ある「元」光の戦士の6.01その14 テメノスルカリー牧場に高台がある。
側には魔装砲が備えられている。監視を立てて罪喰いを迎え撃つための設備なのだろう。
今、ここに立つのはフィーネだけだ。大罪喰いが倒れ、はぐれ罪喰いも冒険者やそれを志す者に日々討伐されて数を減らしていると聞く。
もはや、罪喰いを恐れる生活は日常ではなくなった。冒険者が増えた背景にエリディブスの扇動があることを思うと複雑な心境ではあるが。
以前にもフィーネはこの場所を訪れた。イノセンスを討伐した直後、再びノルヴラントに光があふれた時のことである。
水晶公は連れ去られ、自身の身体も限界で、失意のどん底にあった時期であり。
罪喰いにならずに済んだのは、リーンの尽力によるものだ。光の巫女の力を受け入れた、彼女の覚悟があったからだ。
希望を捨てずにいられたのは、暁の仲間たちがいたからだ。彼らの灯火は、いつだって未来を照らしてくれる。
倒れずに闇の戦士として立ち続けられたのは、アルバートがいたからだ。彼の魂を預けるという誓い、お前が世界の敵になるなら止めてやると、進みたいなら背中を押してやるという言葉が、ぎりぎりの窮地で支えてくれた。
生きることを諦めずに済んだのは。
「フェオちゃんには本当に感謝しているんだ」
背後に現れた『美しい枝』の気配を感じながら、フィーネが腰をおろして見上げた空は、闇が広がり星が輝いていた。
「突然どうしたのやっぱり私の若木は、不思議な若木なのだわ」
フェオもまた、フィーネの隣に腰をおろす。
「きみは私に、妖精王になれば良いと、そうすれば人との関わりも断てるし、誰かが倒しにきたら妖精たちで守ってくれると言った。罪喰いになりそうだった私を、そのまま受け入れてくれたんだよ」
「前のティターニアだって罪喰いだったのだわ。元に戻るだけだもの『かわいい若木』が死んでしまうよりよっぽど良いのだわ」
フェオの笑顔は屈託がなく、普段と変わらない。その様子に何度も救われてきた。
「実はね。妖精王になるのも悪くないなって思ってた」
「そうなの残念ね。そうすればずぅっと一緒に暮らせたかも知れないのだわ」
人さし指を立てて頬にあて、悩むような素振りを見せたフェオだったが、ふふ、と急に笑い声を出す。
「なーに」
「あなた、王冠も杖も全然似合わなさそうなのだわ」
「失礼な。王冠はともかく、杖はたまに持っているし、それなりにさまにはなるよ」
白魔法だとか、黒魔法を使う時に杖を使う。あまり得意ではないが。
「私はずーっと、似合っていないと思っていたのだわ」
「ひどーい。きーずーつーいーたー」
むぅ、と口を尖らせて、フィーネはすねた顔を作る。
「あなた、いつも傷だらけじゃない。私のせいではないわ」
そうきたか。彼女の意見は斜め上を飛んでくる。罪喰いと戦っていた時期は生傷も絶えなかった。
「あの時、私は死んでしまおうかと思ってたんだ。罪喰いになってしまうなら、人を傷つけるくらいならその方がマシなんじゃないかって。でも、そんな私でも受け入れてくれたのがフェオちゃんだった」
結っていた髪をほどいて下ろす。前髪が真っ直ぐにそろって後ろはストレート、フィーネが避ける「いかにもアウラ」なヘアスタイルになってしまうが、フェオの前でそんな見栄は余計に思えた。
「ヒトっていつもそうなのだわ先を見通そうとして、起きるかもわからない未来を予想して、勝手に思い悩み、迷っていくの」
ふふ、とフィーネも笑顔になり、かつて『美しい枝』に言われた言葉を反芻する。
「それを破る方法は」
気づいた枝が若木に繋がっていく。
「一度、立ち止まること」
「そして、どこへ行くべきかではなく」
「自分が今どこにいるのかを正しく知ることよ」
二人の視線が合い、どちらかともなく吹き出して笑い合う。
