誘惑「彰人、今度の土曜は空いているか?」
「まあ、暇だけど。どっか付き合えばいいのか?」
冬弥から電話が来たのは、グループの練習日を決めた直後のことだった。その日は練習が休みになったから、用事は無いと言えば無い。
冬弥に誘われたならと、休みのうちにやっておこうかと考えていた諸々のタスクの優先順位を組み替える。しかし、練習が休みになった理由のひとつに冬弥自身に用事があると言っていなかったか、首を傾げた。
「いや、練習ではなくて、彰人と遊びに行きたいんだが」
「ああ、そういうことか。いいよ」
杏やこはねと四人で組むようになるまで、冬弥との間には歌しかなかった。今でも冬弥と集まると歌いたくなってしまうから、普通の友達のように、ただ遊ぶだけの日を作るようになったのは最近のことだ。
「行きたいとことか決まってんのか?」
「ああ。司先輩達のショーに誘われているんだが、彰人にも一緒に来て欲しい」
「司センパイ達のショー、ね」
「興味が無いか?」
「んや、行く」
「そうか、良かった」
センパイ達のってことはフェニックスワンダーランドでショーしている、あのキャストでのショーなんだろう。
それなら、ファンであるこはねに声をかけてやらなくていいんだろうか。こはねが来ると言えば、杏も来そうだ。
「……彰人?」
「あー、いや、なんでもない。集合場所と時間どうする?」
純粋な冬弥のことだ。二人のことを指摘してやれば、喜んで誘っただろう。でも、オレにだけ個別で声をかけてきたのがくすぐったくて、思い浮かんだ二人の顔に向かって心の中で悪いなと謝る。
とんとん拍子にスケジュールを決めている間も、電話越しでも分かるくらい冬弥の声は弾んでいた。コイツも分かりやすくなったよな、なんて感慨深く思う。
「今回のショーは、少しだけ俺もお手伝いさせてもらったんだ」
「は? 変なことさせられてねえだろうな」
「変なことではないな。役作りとして、司先輩と主人公の共通点を一緒に探したんだ。司先輩の素晴らしさを再確認出来た」
「出たよ、冬弥のセンパイ全肯定……」
「何か言ったか?」
「イエ、なんにも。それにしても、センパイが役作りで冬弥を手伝わせるなんて初めてじゃねえの?」
「ああ。何でも、役の気持ちが分からないとかで……彰人は『トルペというピアノ弾き』という話を知っているか?」
「逆に聞くけど、オレが知ってると思うか?」
「思わないな。ネタバレになるから詳細は省くが、気弱なピアニストが主人公の話なんだ」
「へえ」
「ショーでも実際に先輩がピアノを弾くらしい」
「……楽しそうだな」
「ああ、俺も先輩のピアノを聴けるのは久しぶりだから、それも見所だな」
「そっか。良かったな」
ピアノの話を楽しくできるようになって良かったな、って意味だったんだけど。まあ、これは伝わらなくてもいいか。またキャンプのときみたいに、前日の夜に寝れなくなったりしないといいけど。
まさか、このお誘いが往復四時間の長距離移動になるなんてこの時は思ってもみなかった。でもまあ、楽しそうな冬弥が独り占めできたし、結果オーライってことで。