リーマンおそチョロ「ね、チョロ松。次の契約取れたらなんかちょうだいよ」
「はあ……?」
僕には松野おそ松という同期がいる。営業部のエース。新入社員の研修のときからやけに気が合って、新入社員のグループチャットを作るよりも先に連絡先を交換しあったくらいの仲だ。もうあれから8年位になる。
今日はそいつと飲みに来ていた。
金曜夜、駅前のチェーン店の飲み放題で、とりあえずの生を飲み干して3杯目のハイボールを飲んでいるところで、おそ松が馬鹿なことを言い出す。
「なんで僕がお前の仕事ぶりに報酬出さなきゃいけないんだよ。なんなら僕に奢れ」
持っていた焼鳥の串でおそ松を指しながら言い返す。
契約とれたら歩合制の給料上乗せされんの知ってんだからな。人事の僕がお前の給与計算毎月やってやってんの覚えとけ。
「ええ〜、じゃあ俺が奢るからその代わりに何かちょうだい?」
「いやそれもおかしいだろ。自分で買えよ」
「だって人からご褒美もらいたくない!?えらいね〜よくできまちたね〜!って褒められたくない!?」
「赤ちゃん!?いまどき小学生ですらそんな褒められ方しなくない!?」
「俺はされたいの!」
さすが奇跡のバカだ。本能のままに生きてやがる。僕だってされたいわそんなん。
「でもまあお前の奢りなら考えてやらんこともない」
「えっうそ!いいよ何でも奢る!回らない寿司と焼肉以外ね!」
「はあ!?焼肉くらい連れてけ!」
「じゃあ食べ放題ね」
「うっわ……みみっちいやつだな」
「うっせ!俺だって毎月ピンチなの!」
お前のピンチは競馬とパチンコのせいだろうが。クズの代名詞みたいな趣味しか持ってないなこいつ。僕のために我慢すればいいのに。
「じゃあお前が連れてってくれるところに応じて僕からの報酬も考えてやるよ」
「……念の為聞いていい?食べ放題の焼肉だと何貰えんの?」
「……うまい棒30本」
「そんなんパチでもらえるわ!」
「ああ!?じゃあパチでもらってこいや!」
「やだー!!お願いもう一声!もう一声!」
パチンコでもらえないもの。果たして何があるだろうか。
ここだけの話、僕は人に手元に残るものをあげたいほうではない。もっぱら消耗品がいい。お菓子でも缶詰でもティッシュでもいいけど。
他人の生活に溶け込むような何かを渡せる気がしない。というか、単に気に入らないもの渡されても邪魔だろってなるのが嫌だからなんだけど。それにこいつにはクソダサいとよく言われているから、そこらが妥当だろう。
「あー……じゃあバームクーヘン」
「引き出物じゃないんだからさあ」
「めんどくさ……。いくらは?」
「それはちょっといいな」
「僕あれ食べてみたいんだよね。サーモンの塩辛」
「えっなにそれ!じゃなくてぇ!」
「……なんだよまだ文句あんの?」
おそ松は不服そうな顔で何もついていない串をいじる。皿に立てたり、指先を擦り合わせてくるくる回したりしながら、小さく唸る。
「……文句じゃないけどぉ」
「なんだよ。じゃあ欲しいもん言えよ買ってやるから」
「……じゃあビールサーバー……」
「高えよ!下手したら回らない寿司より高くない!?」
「うそうそうそ!ちがうの!チョロ松に選んでほしいの〜!」
思わずツッコめばわめきながら突伏する。じゃあいくらかサーモンの塩辛しかないだろ。一緒に食えるし。焼肉の代わりにこいつに日本酒買ってもらって宅飲みするんでもいい。
突伏したおそ松のつむじを見ながら、ハイボールを手に取った。そのままジョッキを呷ると時計が見えた。
あ、今日アニメの特番やるんだった。放送直前スペシャル。こいつの相手もだるくなってきたし。
「ねえ、僕そろそろ帰んなきゃ」
「え、うそでしょ!?まだ10時だよ!?」
うなだれていた頭が飛び起きて、僕を責めるような顔と目があう。
「そうだけど今日見たい番組あったの忘れてた」
「どうせ録画してんだろ」
「まあね。いや普通にお前の相手だるくなってきたなと思って」
「ねえそういうの言わないでぇ!?心臓キュッとするから!ここで解散すんならお前んちついてくかんね!?」
「かまってちゃんにも程があるだろ」
