Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    hinoki_a3_tdr

    @hinoki_a3_tdr

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 45

    hinoki_a3_tdr

    ☆quiet follow

    ガスウィル

    「ウィル!! しっかりしろ!!」
     朦朧とする意識の中、誰かが何かを叫んでいる。降り注ぐ雨に体温を奪われたのか体が冷たい。その中で、肩の辺りだけが焼けるように熱かった。熱源が、俺の肩を揺さぶる。よしてくれ、もうこれ以上動きたくない、眠いんだ。
    「おい! 寝るなよ!? ドクター早く!!」
     ああうるさい。そんなに騒ぐなよ。そう言ってやりたいのに、口は開くことなく、意識もどんどん遠ざかる。気を失う寸前に、嗅ぎ慣れた香りがした。

    ---
     アキラが帰ってこない。それは今に始まったことではなかった。俺の幼なじみである鳳アキラ。彼はどうやら、いわゆる不良というやつになってしまったらしい。原因はなんとなくわかっている。もう一人の幼なじみ、如月レンを俺や俺たちの両親が気遣うあまり、アキラをないがしろにしてしまったからだろう。アキラは俺たちを見限って、自分を認め受け入れてくれる場所を見つけたのだ。だから、これはバチが当たったのだ。自分の寂しさを埋めるために、アキラを利用しようとしたから。
     アキラを探しに行こうと思ったのは初めてのことではなかった。今までも、何度か行こうとしたことはある。でもそのたびに、両親や妹たちに見つかり連れ戻されてしまっていたのだ。今回成功したのは運が良かった、ただそれだけのこと。だが、それも勘違いだったようだ。
     家を出てからしばらくして、急に雨が降ってきた。当然、傘など持っているはずもない。更に間の悪いことに、財布を忘れて買うこともできない。これはまずいと慌てて屋根のあるところに入ったが、その時には服もびしょ濡れでほとんど意味がなかった。しばらく空の様子を伺っていたが、雨が止む気配はない。それどころか、どんどん強くなっている。こっそり出かけた手前、親に迎えに来てくれと連絡するのも恥ずかしくて悩んでしまったのが間違いだった。
     服が濡れて寒いはずなのに、頭はカッカと上せている。この感覚にはなじみがあった。この貧弱な体はすぐに体調を崩し熱を出すのだ。恥ずかしいとか言っている場合ではない。叱られること覚悟で迎えを呼ばなければ。けれども意思に反して、手がうまく動かない。携帯電話を取り出して、呼び出すだけ。それだけの動作ですらできないほどに体調は悪化していた。
     吐き出す呼気が熱い。俺は、もしかして、こんなところで死ぬんだろうか。飛躍した思考を止めたのは一つの声だった。
    「お前、大丈夫か?」
     頭上から降ってきた言葉に顔を上げる。そこには自分よりも背の高い、青年が立っていた。少し長めの茶髪にピアスといういかにもな風体ではあったが、不思議と怖いとは思わなかった。この状況で声をかけてくる人間が悪いやつとも思えない。そんな潜在意識がどこかであったのかもしれない。
    「おーい? 」
    「あ、すみませ……」
    「お、声は出るみたいだな。体調悪いのか? 顔が赤い」
    「その、熱が、出たみたいで」
    「なるほどな、濡れてるしそのせいか」
    「多分……」
     青年は途切れる言葉にも嫌な顔をせず受け答えをしてくれた。それに、少しだけほっとする。
    「あの、迎えを呼びたいんですが、手がうまく動かなくて……」
    「あ~、変わりに呼んでやるよ。携帯、触ってもいいか?」
    「お願いします、すみません……」
     どうにか、携帯電話を差しだそうとするがやはり上手く体が動かない。見かねた青年は俺の体を少しまさぐって携帯電話を取りだした。俺に画面を見せて逐一確認しながら、ようやく母へと電話がつながったようだった。
    「迎えに来てくれるってさ。よかったな」
    「ありがとう、ございます……」
    「本当に体調やばそうだな、この辺車入れないから大通りまで出ないといけないんだが、行けるか?」
     正直、行ける気はしない。だが、これ以上彼に甘えるわけにもいくまい。俺は首だけで返事をして、青年を見送る、はずだった。
    「そんなヘロヘロで絶対無理だろ。しゃーねえなあ」
    「へ……? うわっ!」
    「傘だけ持って、って無理だな。そういや。ちょっと痛いかもしれないけど我慢しろよ」
     仕方ない、そう言って青年は俺をおぶってくれた。突然のことに叫んでしまったが、彼は気にすることなく傘を差す。確かに骨が当たって痛みはあったが、それよりもどうしてという感情の方が強かった。見ず知らずの人間にどうしてもここまでしてくれるのか。
    「困ったときはお互い様って言うだろ。たまたまだよ、たまたま」
     知らず知らずのうちに疑問が口から出ていたらしい。それを拾って答えてくれる彼は酷く優しいようだ。何かお礼を、そう思うのに触れた体温が心地よくて、今にも眠ってしまいそうになる。
    「つらいだろ、寝てていいぞ」
     そんなセリフに促されて、俺は本当に意識を失ってしまった。鼻腔をくすぐる甘い匂いがやけに強く感じた。
    ---
     右よし。左よし。
     左右を確認し、忍び歩きで家を飛び出す。手には、小さな花束を持って。

     あの日、そのまま眠ってしまった俺を、彼は両親のもとへ送り届けてくれたらしい。自宅で目を覚ました俺に愚痴混じりでそう教えてくれたのはアキラだった。内容としては、俺のせいで叱られた、というのが主だったが。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💘
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works