと――そこまでは覚えている。
が、次にしっかりとした記憶があるのは、皺くちゃになったシーツの中でイヌピーとともに横たわっていた時だった。
眩しい朝日が部屋を明るく照らしている。白い光に照らされて、少し怠そうに寝ぼけた顔でベッドにうつ伏せているイヌピー。その完全に事後、という雰囲気のベッドで俺は冷や汗をかいていた。
やばい。
これは最高にやばい。
……俺はついにイヌピーを犯してしまったんだろうか。
そう考えて汗が体中からぶわりと噴き出た。
たしかに俺はイヌピーを部屋に連れ込んだけれど、それは無理やり襲いたかったんじゃない。昔よりも遥かに財力も地位もあるのだからあれこれ手管を使ってじわじわと落としていこうと思っていたのであって、決して酔わせて押し倒してヤってしまおうと思ったわけじゃない、のに。
これじゃあ完全に嫌われるだろう。それこそ修復不可能なほどに。そうしたら、それこそイヌピーを縛り上げて監禁するしか手がなくなってしまう。
ギギギ、と音がしそうなほどゆっくりと彼を見る。
すると俺を見てどこか自暴自棄みたいな顔をしたイヌピーは、まるで軽口を叩くような口調で呟いた。
「付き合うとか、そういう面倒なことはいいから。……たまに会ってヤろうよ。それなら都合、いいだろ?」
……テストステロンの豊富な男性は、性欲が強い。テストステロンは精巣から分泌されて性欲の元になっているらしい。他にも目標を達成するために努力したり、強い相手にも立ち向かっていくなどの特徴があるらしい。つまり何事にも『ヤル気』が旺盛で、その一端が性的なものにも向けられているのだということらしい。テストステロンが低い男であればしないことにも、その豊富なヤル気と性欲によって挑戦してしまう。そう、例えば――男の幼馴染とセフレになるとか。
その言葉に俺は瞬きを忘れてイヌピーの顔を見つめて……そして分かった、と呟いた。