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    huzuwhite1

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    にっかせ
    20211128
    閃華の刻 頒布

    引き出しの中の脅迫状 僕が脅迫状を受け取ったことに気づいたのは、とある晩のことだった。
    「は⁉」
    思わず大声を上げると、ちょうど廊下を歩いていたらしい長義が障子越しに呼びかけてきた。それに何でもないと返事をして、文机に向き直った。手にした紙をもう一度眺めて、思考を反芻させた。文机の引き出しの中に一枚、紙が入っていた。
    僕が風呂から上がり、部屋に戻ってからいつものように文机の引き出しを開けて、紙と筆を取り出す。筆と言っても最近はもっぱらボールペンを使っていた。筆ももちろん好きだが、風呂上りに筆を洗ったり、寝巻に墨が飛ぶことを思うとこのボールペンというのはなかなかに便利だった。
    引き出しを開けて中身を取り出そうとしたところで、身に覚えのない紙切れが入っているのを見つける。その紙切れを手に取って見てみれば、文章が書いてあった。
    十二月五日(日) 十時半 万屋前にて待つ。
     今日は十一月二十八日で、脅迫状に書かれた日付はちょうど来週を指していた。

    「亀甲、少し聞きたいことがあるんだが」
    「おや、歌仙くん! どうしたんだい?」
     朝一番に亀甲を探し出して声をかける。聞きたいことはあの脅迫状について、ではなく机について。
     この本丸では先月フリーマーケットがあった。本丸の改築に伴い、これを機に本丸をきれいにしよう審神者の提案だった。たしかに最近は刀剣男子も増えつつあり、家具やら何やらを買うだけ買って、物置に物が増えていく状況が散見されていた。業者のトラックを呼ぶから不用品がある人は内容を紙に書いて提出するように、と審神者からチェックシートが配られた。
     だが、そのチェックシートの集まりが芳しくないと審神者が不思議そうに僕たちに尋ねてきた。僕も提出しなかった側だが、それなりに言い分があった。それは皆も同じだったのだろう。
     まだ使えるものを捨てるのは忍びない、いつか使うかもしれない。使わないけれど高かったのに、など理由は似たり寄ったりだがたしかにあった。そもそも僕たちは物の付喪神なので、物に共感してしまうところもあるのだと思う。
    「じゃあフリーマーケットをしよう」
     そういう声を聴いて、審神者が言い出したことだった。フリーマーケットもとい交換会を開催することになった。代金はお金ではなく、部屋における家具の数とする。例えば部屋に本棚五つ分のスペースがあるなら、そこに収まるように交換する。本棚がひとつ欲しいなら、文机をふたつ手放す要領だ。とはいえ、ただ単に物をなくせば良いというわけでもないから、そこまでの厳密なルールは設けないとのことだった。自室で毎日寝起きできる程度のスペースを確保すること。明らかに部屋の容量を超えることがないようにすること、のみ守ればよいとのことだった。そして引き取り手がいなかった物に関しては、状態によって捨てるかリサイクルショップに出すことで決着した。
     そこで僕は亀甲からあの文机を交換したのだった。
    「君って誰かから恨まれてたりしないかい?」
    「え?」
    「あ、いや、いきなり不躾にすまない……」
    「へし切長谷部くんにはよく睨まれたりするけど、恨まれるまでいくかなあ。うーん、それ以外には覚えがないし」
     不思議そうにしながらも答えてくれる亀甲の顔を見ていると、嘘ではなさそうだった。
     僕が考えたのは、あの脅迫状は元からあの机に入っていて、亀甲が取り出すのを忘れてそのまま僕に譲ってしまったのではないかという線だった。
    「長谷部から脅迫状などを受け取ったことは?」
    「脅迫状かい? うーん、それもないかなあ。もしかして僕って長谷部君くんからそんなに恨まれているのかい?」
    「あっ、いや……そ、そういうわけじゃない」
    「でもご主人様が長谷部くんをかまっている間、僕は放置プレイをしてもらっていることを思うと僕は彼のこと嫌いじゃないんだけどなあ」
     君のそういうところは長谷部と相性が悪いと思うが、なんて余計なことが口をつきそうになったがすんでのところで耐えた。実際のところふたりは毎日喧嘩しているなんてこともなく、審神者が絡まなければごく普通だった。絡むと一気にうるさくなるが。
