呼ばう声「あ〜あ、飲みすぎちゃった〜」
真夜中のネオンが輝く歓楽街を、ふらふら歩きながら太宰は笑っている。
酒精の上った頬に当たる夜風はひやりと冷たく、いつの間にか秋が来たのだと告げている。
今日は敦とくだらないことで口喧嘩になり、むしゃくしゃしたのでとことん飲んでやろうと思って一人でここまで来ていた。
「もう一軒行くかな」
一人でつぶやいて、雑然とした人混みの中を歩いていく。
「……?」
ふいに自分の名を呼ぶ声があった気がして、太宰は路地裏の方へ目をやる。
――太宰……太宰。
どこか聞き覚えのある低い声に、太宰は朦朧とした頭の中で答えを導き出す。
「織田作……?」
相変わらずその声は太宰の名を呼んでいて、太宰はそちらへと歩を進めてしまっていた。
886