草原レース紺碧に競争を挑んだ雪白。
手加減しないという約束で、草原ホームから同時に飛び立つ。
大鳴きで蝶からエナジーを補給しつつ、精霊のいる小山を一周する。
杖を使って急旋回する紺碧に対し、山の側面を蹴って回り込む雪白。
エナジーが少ないなりの飛び方を身につけつつある雪白だ。
「(序盤で紺碧さんが杖を使った・・・!)」
雪白は高揚した気持ちで、心の中でつぶやいた。
レースの終盤ではなく、最初に花火杖を使ったことが、彼が本気だと示している。
ケープレベルの低い自分に合わせることなく、真剣に飛んでくれることに雪白は感謝した。
紺碧と雪白は、蝶々の小山から、草原の大神殿へむかうため、ゲートへ滑空する。
ゲートは2人ギリギリ通れるほどの幅で、身体やケープが触れれば大事故の可能性もある。
どちらかが道を譲るだろうか。
いや、譲らない。
今まで共に飛んできた経験が、そう答えを出す。
キミなら。貴方なら。
(ここで譲るわけがないだろう!)
ゲートをくぐる瞬間、ケープも身体も縮めて、一気に飛び込む。
ゲートの硬い石の表面に触れそうで、ひやりと肌が冷える。
目の前が真っ白な光に包まれ、目を閉じる。
その時だけは風も音も止む。
景色が開けて、音が戻って、明るい青空が目に痛いくらい広がって、風が全身を包んで、目の前に雲海が広がり、雲の上にそびえたつ神殿が現れる。
左手の祠、右手の祠、最後に中心の祠を回って、ゴールの神殿の屋根の上を目指す。
羽ばたくたび、祠を周回するたびに、紺碧との差が開いていく。
キャンドルの火を最低限しか取っていかない紺碧に対し、雪白は補給しないとエナジーが切れてしまう。
「(11枚羽根は凄まじいな・・・)」
紺碧が速い理由は、ケープレベルや飛行技術の高さだけではない。
取り込んだ火からエナジーを精製するのが驚異的に早いのだ。
しかも精製されたそれは純度が高いため、燃焼効率が非常にいい。
エナジーの質は、飛行の質に直結する。
手つなぎで彼のエナジーをもらい飛んでみると、まるで自分の飛行技術が上がったのではないかと錯覚してしまうほどだ。
「(くっそ・・・追いつけない・・・)」
最初から勝敗など分かっていたはずだがそれでも、じり、と焦りと悔しさが広がる。
眼下にたゆたう雲に飛び込む雪白に対し、紺碧は羽ばたいて高度を上げていく。
雲の表面を飛び石のように飛びながら、雪白はマンタをつかまえた。
マンタは旋回しながら神殿のほうへ頭を向ける。
その動きはゆったりとして見えるが、優雅な動きからは想像ができないほど、実は早い。
エナジーの回復をしながら、息を整え、飛び降りるタイミングを見計らう。
「(紺碧さんは・・・)」
遠くまで良く見える蜜色の目を凝らし素早く見渡すと、白い小鳥の群れと飛ぶ彼を見つけた。
小鳥から光を吸収し、核(コア)で精製して、エナジーを作り出す。
空気の抵抗を抑えるため時に錐(きり)のように回転しながら、ケープを微調整して最高速度を維持している様子だ。
絶えず羽ばたき身体を酷使しながら、エナジー精製もこなすのはかなり疲れるはず。
こちらは少しの休憩もとれた。
マンタから飛び出すタイミングさえ良ければ、追いつけるかもしれない。
雪白はぐんと身体を縮めると、矢のように空中に飛び出した。
風の流れを感じる、ケープが風をとらえる。
羽ばたけ、羽ばたけ。
もうエナジーの残量は考えなくていい。
小鳥の群れから脱した紺碧も、上空から一直線に神殿に落下する。
羽ばたきも加えて、加速する。
ぐんぐん迫る神殿の石造りの屋根。
近づくほど屋根の表面が鮮明に見えてくる。
最初に屋根に降り立ったのは紺碧だった。
足がつく直前に、空中で回転して、ケープで勢いを殺し、着地する。
かなり減速したつもりだったが、それでも足が痺れた。
少し遅れて、こちらを目指し近づいてくる雪白の姿が見える。
しかしその速度は異常なほど速い。
( その勢いで着地するつもり?!)