    「……机に身に覚えのないものが入っていたから、もしかしたら君のものかと思ってね」
    「おや、そうなのかい? ……でもそうだなあ。あれ実は僕のものじゃないんだ」
    「えっ」
     まさかの事実に目を見開く。たしかに僕は亀甲からあの机を譲り受けたはずだが。固まった僕を横目に亀甲が説明してくれた。
    「自分は他に捨てたいものもないから、僕のところに置かせてくれないかって頼まれたのさ。もし欲しい人がいればあげてしまっていいよって」
     本丸で行われたフリーマーケットは、持ち主の名前が書かれたブルーシートの上に品が置かれているだけだった。気に入ったものがあればそこに自分の名前を書いた付箋を貼って、持ち主に声をかける。基本的には先着順だ。もともと物が少ない男士たちはまとめてブルーシートを使っていたり、ほかの男士のところに置かせてもらっていた。亀甲も頼まれた口なのだろう。
    「だ、誰に?」
    「えーと、にっかり青江くんだったかな」
    「そ、そうか……。」
     にっかり青江。よりにもよってだった。
     青江は僕とほとんど同じ時期に顕現した刀だ。だからか部隊も同じで、練度も同じくらいで、どちらが先に練度が上がるか言外に競っている節がある。少なくとも僕は意識してしまっている。あいつより先に練度を上げたいと思っているし、手合わせの前日は眠りにくい。
    いまのところ勝率は五分五分だ。戦場に出れば二刀開眼で敵をなぎ倒したりするが、本丸内となるとどうにも意識してしまう。というか戦場以外であまり雑談をする仲ではない。青江の偵察力や観察眼は目を見張るものがあるが、素直に偵察の仕方を教えてくれと言えるほど僕は素直ではなかった。
     そういう事情で青江のところに僕から出向くというのはあまり気が進まない。だが、僕にはあの脅迫状の犯人を捜す必要がある。
    明日でもいいだろうか。
    「亀甲、この件は内密に頼む」
    「ああ、わかった。誰しも秘密は持っているものだからね!」
     面倒ごとを起こさないためにも、亀甲にお願いすると、興奮したように首を縦に振ってくれる。
    あらぬ誤解をされた気がするが、いまはそんなことを気にしている場合ではなかった。


    「にっかり青江! 聞きたいことがある!」
     僕がにっかり青江の部屋を訪れたのは、結局翌々の昼過ぎのことだった。僕が尻込みして尋ねられなかったわけではなく、にっかり青江が捕まらなかったせいだ。最近、非番の際はどこかに出かけていることが多いらしい。
    「どうしたんだい? 君が来るなんて珍しい。しかもそんな切羽詰まった顔で」
    「……この前机をもらったんだが、元は君のものだと聞いてね」
    「ああ、亀甲から聞いたよ。僕のは君によく馴染んでくれているかい?」
     青江は、卓袱台にポットと急須を置いてお茶を飲んでいた。僕の方を向いて、持っていた湯飲みを置いて返事をする。立ったまま話を続けようとするとまあ座りなよ、と青江が卓袱台を挟んだ自分の前を指さしながら促した。
     そこまで言われると立ったまま話を続けるわけにもいかず、居心地の悪さを感じながら青江の前に胡坐をかく。するとお茶の入った湯飲みが僕の前に置かれた。そんなに長居するつもりはなかったが、この待遇を見るにいきなり来た割には歓迎されているのかもしれない。なんとなく罪悪感を抱きながら、出されたお茶をすすった。
    「……なんと切り出せばいいのかわからないんだが」
    「うん」
    「だ、誰かに脅されていたりとかしないかい?」
    「僕が?」
    「ああ」
    「覚えがないねえ」
    「そうか……」
     会話が続かない。短い単語のような応酬に気が落ち着かない。このまま黙っているのも気まずいが、何を喋ればいいかもわからない。
    「す、すまない。おかしなことを聞いた。忘れてくれ」
    「何かあったのかい?」
    「いや……うんきっと気のせいだ」
    「なにかあの机に入っていた?」
     その言葉を聞いた瞬間、ドッと汗が噴き出るような感覚がする。
    「……あ、ああ。いや、もしかしたら机の持ち主のものだったら返さないと、と思ったんだが」
    「そうなんだ。でも中に何も入っていないのは確認済みだよ。引き出しの底の底まで確認したからね」