とは言え正直こいつのことが嫌いかと言うとそうでもない。なんなら好き。もっと言うと付き合いたい。
ぐずぐず言ってるこいつの姿を見ていると、それなりに支配欲が満たされるというか、なんというか。有り体に言えば、僕は恋愛感情でもおそ松のことが好きだった。
これは回想だ。
僕がまだ入社2年目で、人事部に配属されて少し経った頃。OJTも終わって、一人で仕事を任されるようになってきたときのことだ。
久々に中途採用の応募をかけたところ、それなりの数が応募してきた。先輩と分担しながらも、履歴書を読んで落とすか落とさないかを決めて、落とさなかったら面接の日程のメールを打つ。
メールは定型文でもいいけれど、スケジュールは変則的で、19時からなどの希望が相次いだ。向こうは仕事をしつつ新しい転職先を探しているらしい。この時点で残業が確定している。
ついでに日常業務に加わって勤怠のシステムが一新するやらで資料づくりや何やらと、業務が重なりに重なって目が回るような忙しさに見舞われた。
2年目とはいえ、現場に入って1年経つか経たないかくらいだ。そんな大層な仕事ができるわけもなく、先輩に指示を仰いで、失敗しては報告しにいき、リカバリーをしてもらいと自己嫌悪が募る一方だった。
「も……、やめたい……こんな会社…」
一人で22時近くまで残業しながら泣き言を漏らす。泣き言っていうか実際にちょっと泣いていた。
フロアの暗さが悲壮感を倍増させる。ホラーの演出でしかないと思ってたけど実際にあるのかよ。
先輩たちは先に帰ってしまった。申し訳無さそうにしていたけれど、僕もあと30分くらいで帰るので、なんて大見得を切って4時間近くも残っている。途中で電気もったいないと思って自分のデスク近くだけ照明を残して、あとはスイッチを切っていた。
カタカタとキーボードを打ちながら、一段落ついたら絶対に帰ると心に誓う。喉も乾いたし、お腹も空いた。けれどここでなにか買ってしまった確実に4時間以上残ることになる気がする、と自分を奮い立たせる。
「あ、チョロ松おつかれ〜!はい、差し入れ」
「……は?」
「あ、ちょっと泣いてる」
「な、泣いてない!」
「あとどんくらいよ?」
いつの間にか隣に座っていたおそ松から缶のカフェオレが渡される。じゃなくていやなんでいんの?
「なんでって顔してんねえ。最近人事がめちゃくちゃ忙しいって聞いたから来ちゃった」
「来ちゃったっておまえ……。そっちも残業なの?」
「いや?おれは飲み会の帰りに忘れ物取りに来たの」
「殺す……」
「うわ物騒。ほらあとどんくらいで終わんのって」
呆然としていつまでも手に取らなかったカフェオレを無理やり持たされた。それでも飲んだら負けなような気がして、プルタブを開けるのをためらった。冷たいカフェオレの缶が手の温度を奪っていく。缶から滲む結露がスラックスを濡らした。
「あー!もうほら!」
おそ松は僕に持たせた缶を奪って、勝手にプルタブを開ける。それからまた僕に無理矢理持たせた。そこまでやってもらってやっとカフェオレを一口飲み込む。冷たさと程よい甘さが喉に染みた。
「みんな帰っちゃった……」
「そうだねえひどいねえ」
「僕が仕事ができないせいで……」
「あー!あー!よく頑張ったねえチョロ松〜!」
焦ったように僕を宥めるおそ松がちょっと面白くて、すこし嬉しくなった。
鼻をすすって、息を吐き出して気分を整える。
「……ごめんありがとおそ松。これ終わったら僕も帰るし、先帰っていいよ」
「……なんか手伝えることあったりする?」
「ないよ。ほら早く帰った帰った」
「ええ〜もうちょい話そうよ〜!」
僕が気を取り直してパソコンに向き直るとおそ松が駄々をこねる。絶対僕のせいじゃん。
こいつのこういうところが営業向きなんだろうな。わかってるのに嬉しい。人の機微を感覚で読み取って、してほしいことをしてくれる。人の懐に入るのが得意なやつだ。
「……じゃああと30分で終わらせるから、待っててくれる?」
僕はそれに甘えてしまう。
「いーよ」
「……となりでなんか話しててほしい」
「そういうの俺ちょー得意」
雑音があるほうが集中できるって方ではないけれど、今は人の声が愛しい。
