Get married quickly!「月島課長って恋人いるんですか」
明け透けな質問に月島は分かりやすく眉を寄せた。それを見て踏み込みすぎたかなと思ったが、聞いてしまったものは仕方がない。
束の間の休憩時間、隣のデスクで携帯を触っている月島を見てふと過った。月島は自分にとって尊敬する上司だ。真面目で厳しいが、案外情に厚いところがあったりする。入社してから一年以上経ったが、新入社員の頃は随分と助けられた。
「なんだ突然……」
「いや、課長って見た目が怖いけどモテそうじゃないですか。女性社員にも優しいし、人気ありますもん」
「見た目が怖いは余計だ。そういうお前はどうなんだ」
「……現在募集中です」
態とらしくがっくりと肩を落とせば、月島は、お前は良い奴だからすぐに見つかるさ、と平然と言ってのける。励まされて悪い気はせず無意識に頬を緩めていると携帯のアラームが鳴った。さて業務に戻らねばとパソコンと向き合い、はたと手を止める。そういえば本題の恋人の有無について分からなかった。上手く躱されてしまったなと思いつつ、また別の機会にでも聞いてみようと頭の片隅に仕舞って目の前の仕事に集中した。
◇
「じゃあ月島のことは頼んだよ」
「は、はい!お疲れ様でした」
部長は最後にぐったりとした月島をちらりと見てからタクシーに乗って帰っていった。他の社員もそれぞれの帰路につき、自分と月島だけがぽつんと取り残された。
今日は年に一度の飲み会の日だった。自由参加で強制ではないが、特に断る理由もなかったので今年は参加することにした。規模の大きな部署ではないので、座敷に十数人が集まってくだらない世間話などで盛り上がっていた。その場には月島もいて、程よく飲んでいるようだった。しかし、時間が経つにつれ酔いが回ってきたのか、こくりこくりと船を漕ぎ始めた。疲れが溜まっていると悪酔いしやすいというし、帰らせた方が良いのではと内心考えていると部長と目が合ってウインクされた。驚きよりも先に、美丈夫って何しても似合うよなぁと感心してしまったことは記憶に新しい。
「課長、帰りますよ。家まで送りますから場所を教えてください」
「んー……」
「ほら、もうタクシー来ますから」
夢現で返事をする月島を支えて、停車したタクシーに乗り込む。呂律は少し怪しかったが、運転手にきちんと住所を告げると再び眠りについてしまった。酔うと暴れたり泣いたりする人もいるが、月島は酔うと寝てしまうタイプの人間のようだ。家に着くまでの間、どうやら寝苦しかったのか首元のボタンを片手で二つほど外していた。おそらく無意識での行動だろう。普段はどんなに暑くてもきっちりと一番上までボタンを閉めているからだ。そのシャツの隙間からシルバーのチェーンが見え隠れしていた。アクセサリーをつけるような性格に見えないのに意外だなと瞬きをする。私服はお洒落だったりするのかも、と勝手な想像を膨らませて、目的地に着くまで頬杖をついて流れる景色を眺めていた。
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「課長ってマンションに住んでたんですね」
着いたのは十階建てくらいの比較的新しいマンションだった。セキュリティもしっかりしているようで中には常駐している管理人がいた。入口でカードキーをかざして番号を入力する必要があるようだ。
自分は、月島はひっそりとしたアパートに住んでそうだなと思い描いていた。決してその日暮らしの生活をしているなんて思っちゃいないが、ただ上手くイメージが沸かなかっただけだ。許して欲しい、と心の中で月島に謝罪する。
月島は少し酔いが醒めてきたようで、肩を貸さずとも一人で歩けるようになっていた。ただそれでも少しふらついていたので注意深く見守る。いつもとは逆で何だか新鮮だなと声を出さずに小さく笑う。そして、エレベーターが軽快な音を鳴らして階数を知らせた。降りてまっすぐに歩き、月島は奥から二番目の扉のインターフォンを鳴らした。
あれ?どうして鳴らす必要が?その疑問はすぐに解消された。
「おかえり、……って誰だ?」
出てきたのは見目麗しい女性だった。その美しさに一瞬目を奪われたが、薬指に嵌められた指輪を見てハッとした。もしや月島は既婚者だったのか、と全身に稲妻が走ったような衝撃を受けた。
「え?…あ、夜分遅くにすみません。今夜の飲み会で課長が酷く酔ってしまわれたので御自宅まで送り届けようと……奥様にご連絡も無しに突然お邪魔して申し訳ありません」
慌てて頭を下げれば、女性は暫し沈黙した後くすくすと笑い始めた。自分はおかしなことを言ったのだろうか、とおそるおそる視線を上げると愛しげに目を細めて微笑む女性と目が合ってドキリとする。
「うふふ、奥様か……うん、そうなる予定だ」
あまりにも幸せそうに微笑むので、可愛い人だなぁとぼんやりと思った。綺麗な人だけれど笑うと可愛い。こんなにも想われている月島が羨ましく思えた。肝心の月島はというと、「こいとさん」と小さく呟いて目の前の女性を抱きしめた。抱きしめられている女性、鯉登は、わたわたと焦って顔を赤らめている。人前でやめろと言う鯉登に対して月島は全く聞く気が無いようだ。動く気配が感じられない。
「課長って独占欲強いんですねぇ…」
「普段はそんなこと無いんだが……こら、離せ…っ…!げんね……!!」
「いやです」
二人の攻防を見て付き合いたての恋人同士のようなやり取りだな、と感じた。実際には鯉登からの口振りから察するに婚約者のようだけれど、長い付き合いなんだろうか……と思考を巡らせて、やめた。あれこれと詮索をして巻き込まれては堪らない。
「それでは、失礼しました。課長のこと宜しくお願い致します」
申し訳なさそうにお辞儀する鯉登とは違い、月島は鯉登を抱きしめたまま此方を向こうともしないので、その差に笑いが込み上げてきてぐっと堪えた。来週が楽しみだな、なんて思いながら軽い足取りでその場を後にした。
*
「……先週はすまなかったな」
休憩時間に最近ハマっているアプリのゲームをしていると隣から話し掛けられた。顔を上げると、目の前に缶コーヒーが置かれる。あ、いつも飲んでるやつだ。細かいところをよく見てくれているんだなと少し嬉しくなる。
雑談において、話し始めるのはいつも自分からだったので少し驚くが、月島の表情と台詞で察した。
「何も覚えていなくて……俺、変なことしてなかったか」
「いいえ、何もありませんでしたよ。……そういえば課長の奥さん、可愛らしい方ですね」
そう言って、にんまりと笑みを浮かべると月島は鬼の形相をして見下ろしてきた。あれ、想像してたのと違うな?と冷や汗が流れる。
「お前………」
「誤解です!!」
必死に叫んで距離を置いても月島は疑いの目を向けたままだ。月島の嫉妬心を甘く見ていた自分が悪いのか。半ば泣きそうになっていると、月島は重い溜め息を吐き出して椅子に腰掛けた。
「あぁ、いや悪い……あの日から鯉登さんの様子がおかしいから、気になって。聞いても話してくれないし」
「おかしいって?」
「目を合わせてくれないし、触ろうとすれば逃げられる」
それ、たぶん恥ずかしがってるだけですよ。呆れて遠くを見つめてしまう。婚約者の立場で高校生みたいな恋愛しないでくださいよ、という言葉を飲み込んでたった一言。
「さっさとプロポーズしてくださいよ」
そう言って缶コーヒーのプルタブを開けて喉に流し込んだ。