Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    kouki_nzd

    @kouki_nzd

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 21

    kouki_nzd

    ☆quiet follow

    菊芥 現パロ(多分没)

    「ついに龍が指輪を受け取ってくれたんだ」
     そう言いながら、強くもない酒を飲み締まりのない顔をしていたのが一週間ほど前。めでたい話に、おまけに機嫌がいいもんだから俺の飯代まで払ってくれたので実にいい夜だった。
    「もう俺たちはダメかもしれん……」
     そして、浮かれ切っていた男が現在これである。
     マリッジブルーにしても早すぎる。


    「ヒロシ、その辛気臭い顔は何とかならねぇのか? 折角のタダ飯が不味くなるぜ」
    「誰が奢ると言った……」
     俺の言葉に言い返す声も、いつもに比べりゃ覇気も何もありゃしねぇ。「こりゃ相当重症だな」と眺めていいれば、ヒロシはまた「俺たちはダメかもしれん……」と先ほどと同じ言葉を零した。
    「おいおい、この前まであのだらしのない鼻の下伸ばしまくった面はどうしたぁ?」
    「そんな顔はしとらんぞ……」
    「いや、してたね。というか、オマエは芥川といるときは大体そんな面してるからな」
     現在こうして力なく項垂れているヒロシとその『婚約者』とやらになった芥川との付き合いってのは結構長いもんになる。出会いの経緯やらは面倒なので割愛しとくが、友人関係であった二人がいつの間にやら恋人になったのは数年ほど前の話だった。先に惚れたのは多分ヒロシの方だと俺は思っている。見てる分には面白いが、近くで接すりゃ「ちっと面倒だな」と時々思ってしまうような天然やら性格やらがある芥川の世話を焼くヒロシの姿見てその恋心に気づかない奴はほぼいない。というか、その気づかない鈍い相手というのが当人であったわけだが。
     まぁ、そんな二人が恋人になった時には俺自身も「芥川、付き合うってのはどっかに一緒に出掛けるってことじゃねぇんだぜ?」と思わず確認してしまい、白い頬をほんの少し赤らめた芥川に「直木さん……、流石にわかってるって」と返され、ヒロシには「一番最初に言うことかそれが」なんて気持ちのこもった視線を浴びせられ「俺は馬に蹴られるってのはこういう感じか」といらん経験をする羽目になった。
    ヒロシは、元々の長年の片想いもあり交際開始時からすでに将来のことなども見据えており、一年後には指輪片手に芥川にプロポーズをかましたらしい。
    「まだ早いんじゃない?」
     結果、そんな言葉とともに指輪はヒロシの手元に残ったという話を聞いて大笑いしながら酒を飲んだ。
    「『まだ』ってことは可能性はあるってことだ……!」
     俺がゲラゲラ笑う横で、指輪の入った小箱を握りしめて目に闘志を宿らせる諦めの悪い男が一人。そもそも、プロポーズ断ったのに『まだ』恋人関係を持続させている辺り芥川としても本当に『その言葉の通り』の気持ちだったんだろう。変なとこで妙に素直なところがあるから、本当に心の底から「好きあっていても、交際一年目で結婚を決めるのは早すぎる」とか考えてそうだ。
     じゃあ、二年目なら問題なかったかって? そりゃ二年目はこうだ。
    「もうちょっと考えさせてほしいな」
     俺は前回と同じく笑いながら酒を飲んだ。
     芥川も芥川だが、奴さんの言葉をそのままきちんと受け止め「龍が『もうちょっと』って言うんなら俺は待つ……!」とまたしても指輪の入った小箱を握りしめたヒロシはヒロシで色んな意味ですげぇなと思った。
    「こっちが何年片想いしてきたと思ってんだ……! 別れない限り絶対逃がしやしねぇよ……!」
    「別れたいって言われたらどうすんだよ?」
     そう尋ねれば、ヒロシはフッと笑って一言。
    「そんな言葉言わせると思うか?」
    (実はとんでもねぇ男に捕まってんじゃねぇか……?)
     芥川に少々同情した。

     そうして、プロポーズが年一のお決まり行事になったのだが、なんとついに今年は目標を達成したのである。
    「ついに龍が頷いてくれた」
     毎年のように「今年もダメだったが、俺は諦めん」などと言いながら、小箱片手に現れるかと思われたヒロシはそりゃもう浮かれていた。俺はといえば、一瞬何を言われたのか理解できず、ヒロシがもう一度「ついに龍がプロポーズに頷いてくれたんだ」と口元を緩めながら言った時にやっとこさ二人が『婚約』したことを理解した。
    「そりゃめでてぇな」
    「今日は飲むぞ! 祝い酒だ!」
    「俺は飲ねぇから飯奢ってくれ」
    「酒でも飯でも奢ってやる!」
    「そりゃありがてぇ」
     浮かれ切った男により、タダ飯にありつけた俺は芥川にも感謝した。