隣でなにかを喋っているおそ松の声を聞きながら急いで残りの作業を終わらせた。
内容も聞き取れないまま適当な相槌をうっていたけれど、おそ松がそれに対して、でしょお?とか、んでねとか返事をしてくれるたびに嬉しくて泣きそうになっていた。
「終わっ……た!!」
エンターキーを押して、背伸びをすると隣から保存しなきゃだめだよぉ、なんて間延びした声が聞こえてくる。それもそうだと思って、保存のショートカットキーを押した。ctrlとS。ショートカット覚えると楽だよと先輩に言われて、本を買って覚え中のショートカットだった。
おそ松が、俺保存すんの忘れてひどい目にあったんだから、なんて続けて言うから思わず笑ってしまった。わかる、僕もやった。
「保存した?」
「した!」
「じゃあ飲み行こ!」
「え!?お前だっていま飲んできたんだろ!?」
「お前とはまだ今日飲んでないもん」
「いや流石に悪いって。僕のことはそんな気にしなくていいし。だいぶ調子戻ったし」
気を遣われているのは流石にわかった。たしかに同期がフロアに一人で泣いてたらさすがにビビる。
だからといってそこまで付き合わなくていい。しかも今日水曜だぞ。
「……じゃあ金曜行こ」
「うん」
このあたりからもう好きだったと思う。
カフェオレ開けてくれた面倒見の良さとか、飲みを断ったときのしょぼくれた顔とか、なんかぐわっときた。いまでも思い出すとちょっとにやける。この週はおそ松と飲みに行けることを糧に乗り越えたのを今でも覚えている。
まだ自覚はしてなかったけど、思い返せばこのときから好きだった。
ちなみに自覚したのは、僕とおそ松の立場が逆になって僕が助けてやったとき。助けてやったっていうか借りを返しただけではあったんだけれど。
昼飯誘ってちょっと褒めてやったら涙目でチョロ松〜っと手にすがりついてくる姿を見て、こいつは僕が守らなきゃと確信した。そこからはもう転がり落ちた。
なんやかんやあって今は喋れる推しくらいの立ち位置に認識している。好きな人、みたいな甘酸っぱいところに置いてしまうと緊張して喋れなくなってしまった前科がある。いい歳して思春期みたいな反応してる場合じゃない。
だからといってあわよくば、と思ってないわけじゃないけど。
「ねえ、聞いてんのチョロ松!」
「えっ、ああ……なに?」
「聞いてないんじゃん!」
「だからなにって」
「……本当にもう帰んのぉ?」
こういうのに弱い。甘え上手というか、僕がいなきゃって思わせる。
ビールジョッキを口に当てて、目だけで訴えてくる。眉根を寄せて、わかりやすく悲しいですみたいな顔を作ってくるんだ。きっと大学のときにこういう技を連発して朝帰りとかしまくってる情景が脳裏に浮かぶも僕はこいつを拒否できない。
「……仕方ないなあ」
「よっしゃ!あ、別にお前んちでもいいよ」
「はあ?……別にそれでもいいけどさあ」
本当に来るのか来ないのかわからないトーンに、本当に来ても来なくてもどっちでもいいですけど?みたいなトーンで返す。
あわよくばを狙ってるやつの家に上がり込むなんて馬鹿なやつだなあ、とは思うだけ。手を出す勇気なんてない。そもそもこの歳からまじで同性と付き合ってどうにかなれる自信なんてない。自分の中の常識が今は憎い。
「え、ま、まじで?まじで言ってる?」
「え、そんな疑うとこある?来るなら来れば。なんの構いもしないけど。あ、でもアイドルグッズ汚されそうだからやっぱやだ」
いくらおそ松とはいえ、にゃーちゃんのグッズを汚されたらマジギレしてしまう。金輪際赤の他人になってやるとまではいかないけど、大学時代から僕の辛い時を支えてくれたのはおそ松ではなく、にゃーちゃんとアイドルファンの仲間たちだった。そこだけは譲れない。
「じ、じゃあさ……俺んちは?」
「お前んち?」
それならいいかもしれない。自分ちだと万が一ってこともある。アイドルグッズの話じゃなくて、僕があわよくばを狙ってしまうかもの話だ。さすがに僕だって人の家で気が大きくなったりはしないだろう。酒の程度によるけど。
まあ心配はいらない。なんたって童貞だしね!?
