「……おい、今なんと言った貴様」
「ですから、そろそろ二人の子を作りませんかと」
「……は?」
いきなりの爆弾発言に、ラファールは眉を吊り上げ口をあんぐり開けた。
-これは遡ること、数分前。
ラファールが夜更けにやっと公務を終えて部屋へ戻ってきたリュールを迎えた後、共にベッドに腰掛け互いに心安らぐ時間を共有していた最中のことであった。
そして冒頭の発言へと繋がるわけである。
隣で読書をしていたラファールが一体何を言い出すかと顔を上げれば、リュールは隣で無垢でキラキラした眼差しを向けてきて。
相変わらず突拍子もない事を言い出す奴だ…。とラファールは今日一の眩暈に襲われてて頭を押さえた。
仲間と共に異界の父ソンブルを討ち果たし、ラファールがリュールとパートナーになって早いもので約半年が経つ。
終戦を迎えたとはいえ、やることは山積みだ。ラファール自体は表立って何かをすることはないものの、大陸を守る神竜王という立場から日々公務に追われているリュールをパートナーとして陰日向に献身的に支える日々が続いている。
ラファールたっての要望で挙式はしてないが(リュールはまだ諦めていないらしいが)、最近は城内外でも臆せず挨拶をされたり、邪竜である彼を“王妃様”等と気軽に呼ぶ者が増えた。
全く悪い冗談だ。などとラファールは思う。
しかし更に悪い冗談を、まさか実のパートナーにまで言われてしまうとは。
「…、貴様、4月1日は既に過ぎてるぞ」
「エイプリルフールの冗談ではないですよ、ラファール。私は真剣にあなたとの御子が欲しいのです」
「……、はぁぁあ…。
神竜よ、貴様はそもそも子がなぜ出来るのか知らんのか?まず基本的に雄同士では子など出来ん。兄弟ならばなおのことだろう。貴様の世話係は何を教えているんだ」
「馬鹿にしないでください。そのくらいはちゃんと心得てますよ。
ヴァンドレにも同じ事を言われました。…ですが、それはあくまで人間同士の話。もしかしたら雄竜同士でも子を成せるかもしれないではないですか」
「あのな、まず大体貴様と我が何度交わったと思っている。
今の今まで何も起こっていないんだ。結果は明白だろう、そんなものは不可能ということだろうが」
「…さて…それはどうでしょう」
リュールは挑発的に腕を組み、神竜らしからぬ意地の悪い笑みを浮かべる。
「…なに?」
やけに含みがある物言いに、ラファールは眉を潜めた。
経験上、こういう時のリュールは何を言おうが引きやしないのは分かりきっている。
いっそ話だけでも聞いてやるかと、ラファールは頭をがし、と掻いて「…何か考えがあるのか?」とヤケ気味で訊き返した。
「ええ。
実のところ、私はあなたとの夜伽の際に子が欲しいと特段強く願わないようにしていたのです。…私はこう見えて神竜ですから。願いや言葉に、必然的に力が宿ります。ですが、ラファールが望まないことを私の我が儘で勝手に行うわけにはいきませんからね」
「…つまり貴様が本気で願えば、出来るかもしれんと?」
「可能性はあります。我ながら夢物語じみてはいますが…。
…その上であなたに訊いておきたかったんです。もし、私との間に子が出来るとしたら、ラファールもそれを望んでくれるのだろうか、と」
整った眉を情けなく下げ、俯いたリュール。
胸を張って自信満々にしたりしょげたり忙しい奴だ、とラファールはため息をつく。
「……我は、貴様との日々に今でも充分幸せを感じている」
「…」
「とはいえ…家族を築くことに憧れはある。
我はずっと姉に守られていたが、家族の温かさという物をよく知らんからな。
我にとっては子とは…家族とは父上に従う駒、弱き者は殺される。そんな冷たいものでしかなかった」
「ラファール…」
「まあ…つまり我も叶うならば貴様の子が欲しい。…罪を犯した我が身勝手な考えをとも思うが、そうして形を残すことでここで貴様と本当の家族になれるような…そんな気がするからな」
ラファールは小さく笑んで、リュールの肩に凭れかかる。
珍しく甘えた行動にリュールは一瞬目を丸くするが、すぐに優しく笑みを深めて華奢な竜の肩を抱いた。
「ラファールは今でも大切な家族ですよ。…でも、嬉しいです。てっきりあなたには拒絶されると思っていましたから」
「…む。見くびらないで欲しいものだな。我は嘘はつかぬぞ」
「ふふ、わかっていますよ。ラファール」
ラファールの頬にリュールの手が触れ、反射的に上を向けば優美に微笑む表情とかち合う。
促されるままベッドに倒れたラファールに、するするとリュールの手が降りてきて耳から首筋を流れ、慈しむように触れながら、ちゅっ、ちゅと額、頬にキスを落としていく。
「ん、」
「ラファール……いいですか?」
「…馬鹿者。言わせるな」
「それでも、言ってほしいです」
駄目ですか?と眉を下げたままふんわり笑いかけられ、ラファールは不覚にも可愛いと思ってしまい目を逸らす。じっと熱のこもった眼差しを向けられては弱い、と耳まで真っ赤に染めながらラファールは咳払いをする。
「……わ、かった。
我を暴く事を許す。…リュールの子を、我に宿してくれるか」