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    bin_tumetume

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    bin_tumetume

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    こんな寒い時期に夏前の話

    ##女体化

    お気にのタンキニ着ていったら腹が出ていると怒られて彼パーカーさせられた「山に行ったんだから、海にも行こうよ!」
     そんなことを最初に言い出したのは杏だった。歌に関係ねえだろと却下してみたが、こはねと冬弥が行きたそうにしてしまった時点でオレに勝ち目はなかった。
    「前みたいに、みんなで買い出しもしたいね」
    「ある程度の道具なら杏かオレんちにあるだろ。余計なモン買いすぎんなよ」
    「どうせならさぁ、花火もしたくない?」
    「却下。荷物増えるし、ゴミ持ち帰るの手間だろ」
    「お母さんのケチ!」
    「あはは……」
     杏はああしたいこうしたいって色々アイデア出してくれるのは良いんだけど、出来るかどうかを考えるこっちの身にも一度はなってみろってんだ。苦笑しちゃいるが、こはねも反対しないってことは杏と同意見なんだろうな。つうかお母さんって呼ぶな。お前みたいなデカい娘産んだ覚えはねえ。
    「彰人。ゴミの処分なら俺がするから、一緒にやらないか?」
     黙って成行きを見守っていたはずの冬弥がそっちの味方したら、もう形勢は決まったようなモンだった。だってオレはコイツに弱いのだ。だんだん分かりやすくなってきた仏頂面に、やってみたいと書いてあったら尚更。
    「……花火できるとこ探すけど、そのせいで遠出になっても文句言うなよ」
    「やった! さっすが冬弥」
    「そこはオレじゃねえのかよ!」
    「はいはい、彰人もありがと」
    「ったく、感謝の気持ちが軽いんだよな……」
     ブツブツ文句を口にしながら、手元ではさっさとスマホに『花火』『海岸』で検索をかけてしまっている。最早お決まりの流れというか、いつの間にかこういう細かいことはオレの担当みたいになっている。まあこの手のことはコイツらに任せるより、自分でやってしまった方が早いのも事実だった。
    「ありがとう、彰人」
    「……別に。やりたかったんだろ?」
    「ああ、楽しみだ」
     雪のような美貌が溶けるような、ほわりとした春の日差しみたいな柔らかな顔で冬弥が微笑む。冬弥が見せるようになった表情の中でも、特別好きな顔だ。これが見たくてやっているんだから、報酬は充分貰ったと言える。
    「あっ、そうだ。水着は女子だけで買いに行こうね」
    「えっ」
     当然とでも言うような杏の言葉に反応した驚愕の声は、当事者ではない冬弥のものだ。幸せそうな顔から一転、家族旅行に自分だけ連れていってもらえないと気がついた、留守番を嫌がる子犬のような顔をしている。子犬にもこれくらい可愛げがあれば、もうちょっと好きになれると思うんだけど。
    「何でお前がショック受けてんだ」
     来たかったのか、女子が水着選ぶとこに。それってどうなんだと思わなくもない。でもまあ女三と男一の比率はいつもの事だし、仲間はずれにされた気分なのかもしれない。
    「でも、杏ちゃんの言う通りかも。水着って種類が多くて、見るだけでも時間かかっちゃうもん。その間、青柳くんをずっと一人で待たせちゃうのは悪いよ」
     こはねのフォローに、冬弥は「確かに、俺が待っていては逆に気を遣わせてしまうな」と肩を落としながらも納得したみたいだ。まぁ、自分だけ水着は一人で買ってこいって言われたら、寂しいものかもしれない。
    「っつーか、二人で行ってこいよ。オレは去年買った水着あるし」
    「え、成長期なのに去年からスタイル変わってないの? ヤバくない?」
     杏がオレのオーバーサイズのパーカーの胸部に視線を寄越す。そんな見たってこの服じゃ分かんねえだろ。と思いつつ腕で覆って視線から逃れる。さすがにちょっとは育ってる……と思いたい。
    「ヤバいって言うな。どうせ上からパーカーかラッシュガード羽織るから関係ねえし」
    「うっそ、正気!?」
    「水着なんて年に数回しか着ねえもん、毎年買ってられねえだろ」
     家の棚の中に眠っているのはタンキニだ。ワンピースタイプみたいに丈が足りない心配はないし、悲しいかな、入らないかもと心配をするほど胸囲が急成長した訳でもない。なにより、結構気に入っているのだ。
     驚いた顔の杏がスマホを取り出して、サッと何かを入力する。そしてすぐに調べ物の途中だったオレのスマホに通知が一件、杏からだ。この距離で一体何を。
    『好きな人と海水浴でそれは無いって! そんなだから女として意識されてないって悩むことになるんだよ!』
    「おっっっ前なあ!」
     思わずガタンと音を立てて立ち上がる。おろおろハムハムしているこはねと目を丸くした冬弥、何事かとカウンターからこっちを見守る謙さんが順番に目に入ってすぐに冷静になって座り直した。こういう所が子供っぽいって自覚はあんだけどな。
    「そんな怒ることないでしょ。あ、もしかして体型に自信ない?」
    「デブみたいに言うなよ。普通体型だ」
     むしろ、運動してるからちゃんとくびれてる。胸と尻のボリュームはもうちょっと欲しいけど、断崖絶壁に例えるほど絶望的ではない。
    「ちゃあんと大人っぽい水着選ぶの手伝ってあげるって」
    「べつに一人でも買えるし」
    「小学生が着るみたいなやつ?」
    「言ったな? お前よりすっっげえやつ買って、ぐうの音も出なくしてやる」
    「じゃあ来週の木曜日。ちょうど冬弥が用事で来れないから個人練って話だったし、この日で良いよね?」
    「ああ。しっぽ巻いて逃げんなよ」
    「彰人のくせに面白いこと言うじゃん。誰が逃げるって?」
    「あ、杏ちゃん……」
    「そろそろ落ち着け、彰人」
     ……あれ、っていうかこれ、水着買いに行く流れか?
     
