それでも、彼は戦争を選んだ　進学するつもりはない、と三門一高ミカイチを選んだはずの三輪がどんな心境の変化か、結局大学に合格したのはその年の春のことだった。
　同じ高校ではあったが、三年間同じクラスになることはなく、そして大学生になることを選ばなかった米屋は結局自分の隊長と机を並べることはなかったが、別段それに不満はない。三輪とは机よりも、近界民の敵を前に轡を並べるほうが大事だったので。
　姉の仇を取る為だけにボーダーに入隊した三輪だったが、六年の歳月と経験を経てだろうか、以前の触れただけで斬れそうな危うさを見せることは減ったように米屋には思えた。
　その代わり時折ぎこちないなりに笑ってみせるくらいには以前より柔和な印象になった三輪は自分よりもひとつき早く成人になった。おとなびて落ち着いた雰囲気で、元々整った容貌もあってさぞかしキャンパスではもてているのではないだろうか、と想像してみたりもする、そんな時だった。
「独立？　おれが？」
　午前中に用が片付かず、昼時から外れて人気が少なくなった食堂でひとり遅めのランチをつついていると、珈琲を片手に持った東が「食事中に悪いが、少しいいか」と前に腰を下ろしたのは、コーヒーを片手に持った東だった。
「そろそろどうかと思ってね」
東が実行部隊から引いて、幹部に迎え入れられたのは今年の春のことで、修士号をふたつ抱えて大学院を修了し、ダブルマスターの称号がこれほど似合う人もないであろう彼が、米屋がだいたい食べ終わるのを待ってから持ち出した話は、そんな案件だった。
「もちろん、命令というわけじゃない。上層部会議でそんな話が出たってだけだ。打診とも言えないな」
　隊の再編成のみならず、組織に属する集団で人が出たり入ったり足したり引いたり分かれたり、というのは、人生の節目節目で発生する約束事みたいなものだった。米屋が身を置いている三輪隊だって、そもそも隊長の三輪は目の前にいる東の許で一隊員として経験を積んだ上で独立して創設されたものだ。その東隊にいた隊員たちは、それぞれＡ級チームとして名を馳せることになり、まさに目の前にいる男は名伯楽もしくはキングメーカーと言ってもいいだろう。
　とは言ってもその人物の言だからといって、はいそうですね、と受け入れるほど米屋はうぬぼれてはいなかった。
「おれに隊長なんて出来るんですかね」
「お前は秀次の片腕としてずっとあいつを支えてきただろう。そこも見込んでのことだ」
「支えてましたかねぇ」
「ずっと肩を並べて戦ってきた時間にそんなに価値がないとは思わないがね。誰かに背中を預けられる、そういう実感は大事だと俺は思う。お前にも秀次にも」
「な～に、隊長なんざ俺だってやってるんだ。大丈夫だって」
　途中から面白そうな顔でふたりのやりとりを眺めていた、Ａ級一位チームを率いる総合ナンバーワンの男はからからと笑いながら告げる。
「うわあ。説得力があるような、ないような……」
　とは言ったものの、結局米屋の口から出たのは、
「少し、考えさせてください」
　という言葉だった。果断な彼にしては珍しいことに。


「米屋隊、ねえ」
　口に出してみたが、違和感があるような、しっくりくるような不思議な感じではあった。
　Ｂ級になりたてのひよこたちを従えて、一からランク戦を駆け上がっていくのも楽しそうではあるが。
（もうおれが背中を眺めててやる必要もないみたいだしな）
　そんな風に考えるのがそもそも傲慢だろう、と考えられない米屋でもなかった。