ラッキースケベ時空冬彰♀ 情けない話だが、俺は歩道橋を一人で渡れない。
どうしても下を向いてしまうと足が震えてしまって、そこから先に進めなくなる。
まだ彰人と出会ったばかりのころ、どうしても高所恐怖症だと言い出せず、歩道橋の真ん中で立ち往生してしまったことがある。
後ろを着いていくこともままならず、青い顔をしてしゃがみ込んでしまった俺に気がつくと、すぐに引き返して来て手をとってくれた。彰人はそんな情けない俺を笑わずにいてくれた。むしろ、苦手なら避けるから早く言えと怒られたものだった。
それから、目的地までのルートで歩道橋が避けられない場合は、彰人が俺の手を引いてくれるようになった。目をつぶった俺を補助して、一歩一歩階段を登らせてくれるのだ。
こんな時ばかり繋ぐことの出来る手は、自分のそれより一回りも小さいのに随分と頼り甲斐があった。
俺はその頃からずっと、彼女の優しさに惹かれ続けている。
今日も目を閉じて、彰人の指示通りに歩道橋の階段を踏みしめる。過敏になった聴覚は、足元からの車の走行音や、体へ吹き付ける強風の音を拾い上げる。
「うわっ!」
彰人の悲鳴に、階段を上る途中ということも忘れて、何事かと咄嗟に目を開けた。目の前で強い風に巻き上げられた布が揺れる。
健康的な肌の色と、真っ白な三角形が、学校指定の青いチェックの生地の影に覆い隠されていく。
何が起こったのか理解出来ずに呆然と立ち尽くして居ると、顔を赤くした彰人と目が合った。
「……見た?」
見たかと疑問形で尋ねられれれば何のことを言われているのかと、ようやく頭が働きだす。何かを見たか見てないかと聞かれれば、見た。あれは、……。
「す、すまない……」
自分の顔が珍しく赤くなっていくのが手に取るように分かったので、誤魔化すことも出来ずに謝るしかなかった。彰人に嘘をつくような不誠実な男か、下着を覗いた不埒者の汚名の二択なら、後者の方がまだマシだと考えたのだ。
おそらく、歩道橋の手摺りと俺の手で両手が埋まっていたせいで、強風が吹いてもスカートを抑えることが出来なかったのだろう。
「忘れろ!」
「わ、分かった」
キャン!と子犬が吠えるように、彰人が叫ぶ。
頭を縦に素早く振ることで、煩悩を振り払うかのように何度も頷いた。
とっくにここが苦手な高所であるということは吹き飛んでいた。ひたすらに脳裏で無心、無心と繰り返しながら深く呼吸する。網膜の裏に焼き付いてしまったんじゃないかと錯覚するあの景色を、必死に考えないようにした。頬を撫ぜていく夜風が火照った体に心地良い。
「……お、オレの趣味じゃねーから!」
その一言で、頭から追い出そうとしていた光景が蘇り、思わずすぐ側の手摺りに頭を打ち付けたくなった。短期間の記憶くらいならば飛ぶんじゃないだろうか。
「絵名が高校生にもなって子供みたいな下着だってバカにしやがるから、その」
「彰人、彰人。思い出してしまうから止めてくれ」
「ぅぐ」
何の勢いか、とんでもない事を口走り始めた彰人の名前を呼んで追撃を制する。歩道橋の上で、手を繋いだまま二人して真っ赤になっている姿は、傍から見れば不思議な光景だっただろう。
「……行くか」
「そうだな」
「あっ、そうだ!」
良いことを思いついたとばかりに目を輝かせた彰人が、俺と腕を組む。
「こうすりゃ良いんじゃね?」
そして、見せつけるように空いた手のひらをグーパーさせている。両手が空いたと嬉しそうにしているが、俺との距離が開いていないんだが。ピトリと密着した彰人は目論見通りに手が自由になって満足したのか「行くぞ、目ぇ瞑ってろよな」と目的地に向かおうとするので、言われるがままにしてしまう。……はたしてこの距離は、本当に良いのだろうか。
今度は俺の腕に柔らかな感触が当たってしまっているぞと教えるタイミングを逃してしまったので、頬の熱さはしばらくどうしようもなさそうだった。