    「きっと僕の勘違いだ。どこかで間違えて拾って一緒にしまってしまったんだと思うから気にしないでくれたまえ」
    「でも脅しみたいな文章が入っていたんだろう?」
    「いや。よく考えてみれば怖い文章でもなかったし」
    「そうかい? 何かあれば言ってほしいな」
     そう言ってくれる青江の顔は、心なし心配してくれていそうに見えるがいまいち計り切れない。
    「ああ、ありがとう。あとお茶もおいしかったよ。湯飲みを温めてから入れるといいよ」
    「そうなんだ。じゃあ今度教えてよ」
    「いいとも。今度だね」
    「ああ、手取り足取りね」
     お茶を飲み切って、立ち上がる。とくにここでも収穫はなかった。
    「そうだ。あの机、二重底になってるんだけど気づいたかい?」
    「っそ、そうなのかい? それは、気づかなかったな」
    「うん。僕も知らないで買ったんだけど、意外と便利だったよ」
    「戻ったら僕も見てみるよ」
    「ああ、ぜひ」
     青江の部屋から出て急ぎ足ですこし歩く。それから思いっきり息を吐いた。
     二重底の存在を僕は知っている。引き出しの三段目に仕切り板がついていて、それをつまんで持ち上げると底ごと持ち上げることができる。下にはもう一枚底がついていて、その空間になにかが隠せるという算段だった。
     僕は二週底の存在を部屋に置いてから一週間ほど経ってから気づいた。当日にあの短い時間でほかの男士たちが気づくことはないだろう。だが脅迫状が入っていたのは、その二重底の中だった。
     だからこそありえない。二重底の中に、偶然メモが入るなんてことは天変地異が起こるのと同じくらいの確率ではなかろうか。
     そう考えるとあの脅迫状は元から入っていたわけではなく、誰かが意図的に仕込んだことが確定した。僕のいない間に、部屋に忍び込んで脅迫状を残して去っていく。
     以前から、他刃の引き出しを漁ることがなかったとは言わない。鋏がどうしても欲しいが、手元になく誰かから借りるために部屋に入ったが、誰もいない。仕方なく引き出しを開けさせてもらう、なんてことは往々にしてあった。本丸開設当時は、男所帯でしかも人の体を得て間もない。人の体に慣れることに精一杯でプライバシーなんて二の次だ。それがずっと引き継がれているようだった。僕もここに顕現して最初からこうだと、とくに疑問も持たず、特に咎めることもしていない。
     とはいえ、何を悩んでもここで情報は絶たれた。あのメモを入れたのは誰だと本丸中に聞きまわるわけにもいかない。おとなしくあの脅迫状に従うしかないのか。時間遡行軍が本丸に入って二重底にメモを仕込むことも考えにくい。つまるところあのメモを仕込んだのは、この本丸の中の誰かでしかない。であれば、そこまで重要に考える必要もないのかもしれない。
     でも、単に癪に障る。勝手に引き出しを開けて、何かを借りていくだけなら許しもしよう。だが二重底の下はさすがにやりすぎではないだろうか。改めて考えると無性に怒りが湧いてきた。
     今日の夕飯は僕も手伝わせてもらおう。キャベツの千切りでもいいし、キュウリを叩くんでもいい。


     日に日に僕のストレスは着実にたまっていたらしい。約束の期日まであと二日となった。
    「歌仙兼定、ずいぶんと集中できていないみたいだが」
     手合わせをしていた山姥切長義が切り込む動作をやめて、木刀を下げる。
    「……すまない」
    「どうやら身に覚えがあるようだね。貴殿の悩みに興味はないが、訓練に支障が出るなら話は別だ。ここで訓練を切り上げるか、話すかどちらでもいいが」
    「……脅迫状をもらったんだ」
     長義が眉をぴくりと動かす。向き直ってその場に胡坐をかき始める。僕もそれに習い、その場に座ることにした。差出人が本丸内の誰かからであることを思うと、脅迫状というには仰々しいとも思うが、現時点そうとしか言えなかった。
    「脅迫状? 脅迫状というと、何々してほしければウン十万払えみたいな書状のことだろうか?」
    「……いや、いつ何時にここに来いとだけだったな」
    「場所と時間の指定のみということかな?」
    「ああ。言われてみればそうだね」
     長義は口に手を当てて考える素振りを見せる。それからすぐに口を開いてこう言った。
    「……貴殿のそれは、脅迫状というよりは果たし状のように思えるが」
    「果たし状……?」