ひととおり笑って、さっぱりした気持ちになる。
「私は一人でなんとかしようとしていたんだよ。アルバートが言っていたのにね。自分たちだけで抱え込まずに、人が繋がって立ち上がったことこそが、この世界が間違っていないことの証明だって」
フィーネがやれやれ、と首を振る。
「だからもっとみんなを頼れば良かったんだろうね。本当に、フェオちゃんがいなかったらどうなっていたか」
フェオは不思議そうに目を見開いていた。
「私、何かしたかしら」
「見守ってくれていたでしょう。私の心の拠り所は、フェオだったよ」
「あなた、とーっても面白いものずっと見ていて飽きないだけよ」
「私の居場所は、きみが教えてくれたんだよ。言われたとおりに立ち止まってみたら、目の前にあなたがいた。その視線の先に、私がいた。その私は死ぬことを考えながら、本心では生きたがっていた。妖精王ではなく、人として生きたかったんだよ」
寝転ぶと、目の前の夜空は一層深い闇になっていた。
「それがわかったから、選んだ。生きることを選んだ。人のままでいることも選んだ。そうしたら、自分ができることは人のまま戦うしかないんだって思えた。腹が括れた」
ふーっと一息つく。少し、肌寒くなってきた。
「本当にフェオちゃんの言う通りだったよ。立ち止まって、自分がどこにいるのかを知って。そしたら、行くべきところもわかったんだ」
冷えてきたしっぽの先をポケットに入れる。
「これからも見守っていてくれる」
「へえ、ふぃいわよ」
もごもご言っているので隣を見ると、フェオはフィーネがもってきたアップルタルトにかぶりついていた。
気ままだな、と思いつつもそれでこそ我が『美しい枝』だ。頭をなでると、くすぐったそうに体をくねらして抜け出し、宙に舞う。
「なあに」
「それ、私からのおわび。気に入ってくれたかな」
「まあまあね」
その割にはよく食べる。
「それより、私がなぜ怒っているかはわかったのかしら」
「うん」
「聞かせてもらおうかしら」
「フェオは、いつも私の隣にいてくれるのに置いていったから」
「全然ダメね」
まだもごもごしながら、フェオが斬り捨てる。
「あなたは仲間と元の世界に帰ってから、ずっと私を置いていたわ。でも私はこちらの世界からでも様子が見られるし、それだけでも面白いもの。そんなことで怒らないわ」
そうなのか、アテが外れてしまった。
「あなた、もっと立ち止まったほうが良いわね」
他に思いあたる節はと考えていたら、フェオから思いがけない言葉を浴びる。
「そう、かな」
今回は十分に立ち止まって考えたつもりだったのだが。
「あなた、なぜ自分が戦えなくなったかわかっていないでしょう」
「うん、まあ、そうだね」
フィーネは目を伏せる。
「どのくらい戦えるのかもわかっていないでしょう」
「……うん」
完全に戦えないわけではない。リーンに話したように、以前好んで使った近接武器が上手くいかない。
ただし命がかかる戦いに、感覚のズレを抱えたまま臨むのは危険だと思う。今できるのは一般的な獣や魔物と戦うくらいか。蛮神と戦わねばならぬとしたら、生きて帰れるのだろうか。
「やっぱり立ち止まって行くべきねこのまま、ずーっとクリスタリウムに住んでも良いと思うのだわ」
「それも悪くないと思うけれど、時々は帰らないと」
心配する人もいるから、と続けようとした。
「どうしてあなたは元の世界の方が居心地が悪そうなのだわ」
フィーネの目が見開く。
「本当にわかっていないのね。あなた、本当は英雄なんてなりたくなかったのよ」
「私が、英雄になりたくない」
フィーネが聞き返す。
「ねえ、英雄ってなりたいと思ってなるのかしら。ヒトのことはよくわからないけれど」