     
     
     売り言葉に買い言葉を反省しつつ、WEEKEND GARAGEを後にする。
    『すっごい可愛い水着見つけて、冬弥をドキドキさせてやろうね!』
     杏は退店するオレにだけこっそり耳打ちして、ウィンクを寄越した。何でコイツはオレより楽しそうなんだ。マジで余計なお世話だっての。……感謝はするけど。
     一緒に歌うようになって割とすぐに好きだと自覚したから、この片想いとはもう二年以上の付き合いだ。その間、結構な時間を二人っきりで過ごして来たはずだけど、進展は全く無し。オレが男みたいな性格や格好しているせいもあるけど、色っぽさは欠片もない。今度の海水浴で、ビキニでも着てみたらちょっとは変わったりするかな。でも、相手はあの冬弥なんだよなぁ……。
     街灯が点々と照らす夜道を、冬弥とふたり並んでポツポツと会話を交わしながら歩いて帰る。今日の話の種はもっぱら海水浴についてだ。
    「そういや、冬弥は水着ってどうすんの」
    「そもそも、高校まで体を動かす遊びなんてしたことがないからな。学校指定の水着以外は持ちあわせていない」
    「あ、そっか。じゃあ、買い出しの時に冬弥の分の水着も見ようぜ」
    「それは構わないが……、付き合わせることになるぞ?」
    「いーの。冬弥に服選ぶの好きだし、嫌じゃなければ水着もオレに選ばせてくれよ」
    「ああ、頼んだ。彰人に任せておけば安心だな」
    「当然。任せとけ」
     この話題をそれ以上続けるか迷ったのは、冬弥が憂うように目を伏せたからだ。長い睫毛が瞳に影を落とす。何でもない仕草が絵になるんだよな……と見ていたら、ご丁寧に溜息のような物まで吐き出した。
     しばらく冬弥の顔を眺めているが、横から観察されてる事に気付いてないのか、スルーしてんのか口を開くことは無い。
    「なんか悩んでんだろ」
    「う、……まぁ、そうだな」
    「言って楽になることなら言っちまえ」
    「いや……、だが」
    「ハッキリしねえな」
    「……彰人を困らせると思って」
    「…………オレ?」
     なんだろう。冬弥に困らされたことなんてないから、何を言われるのか全く予想がつかない。心当たりもなくて首を傾げた。遊ぶ分勉強しろ……とかは遠慮なく言って来そうだしな。
    「何言われるか分かんねえけど、言ってみればいいだろ。聞いてみて、本当に困る話ならそう言うし」
    「……分かった」
     深刻な顔をした冬弥が、重い口を開く。シリアスなムードにつられて、固唾を飲んだ。
    「白石達と水着を買いに行くのを、やめてくれないだろうか」
    「……え?」
     意外すぎて、何を言われたのか理解するのにちょっと時間が必要だった。
    「買物も、レジャーの楽しみのうちだとは分かっているんだが……」
    「ああ、いや、別にそれはいいんだけど……なんで?」
     杏にあれだけ啖呵は切ったけど、冬弥が止めろと言うなら別に全然気にならない。そもそも、コイツに女の子っぽく見られたいってだけだしな。
     あ、もしかして隣にいる女がバチバチ肉食系っぽい水着だったら流石にヒくか? 冬弥、ピュアっぽい方が好きそうだし。
    「これは俺の我儘なんだが、不特定多数の男が居るところであまり肌を晒さないで欲しい」
    「あ~~……」
     ビンゴだ。そういうことならしょうがない。さらば、セクシー水着。水着で冬弥に意識して貰おう作戦はまた別案が必要なようだ。まぁ、杏が勝手に言い出しただけだけど。
    「本当に分かっているか?」
    「はいはい、分かったよ」
     オレに反論はないので、適当に返事をして話を切り上げる。そうと決まれば、杏には後で連絡入れねえと。オレが居なくなったらなったで、こはねとデートとか言って喜びそうだけどな。
    「彰人」
    「ん?」
     余所事を考えていたら、突然肩を抱き寄せて顔を覗きこまれた。は、何? っていうか距離が。顔が近え。
    「分かっていないようだから、もう一度言う。彰人は魅力的なのだから、あまり肌を見せすぎると変な気を起こされるぞ」
    「へ、変な気……って、どんな」
     突然の展開に頭がついていかなくて、金魚みたいに口をパクパクすることしか出来ない。オレいま、ちゃんと息できてるか?
    「……知りたいのか?」
     すっ、と冬弥の目が狙いを定めた獣のように細められる。それを見たら嫌でも察してしまって、体温が上がりすぎて今にもキャパオーバーで倒れてしまいそうだ。
     ごめん、杏。オレって、手伝ってもらう前からもう意識されてたのかも。




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