    「ああ。条件がなく場所だけが指定されている。まあ、もしくはラブレターかもしれないけれどね」
    「ラブッ、ラブレター!?」
    「それは冗談さ」
    長義が自分の言ったことに鼻で笑う。
    「……ただ、君がそれを脅迫状として受け取ったのは、なにかやましいことがあるからかな?」
    「……深くは聞かないでほしいんだが、断じて誰かに咎められるようなことはしてない……。僕の気の持ちようの問題だ」
    「そうか。なら良いだろう。君の憂いも晴れたところでもう一戦お手合わせ願っても?」
    「ああ、もちろんだとも。ただし僕は文系なんでね。お手柔らかに」
    「よく言う。ではこちらから行こう」


     僕がなぜあの日付指定のみのメモを脅迫状として扱ってしまったのか。理由は明白だった。
     あの引き出しの二重底の中には僕の秘密が隠されていたからだ。脅迫状は二重底の下のその秘密の上に堂々と置いてあった。
     僕は小説を書いている。
     現代の小説を読んでいるうちに、好奇心が湧いていた。二重底の文机を手に入れてから、その好奇心を行動に移すのにそう時間はかからなかった。
     今まではプライバシーのないこの本丸で小説を書くのは難しいと思っていたが、隠す場所があるとわかると、ならばと心が逸るのも仕方なかった。すぐさまノートとボールペンを持ち出して、つらつらと書き綴る。
     顕現してから数ヶ月経つが、人の身とはこんなにも趣深いものなのだとこの数ヶ月で身を以て思い知った。それくらい僕にとっては楽しいことだった。
     ただ、他の男士たちにバレるのはなんとなく避けたかった。バレたらからかわれるかもしれない。見せてとせがまれるかもしれない。そう思うと公言することは憚られた。小説を書きためたノートを二重底にしまうたびに、僕の小説はれっきとした秘密となっていった。
     自分が小説を書いていることを恥ずかしいとは思わないが、内容を人に見せるにはさすがに勇気がいる。だからせめて自分の納得がいくまでは人に見せたくはなかった。
     その秘密の上に「この場所にこい」と書かれたメモがあれば、さもなくばこの小説を、と憶測してしまうのは仕方のないことだったと思う。言われてみれば、メモに書いてあったのは時間指定と場所のみで、何かの依頼程度のことなのかもしれない。さすがにそれは楽観的すぎるか。
     だが長義のおかげでだいぶ気持ちが晴れた。せっかくだし行ってやってもいいかもしれない。あとから入れられたものである以上、あれは僕宛てに送られたものなのだから。
     メモに書いてあった日は明後日に迫っていた。


     当日の朝。布団を勢いよくめくり、寝間着から戦装束に着替える。内番服でも軽装でもいいかと思ったが、せっかくの呼び出しなのだからそれなりに気合を入れてやるのが筋だろう。
     あの指定場所には果たして誰がいるのか。


    「やあ、歌仙」
    「……にっかり青江」
     万屋前に立っていたのは僕とは違い、濃藍の軽装をまとったにっかり青江だった。浴衣と似た色の着物だが、夏のときとは違い全面が無地で、白を基調とした帯をしている。
     青江は、僕を見つけてその名に負けないにっかりとした笑みを浮かべながら僕に声をかけてきた。
    「やっぱり君なんじゃないか」
    「おや、わかっていたのかな?」
    「そもそもあの引き出しが二重底であることを知るのは君しかいない」
    「それもそうか。だいぶ怖がらせてしまったようですまないね」
     よくよく考えてみれば、犯人は青江しか考えられないわけだが、他の男士たちが絶対に気づいていないかと言われれば否定はできない。だからここに来ないと犯人はわからなかった。
     むっつりとした顔で青江を睨みつけると、青江は仕方なさそうに笑った。
    「まあここじゃなんだし、場所を移さないかい? とっておきの店を見つけたんだ」
     青江に連れて行かれるがまま歩き出す。小さな通りをふたつほど素通りしてから次の路地裏を曲がる。何歩か歩くと頭上に白い看板がかかっていた。
     中に入るのに外套はかさばるだろうか。
     留め具をいじりながら店の中に入ると「いらっしゃい、こちらにどうぞ」と老齢の女性が席に案内してくれる。青江とともに会釈をしながら案内された席に向かう。
     中は和風の喫茶店といった内装だった。明るすぎない照明で、窓は障子風の作りになっている。落ち着いた雰囲気だった。青江が手前の椅子に座り。僕に奥を勧める。壁と一体化したような腰掛に丸い座布団が貼ってありその上に腰を下ろす。