     結局この浮かれた男は、冒頭の凹みに凹みきった男に至る。
    「ヒロシよぉ、オマエあんだけ連敗してもめげなかった野郎が、成功したらしたで凹むってのはどういう精神状況なんだよ?」
     俺の問いかけにも、反応せずに項垂れっぱなしの様子に流石にちっとは心配になってくる。様子を窺うように「ヒロシ。おい、ヒロシよぉ」と何度か名を呼び続ければ、ヒロシは小さな声でポツリポツリと語り始めた。
    「龍の奴、俺が渡した指輪をつけねぇんだ……」
     それは毎年のように芥川の元へ向かっては、ヒロシの手元に残り続けた指輪。今年やっとこさ、望まれていた持ち主の元にたどり着いた指輪は受け取られた日には確かに芥川の薬指にて輝きを放ち、持ち主となった芥川も指に嵌められたそれを見ながら恥ずかしそうに、それでもどこか嬉しそうに微笑んでいた。と、あの日の浮かれ切った男は語っていたのだが……。
    「次の日も、付けてくれてたんだが……。3日目から付けてくれなくなって……」
     残念なことだが、指輪は現在その収まるべきところに収まってくれてないってのがヒロシの消沈っぷりの原因らしい。
    「そりゃ、ヒロシ。お前なんかやらかしたんじゃねぇか?」
    「身に覚えがねぇよ……」
     思ったままのことそのまま言ってやりゃ、これまた弱弱しい声で返事をした。
    「案外大したことない理由かもしれねぇぜ? ほら、指が太くなったとか」
    「一日二日でそんな急激に指が太くなるかよ……」
    「なら、アレだ。金属アレルギーとか」
    「龍は特にアレルギーもねぇよ……」
    「……じゃあ、デザインが気に食わなかったんじゃねぇの?」
     凹みっぱなしの姿に少々面倒くささを覚え始めれば、ヒロシは最後だけやけにキリっとした顔で。
    「龍が好きそうなやつをオーダーメイドで作ったし、龍も『うん、気に入ったよ』つってた」
     と、言いやがったのがちょっと腹が立ったのでこの日もヒロシに奢らせることを心に決めた。
    「気分転換に酒でも飲め。俺は飲まねぇが。そんで気分転換に遊びに行こうぜ」
    「……お前の負け分は絶対に払わんからな」


    「やぁ、直木さん。こうやって会うのは久しぶりな気がするね」
     そんなことがあった数日後、今度はヒロシではなくその凹みっぷりの原因である芥川に遭遇した。
    「おう、芥川。そういや、ヒロシとは仕事やらなんやらでちょこちょこ顔合わせてるがオマエとは久々だな」
     片手を上げて、挨拶すれば芥川は小さく笑って「仕事やらじゃなくて、ご飯奢らせるのに顔合わせてるんでしょ?」と言う。
    「まぁ、それもあるぜ」
    「この前も『直木のやつ俺が酔ってるのをいいことに全部ツケて行きやがった』って言ってたよ」
    「酒ってのは怖いもんだなぁ」
     他人事のように言ってやれば、また芥川は小さく笑う。
    「寛も強くないんだから飲まなきゃいいのに」
    「たまには酒に漬かりたい夜ってのもあるんだろうよ」
    「直木さん飲まないのにわかるの?」
    「いや、全くわからん」
     きっぱり言いきってやりつつ、目の前の芥川を眺めているとどうにも力なく項垂れる姿がよぎる。こうやって話してる分には、別に芥川自身は何か変化があった感じでもなく、むしろ「ヒロシとは順調なんだな」って思ってしまうほどに、ヒロシのことを話す芥川は穏やかだ。
    「ヒロシのプロポーズについに頷いたらしいなぁ」
    「あ、もう知ってるんだね」
    「おうよ、ヒロシのやつ浮かれに浮かれきったまま言ってきたぞ」
     その時のヒロシの顔やら雰囲気がいかに緩み切ったものであったかを教えてやりゃ、芥川はちょっと目を丸くしてから「寛ってば……」といつぞやのように頬を赤らめながらも、嬉しそうに笑みを浮かべる。
    (やっぱこう見てる分にゃ、ヒロシが心配するようなことってのもねぇと思うんだけどなぁ)
     恥ずかしそうな嬉しそうな芥川の左手についっと視線を向ければ、確かにヒロシの言ったようにその薬指には輝きを放つ指輪はない。飯代やら賭け代も払ってもらったことだし、ちょっとぐらいはつついといてやるか。
    「……そういや、芥川よぉ」
    「うん?」
    「ヒロシが毎年毎年持って行ってた指輪はどうした? つけてねぇのか?」
     俺の視線のむけられた先、自身の左手の薬指を見つめた芥川は「あ、うん……。ちょっとね……」とちょっとばつが悪そうな表情になった。
    「なんだ? サイズでも合わなかったか? それともデザインが気に入らなかったか?」
     ヒロシでは聞けねぇであろうことをここぞとばかりに放り込んでやりゃ、芥川は慌てた様子ですぐに首を横に振った。
    「サイズもぴったりだし、デザインも気に入ってるよ」
    「じゃあ何か? ヒロシに愛想でもつきたか?」
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💖
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works