ごちゃごちゃ言ってはみても、あわよくばを狙える技量なんて僕にはない。
「汚そう。おっさんの裏側の匂いとかしない?」
「しない!ってかどんな匂い!?んね、どう?なんなら泊まってってもいいし。でさ、明日の昼飯食べに行って解散とかどうよ?」
「あーいいかも。なんか昼うまいとこあんの?」
迷ってます風に聞きながらももうだいぶ傾いている。前に聞いた話、おそ松の家はたしかここから5駅くらいだったはずだ。僕はここから3駅乗って乗り換えて6駅だからおそ松の家のほうが近い。泊まってっていいとまで言われると今から自分ち帰るのだるいとなってしまうのは仕方のないことだと思う。
「何食べたい?」
「明日の昼とか思いつかねえ〜……。牛丼かファストフードとか…?」
「ある!配達も頼める」
「……それかラーメン……?」
「あるある!超絶うまいとこある!」
「オムライスもいいな」
「あるあるある!オムライス食べれるかで立地選んだとこあるよ俺」
「それはないだろ」
「いやファミレスあるから」
ファミレスかよ、と呆れながらもなんでか必死そうなおそ松がかわいかったので乗ってやることにした。よっぽどのさみしがりやか?
2軒目も決まったことだし、横に置いていた上着と鞄を引き寄せる。
「んじゃ行くか」
「えっもう!?」
「だめなの?」
「だめじゃないけど、あーー!やっぱちょっとまって!いやいっそ!いやでも!!」
「……なに……そんな部屋汚いの?」
「汚くない!いやうそちょっと汚くはある」
「あ、うん」
やっぱ行くのやめようかな。
こいつのズボラさを見ていると、おそ松のいうちょっとが僕のとてもに相当しないことを祈ってしまう。
そんなことを思いながらもふざけながら会計を済ませ、コンビニで缶ビールとチューハイとチルドと出来合いのつまみをいくつか突っ込んでからおそ松の家にたどり着く。
リビングはそこまで汚いというわけではなくて、普通に座る場所もあった。気になるところといえば今朝のパジャマが放り出されてるところくらいだった。よく見れば髪の毛やらも落ちているんだろうが、そこまでの検分はしないことにする。
ソファとローテーブルの間に座ってビールを一本飲み終えたところで、隣に座っているおそ松がそういやさ、と思い出したように話しだした。
「チョロ松なんかいつもお菓子とかしかくれないじゃん。あれなんで?」
「いつも言ってんじゃん。残らないもののほうがいいだろ?趣味合わないと相手も困るしさ」
「そうだけどさぁ!俺は出張帰りとかにお前に置物とかあげてんじやん」
「いやあれまじでなんなの。ミラーボールって。つけた瞬間家ん中ディスコになったわ。しかも名物とかじゃなくてどこでも買えるし」
「元気でるっしょ」
「めっちゃ出る」
なんならアイドルさんのライブ見ながらペンラ振ってる。実は僕の生活にかなり溶け込んでる。でもこいつの趣味がいいとは思ってない。
「俺はそういうのがほしいのぉ」
「お前は毎日頭んなかディスコみたいじゃん。それ以上馬鹿になってどうすんの」
「そうじゃねえーー!そうじゃないの!!俺もとっとけるものが欲しいって言ってんの!」
こいつが机に拳を叩きつけるたびにビール缶がカタカタと揺れる。紙相撲みたいに僕のビール缶も揺れてどんどん近づいていく。
「そうはいってもお前僕のことクソダサいって言うじゃん。絶対趣味合わないだろ」
僕は僕の趣味が堅実で慎ましやかで大変奥ゆかしいわびさびみたいなあれだと思ってるが、おそ松とは絶対に趣味が合わない。チェックシャツの何がだめだっていうんだ。
ミラーボールだけはなぜか馴染んでしまったが。だってあれプラネタリウムも見れる。
「あのさあ……あ……ひ、引かないでね?」
「は?」
「……お前がそういうこと言うから俺こんなんまで取っといちゃってんだけど」
おそ松がいきなり立ち上がり、ベッドの下からガタガタと何かを引き出す。出てきたそれを見ると有名なデバ地下のクッキー缶だった。
「……クッキーベッド下に保存してんのはさすがに引くけど」
「違うから!中身はとっとけるやつだから!」
おそ松は意を決したようにクッキー缶を開ける。中には何らかのメモ帳やファミレスのクーポン券なんかが入っていた。
「クッキー缶ゴミ箱にしてんのも引くけど……」
「だからぁ!見てって!」
「はあ……」
中に入っている紙一枚をつまんで見てみる。なんかベタベタしてない?やっぱゴミでした〜みたいなくだらないいたずらじゃないだろうな。訝しげに紙を観察してみれば、なにか文字が書いてある。
おつかれ今日飲みいかない?と書いてある。見覚えがあるようなないような。
ベタベタするって付箋かこれ。つまりなに?気になるあの子からの付箋を保存しておく用の缶なのこれ!?