    水を出される前に、と外套と外せるだけの武具を外した。ガシャガシャと重苦しい音が響くが、特に誰も気にしていないようだった。きっと他の刀剣男士も来ることが多いのだろう。
     今日は午前中なせいもあってか客はまだ僕たち含め五人ほどだった。店内では歌詞のない曲がゆったりと流れていた。
    「どうせなら服装の指定も欲しかったところだね」
    「それは失敬。それなら今度は軽装で来ることにしようか」
     暗にまた二人で来ようと言われているのか、真意を推し量れずに青江を凝視していたところで、さきほどの女性がお茶を運んできた。
     テーブルに二人分のほうじ茶が入った湯呑とテーブルポットが置かれる。
     軽くお礼を言うと「会釈を返してからお決まりの頃にまた」と言って奥に戻っていった。
     テーブル脇のメニューに手を伸ばすがやはり一つしかない。仕方なくテーブルの上にメニューを広げた。
     青江がメニューをちらと覗き込んでくる。
    「僕はあわぜんざいにしようかな。あ、ここはあんみつもおすすめだよ」
    「……じゃあ僕はあんみつにしよう」
    「クリームつけるかい?」
    「……じゃあそれで」
     ほうじ茶に口をつけると、思っていたより熱くてゆっくりとすするように飲み込んだ。三口ほど飲んだところで、ちょうどよく店員が戻ってきてメニューを聞きにくる。
    「あわぜんざいとクリームあんみつをひとつずつ」
     僕が何かを言う前に青江が店員に先程言ったメニューを伝えてくれる。それから僕をちらと見て口の動きだけで、他にいる? と聞いてくるので首を振った。
     店員が奥に戻ってから、またほうじ茶を口に含んで飲み下す。それから本題に入ろうと口を開いた。
    「そういえばなんで僕にあの紙を?」
    「じゃあ解決編といこうかな」
    「僕は取り調べという気分だが」
    「ンッフフ、言い得て妙だ。まず、君にあの紙……そうだな招待状とでも呼ぼうか」
    「僕からしたら脅迫状だったけれどね」
    「理由は明白だよね。招待状なんだから君と出かけたかった。それだけさ」
    「なんてはた迷惑な誘い方なんだ……」
    「それに関しては改善の余地ありとしよう」
    「もう二度としないでくれ」
     青江もほうじ茶をすすりながら、足を組み替えて軽く笑った。
     脅迫状に対する疑問はそれだけではない。
    「次はなぜあの引き出しにしまったのか、かな?」
    「そうだね。誘うなら直接誘えばいいだろう」
    「君に来てほしかったから」
    「……僕が予定をすっぽかすとでも?」
    「んん、この言い方は語弊があるか。正しくは君に断られたくなかったから、かな?」
    「は?」
    「……はっきり言ってしまうけれど、君って僕のこと苦手だろう?」
    「そ、れは」
     一概に否定はできない。
     僕は彼のことを得意だとは思っていない。けれど、苦手だとも思ってはいない。言ってしまえばタイミングの問題なのだ。
     出陣した際に一番戦いやすいのは青江だと思っている。だが、それは一重に彼が周りをよく見ているからだろう。つまり青江にとって僕は一緒に戦う仲間の一振りでしかないということに他ならない。だから戦術や索敵状況以外で彼と話すことがない。とはいえわざわざ話しかけに行くほどの仲でもない。
    「だから直接誘ったら逃げられてしまうかなと思って、なら匿名で誘おうかなって」
    「……趣味が悪い」
     ほかにやり方はなかったのだろうか。引き出しに入れずとも机の上に置いておくとか。
    「でも机の上に手紙で置けば、君は誰からだろうと聞きまわるだろう?」
     僕の考えを見抜いたように青江が続ける。
    「そうだろうね、一番手っ取り早い」
    「そうしてバレたら結局意味がない」
     たしかに差出人が青江だとわかっていたら僕はどうしていただろう。断るまではいかないにしてもお小夜や長義あたりに助け舟を頼んでいたかもしれない。長義も僕と同じ時期に顕現した、この場合は政府から派遣されたというのが正しいのだろうか。そんなこともあってか中は悪くない。
    「だから匿名でかつ、君が公言しない……いや、できない誘い方をしないとなあと思ってね」
    「……性格が悪い」
