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    julius_r_sub

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    2 カチャリと陶器のぶつかる音がした。部屋の中には茶葉の良い香りが漂っている。
     ローテーブルの向こう側には本日から司の下で参謀として働く類がこちらを見据えて、優雅に、薄く微笑んでいた。初見の印象としては、軍人らしくない男、だった。戦場というものを知らないような、そんな風貌を漂わせていた。

    「大臣から派遣されたんだよな?」
    「えぇ、将校殿のお役に立てればと思います。」

     口調も非常に穏やかで、どこぞの貴族の末子か何かなのではないだろうか。所作の一つ一つにも気品が感じられる。

    「……出身は、どの辺りだ?」
    「東部の方です。」
    「東部…………?」

     衝撃の言葉に、司は眉を顰めた。東部とは、30年ほど前からつい最近まで隣国と戦争が続いていた地域を指す。戦況は年月と共に泥沼化し、3年ほど前にこの国が勝利したという形で終えた。勝利、とはいうものの殆ど停戦協定のようなものだ。この国にとって優先すべき地域が、東部から南部のこの森へと移り、隣国にはこれ以上戦う力が残っていなかった。戦場という役目を終えた東部は、戦前とは変わり果てた荒れた土地のみが残された。あんな場所では普通に生活することも出来ないだろう。悪化していく戦況の中、住民は1人残らず東部を離れるか、そこで命を落としたと聞いている。故に、若い兵士に東部出身の者は殆ど居ない。
     類の東部出身というのが真実なら、彼は、あの戦線の中で育っている可能性が高い。東部出身の最後の世代とも言える。

    「やはり、驚かれますよね。今や東部出身の者など居ませんから。」
    「あ、あぁ……、お前ほど若く東部出身だという奴は居ないんじゃないか?」
    「いえ、私くらいの年齢ならば軍の中にも意外と居ますよ。私より下ならば……そうそう居ませんが。」
    「ん……?」

     類の言葉への違和感に、彼の顔をジッと見つめる。「私くらいの年齢ならば」の意味をどう取っていいのかが分からない。戦争開始から5年も経つ頃──25年前には、東部の中でも西側の方にしか住民は居なかったはずだ。10年後にはその地域も戦場となった。

    「お前、20代……だよな?まだ結婚もしていないというし……」

     何となく、聞く声が震えた。確かにあの東部の戦争が始まる直前までに東部で生まれた者なら軍にも居る。特に東部の、自分の生まれ育った土地を取り戻したいという気持ちを抱き入隊した者が多い。だが、類はどう見てもその年齢には見えない。
     類は司の問いに口角を上げる。

    「あぁ、私は戦前の生まれですよ。14歳位まで東部に住んでました。」
    「え…………っ。」
    「あなたこそ、実年齢より大分若く見られがちだと聞きましたよ。失礼なことを言いますが、私も最初歳下かと思いました。」

     有り得ない、という言葉は喉から出てこなかった。類の実年齢にも、自分がそう思われていたことも驚きだ。司は呆けた顔を浮かべ、「そうか」と言うに留まった。

    「そういえば、あなたは東部の戦争には……」
    「っ、行ったことがある。入隊して最初に見た戦場が、東部戦線だ。」
    「……何年くらい前のことですか?」
    「ん……?20年ほど前だが……」

     東部の戦線は、酷い有様だった。司が初めて東部の地を踏んだその時には、既に焼け野原同然で、戦線は徐々に西へ押されていた。前線からほど近い村の住民は日々砲撃の音に怯えていたのを覚えている。
     国の人々を、家族を守る為にと、戦争を殆ど知らないまま意気揚々と入隊した直後だった司にとって、あれは地獄絵図だった。

    「あの、こんなことをあなたに聞くのはおかしいかもしれないのですが……」
    「ん?どうした?」
    「その頃、軍の中に女性の方は居ましたか?」
    「女……?いや、見てない、うーん、待てよ……」

     司の覚えているあの頃の光景に、女の兵士なんて存在しない。絶えず響く砲撃音、鉄砲の音、火薬の匂い、形を保てていない死体と、それが焦げる匂い。衝撃的な風景は未だに脳に焼きついている。
     思い出すと、胸が苦しくなる。命があんな軽く刹那的に散ってしまうのは、もう見たくない。身体が覚えたあの匂いをかき消すために、司はまだ熱いティーカップに口をつけた。

    「──いや、やはり見ていないな。野戦病院にいる修道女と見間違えたんじゃないか?」
    「……そう、ですか……」
    「何かあったのか?」
    「まぁ、恩人みたいなものです。死にかけていたところを、助けて頂きました。」
    「ほう、そうだったのか。だが私の覚えている限りだと、女の兵士はいなかったな。すまん。」
    「いえ、大丈夫です。私も分かっています、女性の兵士なんて居るわけがないと。きっと、何かを見間違えたんでしょう。子供の頃のことで記憶も曖昧ですし、もしかすると、あなたの言うように修道女だったのかも知れません……」

     カップをテーブルに戻し、彼に視線を戻すと、彼は心底残念だと言いたいような顔をしていた。恩人に一言でも礼を言いたい気持ちは痛いほど分かる。けれど、その恩人が居ないのでは、歯痒くて仕方がないだろう。だから司は、何か力になれないかと、とある質問をぶつけた。

    「見た目の特徴とかは、覚えていないのか?」
    「そうですね……、」

    「綺麗な、肩より下まであった金の髪しか覚えていません。」

     髪を伸ばしていた兵士なら何名か居たから、それを見間違えたんじゃないだろうか。司は素直にそう語った。
     実は、司は前線に居たとはいえ、すぐに東部から離れている。戦いの中、負傷して使い物にならないということで別の地域の後方支援に回されたのを覚えている。それに、同じく髪を伸ばしていた司は、戦場の中で死にかけていた少年を助けた覚えなんてなかった。

     輝くような金の瞳を持った青年なら、助けた覚えがあるのだが。
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