踊り子(モンク)の謎概念「あ、」
誰が零したのかも定かではないひと言。
仲間の盾となるべく立ち回っていたルトゥが呟いたのかもしれないし、回復もそこそこに攻撃魔法を放っていた一烏の言葉だったのかもしれない。
もしかすると、たった今、窮地に陥っているホセが思わず落としてしまった呼気の可能性だってある。
敵の一人が決死の思いで放った魔法の威力は想像以上に大きく、自衛の術を多くは持たない攻撃手──ホセにとっては耐え難い爆風だった。
大きく体勢を崩して膝を付いたホセを目撃した敵が一人。一瞬の間を置いてもう一人とホセに斬り掛かる。
「ッ、ホセ!」
爆風を浴びて動けないホセの方へと向かう者達。それ見たルトゥは自分に群がる敵を武器のひと振りで薙ぎ倒し、自慢の脚力で跳ぶように駆け出した。
しかし死に瀕した人間というものは厄介で、潜在能力のタガが外れたかのように能力値が跳ね上がる。どう考えても間に合わないその距離に、いよいよマズいと感じたルトゥは後方の一烏を見やる。
「駄目だ届かんッ!!」
ルトゥが掛けていくより少し前から救助を試みていた一烏が叫ぶ。爆発でホセが吹き飛ばされたことで一烏とも距離が開いてしまっていたのだ。
「死ねや──」
目を血走らせた野盗が口の端から泡を漏らしながら剣を振り下ろす。
アレはどうやったってモロに喰らう。二人がそう確信して各自フォローに入ろうとした、が。
──刹那。
起こしかけた上半身を倒し、
──瞬間。
両手で身体を支えたまま地面を思い切り蹴り上げ、
──間隙。
勢いは殺さず、脚に掛かった遠心力で斬りかかって来る者共の脇の下に踵をめり込ませる。
しなやかな鞭のようにしなる脚が破壊的なまでの力を伴って鎧を砕き、人体の急所を的確に抉る。勝ちを確信していた野盗共は「あ、?」と不思議そうな声を出しながら吹き飛んでいった。
「っと、」
軽くよろめいたかのような声を出しながら起き上がるホセと、それをぼんやりと眺めるルトゥと一烏。
三者の間になんとも言えない空気が流れた。
「……っふ、ふふ、ふはははッ」
沈黙を笑い声で破ったのは一烏だった。肩手で顔を覆い、肩を上下に震わせて笑っている。その隣ではルトゥも口元を手で覆っていた。身体が小刻みに揺れていて、どう考えても笑いを堪えきれていない。
「おま、お前、それは、れっ、レギュレーション違反だろうがよ……!」
「いやあ……はは、すまない。お行儀が良いもので、ついね」
咄嗟の反撃で窮地を切り抜けた。この行動自体はさして問題がない。問題なのはどんな行動をしたのか──要は攻撃手段だ。
ホセ・カヴァラリ。彼は確かに攻撃手だ。そして反撃には四面脚という、モンクの技を使用した。それは別に構わない。
ただ、彼は今──踊り子なのだ。
「いや、あの反撃見事だった。……ふ、」
「顰め面を作ってくれている所悪いんだが、そこまで笑いを漏らされるといっそ笑ってくれた方が私としては気が楽だよ」
非の打ち所がない綺麗な四面脚だった。踊り子なのに。
「……カポエイラ、ってことにしないか?」
「それは要審議だな」
まだ片付け終わってないしな。
そう言ってルトゥが獲物を担ぐ。それもそうだ、とホセと一烏も武器を構えた。
周りにはまだ動ける者が数十人。先程吹き飛ばされて死んだ仲間だったものを見て完全に腰が引けている。
「君達、悪かったね。次こそ踊り子の妙技をお見せしようじゃないか」
しゃなりと立つ姿はどこか凛とした気風を感じさせ、タイトな衣装がその曲線美を炙り出した。口元を隠す半透明のヴェール越しに薄ら見える表情は甘いものであるのに、瞳の奥には凍てつくような殺意が見え隠れする。
矛盾を孕む密やかな艶に魅せられて呼吸を止めた彼らが最期に見たものは恐らく──鈍色に輝き迫り来るチャクラムなのだろう。