「ち、千景さん!!??」
思わず飛び出した叫び声に周囲の視線が突き刺さる。普段ならばあたふたして米つきバッタのごとく頭を下げていたことだろう。だが、今日の俺はそんなことは気にもとめず、目の前のものに集中していた。そこにあるのは、一冊の雑誌。何の変哲もないはずのそれは酷く俺の心をかき乱した。おそるおそる手に取って表紙をじっくりと見る。
「……やっぱり千景さんだ、御影さんもいるし」
そこにはご存知千景さんと、冬組の一員である御影さんがいた。そういえば、以前に聞いた覚えがある。どこかの雑誌にインタビューを申し込まれ、ついでに表紙を飾ることになったと。二人とも系統の違うイケメンだし、独特の雰囲気があるからきっと絵になるだろうなんてぼんやりした感想を抱いてそのまますっかり忘れていた。もし過去に戻れるのならその時の自分をとっ捕まえて肩を揺さぶり思いの丈をぶつけたい。とんでもないぞ、と。ありもしない妄想で気を紛らわせ、改めて雑誌と向き合う。随分と可愛らしい服装をした恋人を目に、俺は静かにレジへと向かったのだった。
「あ、それ買っちゃったの?」
「そりゃ、買うでしょ」
帰寮して、本当はすぐに雑誌を読みたかった。しかし、本日の夕食当番は俺だ。もしサボろうものならブーイングとともに大量のカレーがやってくる。監督のカレーは美味しいけれど四日連続はさすがにごめんこうむりたい。八割自分本位な理由から真面目に夕食作りに取り組んだ。とは言っても、俺が作れるものなんて簡単な大皿料理ばかり。今日の夕食はハヤシライス。希望者はオムハヤシもどきにしてやった。ただの白米に薄焼き卵をのせるだけなのだがこれが意外と好評なのだ。
っと、話が逸れた。まあそんな感じで劇団員に飯食わせ、後片付けをしたり風呂に入ったりとしてるうちにリーマンコンビが帰寮。至さんは配信があるからとさっさと部屋にこもり、ほかの劇団員たちも珍しく散り散りに、最終的に俺と千景さんだけがダイニングに残された。もそもそとオムハヤシもどきを口にする千景さんに付き合って正面に座り雑誌を開いたところで、先程のセリフだ。
「いるならあげたのに。見本、俺はいらないし」
「せっかくだから記念に残しておけばいいじゃないっすか」
「これを?」
千景さんが指をさしたのはちょうど二人の特集ページだった。表紙と同じふわふわとした可愛らしい衣装に身を包んだ自身の姿になんとも言い難い顔をしている。
「そん顔しなくても。可愛くて似合ってますよ」
「可愛くもないし似合ってても嬉しくないよ」
「え〜? こんなにノリノリなのに??」
メガネ外しキメ顔をしている姿は楽しげにも見えるが、本人としては不本意だったんだろうか?
「それは、密が……!」
「御影さん?」
勢いよく飛び出した名前は続くことなく失速する。言いたいことはあるが上手く言葉にならない、そう示すように千景さんの口がパクパクと開閉する。じっと待ってみるが、結局それは言葉になることなくオムハヤシとともに飲み込まれた。……オムハヤシもどきか。
「密が、そうしたら綴が喜ぶって」
「あ、言うんすね」
「うるさい。で、どう?」
「黙らせたいのか喋らせたいのかどっちなんすか」
「喜んだかどうか。イエスかノーの二択で」
なかなか理不尽な問いかけに、俺は頭をめぐらせる。答えるならば当然イエスだ。でもこの態度を前に素直に言うのは癪に障る。さてさて、どうしたものか。
「……やっぱり気に入らなかったんだろ。アイツ、適当いいやがって」
「ん〜、まあ好きではあるんですけどね 」
「無理しなくていいよ、大の男がそんな格好して可愛いも何もないだろうし」
可愛いし眼福だったけど、こうして拗ねてしまっては何を言っても無駄だ。伊達に七人も弟はいない、経験というものは意外なところで活かされる。もちろん、いじけてそっぽを向く二十八歳児の機嫌の治し方も心得ている。これは弟たちは関係ないけど。
「ちかーげさん、機嫌治して?」
「知らないよ」
「別にからかうつもりはなかったんすよ? ただ柄じゃないことしたなって思い込んでる千景さんが可愛かっただけで」
「結局からかってるんじゃないか!」
ガオウと吠えてムキになる千景さんもこれまた可愛い。いつも余裕綽々で構えている彼にしては珍しい姿につい目が輝いてしまう。いけない、いけない。そろそろほんとに機嫌が悪くなる。
「そんなに心配しなくても、千景さんはかっこよくて可愛いですよ」
「まだからかうつもり?」
「いやいや、本音ですって。確かにこの雑誌に載ってるようなあざとい可愛さもありですけど、こうして俺にどう思われるかが不安で仕方ない千景さんが一番可愛い」
誰かさんのようなニッコリ笑顔でいいのけると、その誰かさんはひくりと頬をひきつらせた。
「悪趣味」
「ひっど。その悪趣味が好きなくせに」
「言ってれば」
残ったオムハヤシもどきを飲み込んで、千景さんはシンクに食器を持っていく。その首筋からのぞく項が真っ赤に染まっていることは見ないふりをしてあげよう。
俺の恋人はやっぱり最高に可愛いのだ。