     青江の自白を聞いて思いっきりため息をつく。いつのまにか最初に出された分のお茶はなくなっており、テーブルポットからお茶を注ぐ。
    「そうだ、ちなみにあの二重底のノートの中身は見ていないから気にしないでいいよ」
    「…………そう言われてもねえ」
     ここまでされて信用できたら僕の純粋さを褒めてほしい。先ほど注いだお茶をもう一度口に含む。注いだばかりのお茶は熱くて、舌に触れた瞬間に反射的に顔が揺れた。
    「じゃあ口外はしないと言い直そうかな。僕がもしあの中身を知っていても口外はしない。これは君と僕だけの秘密だ」
    「そのほうがいささか信頼できるか……」
     軽く息をついたところで粟ぜんざいとクリームあんみつが運ばれてくる。
     半透明の寒天の上に丸く形どられたこしあんとソフトクリームが乗っかっている。白玉と薄桃色の牛皮が可愛らしい。きれいなみかんとちょこんと乗ったさくらんぼ、バランスよく散らされたみつ豆の色どりに目を奪われる。こしあんとソフトクリームを一緒にすくって味わえば優しい甘さが口いっぱいに広がった。もう一口寒天を食べ、もう一口みつ豆とみかんを口に含んでとしていたところで、目の前の青江が目に入りハッとする。
    「おいしそうで何よりだよ」
    「……本当に」
     青江の生やさしい目に気まずくなりながら、僕は気になっていたことを聞くことにする。
    「で、僕からしたらこれが本題になりつつあるんだが」
     犯人の動機もやり方もここまでくるとどうでもよくなっていた。犯人がわかって安心したせいかもしれないが、代わりに別のことが気になっていた。
    「君はなぜ僕を呼び出したんだい?」
    「さっきも言っただろう? 二人ででかけたかったからだよ」
    「それはさっきも聞いたよ。ならこう問うべきかな? 君は何故僕とでかけたかったんだい?」
     粟ぜんざいを食べていた手を止めてふざけたような返事をする。
    「おや、聞いちゃうかい?」
    「僕を脅してまで来させたんだ。それくらい教えてくれたまえよ」
    「脅しまではしたつもりはなかったんだけどね。でも一緒に出掛けたい人を呼び出す理由なんてそんなにないと思うけど」
    「回りくどいな」
     しびれを切らして青江を睨むと、彼は持っていた箸をいったんお椀のなかに置いた。それからぬるくなったであろうお茶を飲み干して僕を見据えた。
    「君と仲良くなりたかったから」
    「……は?」
    「君のそんな呆けた表情初めて見たな」
     ふふ、と面白いのかからかっているのかわからないような表情で笑った。笑われたことにむっとして唇の真ん中を釣り上げながら彼を見て続きを促す。
    「僕は君と戦っているときが一番やりやすいんだ。仲良く……、というと気持ち悪いかな? そうだねえ、君の思考や癖がわかったらもっと戦いやすくできるんじゃないかと思ってさ」
    「……ほう。それはなんとも殊勝なことだが……」
     青江から聞かされた言葉に何を返そうか迷ってしまう。端的に言えば同じことを感じていたのが嬉しいと言っていい。青江からして僕はそれなりに評価されているようで、照れくさく感じてしまって次の言葉が思いつかなかった。
    「元は大太刀といっても今は大脇差さ。打刀と一緒に行動するのは理にかなっているだろう? まあ、君と刀身の長さはそんなに変わらないけれどね」
     僕が言葉を紡ぐ前に、青江が早口気味に話し始める。でもそんなことはどうでもいい。
    「僕も君と同じことを思っていたよ。僕も君と組むのが一番戦いやすい。言っておくが、君のことは苦手じゃない。話しかけ方がわからないだけだ」
    「……君って案外人見知りだよね」
    「……そんなことはない」
    「じゃあ今度から僕から話しかけることにしよう」
     青江はまた含ませたように笑った。今日会ってから何度その笑い方を見たのか。数えるのも馬鹿らしくて、僕はソフトクリームが溶け切る前にあんみつを食べきることにした。
    「お茶、いるかい?」
     青江の湯飲みにお茶が入っていないことに気づいてなんとなく声をかける。
    「……お願いしようかな」
     クリームあんみつを頼んでよかった。なんだか頬が熱い気がする。





    202111128  頒布
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