いくら星の子が丈夫とはいえ、その速度で突っ込めば怪我をするだろう。
時々、思い切ったことをする雪白だ。
大人しそうに見えて実は気が強く、勝負事はいつも本気。
最善の結果を出そうとする努力を怠らないが、自身を労わることが少し...いや、だいぶ足りない。
(怪我を恐れないことは、あまりいいことじゃないよ、雪白くん。)
紺碧は再び空へ舞い上がると、雪白のほうへ大きく手を伸ばす。
すれ違う瞬間に、その腕を掴むことができた。
雪白に自分のエナジーを流して、動きを制御する。
回転しながら余分な力を逃し、ケープを広げて速度を落とし、体制を整えて、屋根を滑走する。
長く屋根の上を滑り、ようやく止まったときは、さすがに紺碧も安堵のため息が漏れた。
「・・・雪白くん。思い切り良すぎ」
雪白はかなり消耗しているようで息が切れて返事もできない。
紺碧は雪白の両肩に手を置いて、エナジーを流した。
呼応して、雪白のケープの表面にも光の模様が鳥の羽のように浮かび上がる。
「・・・紺碧さん、気持ちいい」
切れた息の合間に言われた言葉。
エナジーの補給が心地よいという意味だが、吐息に乗せた声色が、どうにも艶めいて聞こえてしまって、紺碧は自分の浅はかさに苦笑した。
「紺碧さんの高純度のエナジー、無駄がなくて、核にすっと入り込む、それなのに重い、心地いい」
何度も経験している感覚だが、エナジーが底を尽いたときに補給してもらう時ほど、心地よいことはない。
労(いたわ)り、沁みわたるような感覚に、疲労がとけていく。
「ふふ。そっか。じゃあよく味わって」
雪白を引き寄せると、なんの抵抗もなく紺碧の胸に納まった。
雪白も紺碧の背に手を回す。
「いつか、勝ちたいです」
そう呟く声には悔しさは感じられず、しかし、静かな覚悟のようなものが根底にあるようだった。
「じゃあ僕は、絶対負けられない」
優しい声だったが、そこには揺らがない自信が滲む。
「平行線じゃないですか...」
「そうだね」
雪白が全力で挑んできてくれるのが嬉しくて、紺碧は雪白を抱きしめる腕に力をこめた。
前向きに、ひたむきに努力しようとするその姿がたまらず愛おしい。
彼が追いかけるのが、自分だということに微かな優越感すら感じる。
「俺が勝つまでやめませんからね」
「雪白くんが勝ったら、もう勝負してくれないの?」
「いや、そういうわけじゃないですけど...」
「どちらにせよ、負けられないなぁ」
目の前にある雪白のふわふわの髪の毛に頬擦りして顔をうずめると、髪のひんやりした感触と太陽と雪白のにおいがした。
「(あんまりしつこくすると、嫌われるかな)」
可愛い。
離れ難い。
どこまでが友達の範疇だろう。
一線引いた関係を、このまま続けられるだろうか。
「紺碧さん、苦しいです」
力を入れすぎたか、胸元から雪白のくぐもった声がしたので、紺碧は腕をゆるめた。
身体を動かしたあとで暑かったのか、苦しかったのか、雪白の顔が赤い。
「雪白くん」
「はい」
「ちょっとお説教」
雪白の髪やケープを整えてやりながら、紺碧が唐突に言った。
「な、なんでですか」
ぎょっとした表情で驚く雪白に、にっこりと紺碧が笑い返す。
「あの着地は危なすぎてオススメできません。100%怪我をするよ」
「う...はい」
自分でも自覚があるのだろう、痛いところを指摘されてしまった、とその横顔が言っている。
「効率のいいエナジーの使い方を教えていくから、もう無理しないようにね」
神妙にうなずきながら礼儀正しい返事を返す雪白に、思わず本物の微笑みが紺碧からこぼれる。
その笑顔を見て雪白も照れ臭そうに笑った。
「楽園は俺がキャリーします!お手をどうぞ。姫!」
雪白がおどけて言い、胸を張って差し出された手を、紺碧が握り返す。
「大きな姫だけどね。優しくしてね」
「壁の衝突、地面への着地ミス、お気をつけください」
「いやいや、気をつけるのはキミだから」
こんな穏やかなやり取りが、とても楽しい。
繋いだ手からお互いのエナジーが全身へ巡る、温かい感覚。
紺碧をキャリーするのは、いつも少し緊張する。
今回も早る気持ちを落ち着かせながら...雪白は青空へ舞い上がった。
(完)