いいこはおしまい「オサムはいいこだな」
なんとなしにそんな言葉がでてしまった。伝えるつもりはなかったけれど、とっさに訂正するには嘘ではなかったし、最近よく思っていたことだった。
「ぼくが?」
ふたりきりで学校から帰る途中だった。行き先は玉狛支部だ。
「今日はなに先輩のとこだ?」
「今日は出水先輩と唯我先輩のところだな」
「ほら真面目に訓練してるし」
「それは空閑もだろ?」
「む」
たしかにそうだった。
今日はかげうら先輩とランク戦の予定だし、そのあとはログを見直してきっと夜も眠れずに復習をする。なんならオサムより訓練に当てられる時間は多い。
「空閑が思ってるよりぼくはいい子じゃないと思うが……」
オサムに言わてたしかに警戒区域の柵をペンチで切ったり、会見に乱入したり、ランク戦でついたあだ名は嫌がらせメガネだったことを思い出して、頬をふくらませるしかなかった。
しかも半分くらいはおれも加担している。
「でもがんばってる……」
「それは空閑もだろ……。それに千佳もヒュースもだ」
「それもそうだな……」
ちょっとぐらいサボってくれたらこっちも楽なのに、とは思うけど。きっとそんな人はボーダーにはいない。特にB級以上は絶対に。それに手を抜いた相手と戦うのは楽しくない。
どちらにせよおれはいいこについて語りたいんじゃない。じゃあなんて言ったらいいんだろう。でも本当はこんなことを言いたいんじゃない気がする。
「あ、猫だ」
「猫?」
「ほら」
オサムの指先を見ればオレンジ色の猫が誰かの家の玄関の前で大人しくおすわりをしながらにゃあにゃあと鳴いていた。
「飼い主を待ってるのかもな」
「帰ってくるのを?」
「ああ。お腹が空いただけかもしれないけど」
鳴いてる猫をぼーっと見ていると、ガチャと音がしてドアが開く。どうやら中に飼い主がいたらしい。
おかえり、と言われながら猫は飼い主に抱えられて中に入っていった。その様子がどうにもうらやましく感じている自分に気付く。
「空閑? 置いてくぞ」
猫の様子に見入っていたおれを置いてオサムが数歩先に進んでいた。猫がいるっておれに教えたのはオサムなのに。
「すまん、さっきの猫見てた」
「そんなに猫好きだったか?」
「いや。あの猫すぐに家の中に入れてもらってた」
「へえ、よく気付いてもらえたな」
「たしかに。ドア引っかきもしなかったのにな」
玄関の前で鳴いてるだけで家に入れてもらえる猫がうらやましい。
オサムの方へ早足で向かう。
結局のところオサムがおれにかまってくれないのがつまらなかったんだ。ただそれだけ。
オサムが先輩にも友達にもライバルのところにも真面目な顔して相談しに行ってしまうのが少しさみしいだけの話だ。
そう言ったら空閑もだろって言い返してくれるだろうか。
「……空閑もいいこだよ」
いいこだなんだと騒ぎすぎたせいか唐突にオサムから頭を撫でられる。量の多い髪をすり抜けて、オサムの手がすりすりと動く。
「……じゃあいいこはおしまいだ。いまからおれはわるいこになる」
だからオサムもみんなのわるいこになって、とぼやいてみたらオサムはもう一度おれの頭を撫でながら言った。
「夜になったらな」
「……仕方ないな」
それまではいいこでいてやる。