それに気づいた瞬間、頭から血の気が引く。けれどここで帰るわけにも倒れるわけにもいかなくて、ごまかすように口を動かす。
「……え、ええ〜〜?おそ松お前……好きな人からの付箋とか取っといてるってこと……?ちょっといきなりお前と恋バナとか心の準備が……。えっと僕の好きな人は橋本にゃーちゃ」
「だーーっ!ちげえって!よく見て!!これ誰の字!?」
「あ……?……あ、僕の字かこれ。……え?もしや付箋がほしいってこと!?」
付箋もよく見れば僕の字だった。わりと適当なときのやつ。たしかにおそ松に用があるときに書類に付箋をつけて渡したりしたな。
僕のあげた付箋の文字を消して再利用してるってこと?さすがにそれは卑しすぎない?
いくら競馬とパチンコやってても付箋買う金くらいあるだろ。というか僕の部署は付箋くらい備品にあるけど営業は外回り中心だから置いてないのか?
「再利用するくらい付箋に困ってるならさすがに言えよ……」
「あれえ!?そうなっちゃう!?さっきのが近かったわ!」
「はあ……?」
「全部お前からもらったやつだから!」
「えっ、キモ」
わけがわからなくて反射的にそれっぽい反応を
返してしまう。僕がおそ松にあげた何かしらを全部取っといてるってこと?
よくよく思い返せばこのクッキー缶もなんかのお土産で渡したことあるやつだし、クーポン券も使わないからって押し付けたやつだ。期限なんかとっくに切れてる。
理由が謎すぎるし普通に気持ち悪いな。なんかの脅しにでもされるのだろうか。粘着のなくなった付箋と期限切れのクーポンが役に立つ日が来るとはおもえないけれど。
でもかといって別に悪い気はしない。
「引かないでって言った!」
「了承はしてない。……いやごめんて。そんな引いてないよ」
「……ほんと?」
「ほんとほんと。お前って意外と人からもらったものとか捨てられないタイプなんだね」
ガサツそうに見えて、人情に厚いというかこういうところが営業向きなんだろうか。僕はこういうことをされるとこいつは僕のことを好きなんじゃないかと思ってしまうけれど。
もしやこの部屋の家具全部友達からもらったものだったりすんの?
僕はこいつと違って人と付き合った経験もないし、なにが好意なのかわからない。
こいつにとって、これが友愛なのかもしれないことを思うと嬉しくもあるし、切なくもある。
「……あー……んん……んあー……そうかも?」
おそ松は何かを言おうとして、口をつぐんでからまた開いて無意味な声を出す。喉になんか突っかかったみたいな。
「いいよ。何がほしいの」
「え!くれんの」
「ここまで大事にしてくれんなら、まあ……いいかなって……何がほしいの?」
「いやそこはチョロ松が考えないと意味なくない?」
「へ?そうなの?」
「そうでしょ」
「いいけどさ、ダサいとか言うなよ」
「それはちょっと確約できないけど」
「おい!」
へらへらと笑いながらおそ松はクッキー缶の蓋を閉めて、またベッド下に戻す。エロ本とかもベッド下に隠すタイプか?
僕の付箋がエロ本と同列なのもなんかあれだけど。っていうかなんでわざわざベッド下に閉まってんの?一人暮らしなのに。まあ、缶と一緒に寝るのも嫌か。
「……ていうかさ、なんかあげるからそれ捨てれば?」
「……は?」
「クーポン券とか期限切れてるし、付箋も粘着部分結構汚れてるし汚くない?」
「ち、ちょっとそれは考えさせて……」
「え……いや、まあ……お前のだし無理にとは言わないけど……」
「うん……」
なぜか盛り下がってしまった空気を変えようと新しいビールを開ければ、プシュッと小気味いい音が鳴った。ビールを一口飲んで思い出す。
「てか、お前が契約とれたらの話だしね」
「……そうじゃん!?いま完全にもらう気だった!」
「こんなんでやる気出んの?」
「出る!めっちゃ出た!」
首洗って待ってろよチョロ松!と得意げに笑うおそ松を眺めながら、あっそと答えるしかなかった。
本当、なんか勘違いしそう。
おそ松がなにやらとてつもないところの契約をもぎ取ってきたと聞いたのはこの2週間後の話だった。