最初は一介の冒険者だった。暁に誘われて一緒に活動するようになり、「超える力」を持つ者として蛮神と戦い、そして仲間を救うために帝国を退けた。
英雄と呼ばれるようになったのはそのころからだ。
ノルヴラントでは今でも変わらずフィーネは闇の戦士であり国を救った英雄のように言う者もいる。ただ、水晶公や名誉を回復した光の戦士と並列に扱われることも多いし、アルバートが言うように人々が立ち上がった結果訪れた平和である。「重要な役割を果たした英雄たちの一人」くらいに留まっているようにも感じる。
一方で、原初世界では星を救った「暁」、その中の英雄と特別視されることもある。端的に言えば事が大きくなってしまっている。
「私は」
フィーネは声を絞り出す。
「英雄になりたくて戦ったわけじゃない」
そして、英雄視されることに居心地が悪く感じていたかもしれない。
「そうでしょうね」
タルトの最後の一切れを平らげて、フェオは満足げに口元についた食べかすを払う。
「あなたの魂はまだまだヒビが入っているけれど、以前とは違ってつぎはぎをしたように修復されて、まあ大丈夫そうね。エーテルも他の人よりはおかしいけれど、おかしくないわ。けがをしているようにも見えないし、それならあなた、戦うことが楽しくないから戦えないのよ」
さらりと言ってのける。
「今までも戦いを楽しんでいたわけじゃあないよ」
「もちろんそうよ私だっていたずらが楽しいんじゃないわ。あなたの困った顔をみるのが楽しいんだもの」
フェオが空に舞い、フィーネの頭の真上にくる。手には皿を持っている。かなり危なっかしい持ち方だな、と思った瞬間ずるりと手から皿が落ちる。
「ちょっと」
とっさに顔を腕で覆うが、皿は落ちてこない。隙間から確認すると、フェオが魔法で皿を浮かせていた。
「ほーら、あなたの困った顔を見るのはとっても楽しいわ」
にやり、と笑うフェオをみて、ああ、やっぱりピクシーなんだなあと思う。それでも、彼女への信頼は揺らがない。
「あまり困らせられたくないなあ」
もぞもぞと起き上がって腰かける。この床はなんだかしっぽの収まりが悪い。材質の問題だろうか。
「私が何もしなくても、ヒトは勝手に困っているものよ」
彼女は妙に核心を突く。言いくるめられているような気もするが。
しかし、彼女に言われて気づいたことはある。
「今の私には、戦う理由がないね」
自分の身を守るためには戦う。食料確保のためにも、戦う。もちろん目の前の人を助けるためにも戦うだろう。でも、英雄として戦いたいわけじゃなかった。
必死に戦い抜いていた時には気づかなかったその感覚のズレが、致命的に馴染んだ武器や技の扱いを狂わせているのだろう。
「だからね、もっと立ち止まって行けば良いのだわもし戦いたい理由ができたなら戦えば良いし、見つからなければもっと楽しい生き方を探すべきよ」
浮かせた皿をくるくると回しながら、フェオは片手で何かを引き出すような仕草をする。もしかして、ウリエンジェの天球儀とカードを模しているのだろうか。
「でも、私に戦い以外の生き方ができるのかな」
「していたじゃない」
皿の回転が止まったと思ったら降ってきた。床に落ちる寸前でふわり、と停止しそっと置かれる。結果がどうあれ心臓に悪いのでやめて欲しい……。
「あなた、食材を探している時も、調理をしている時もとーっても楽しそうだったのだわ」
彼女の言葉に気づかされるのは何度目なのだろう。本当に我が『美しい枝』は若木のことをよく見ている。
「だからね私も今度から呼びなさいね若木が楽しいことをする時は」
フィーネは驚いた。
「そういう理由だったの」
彼女が怒っていた理由は。
「やーっぱり、わかっていないじゃないっ若木のバカ」
フェオは憤慨して、ぽかぽかとフィーネの頭を叩く。小さな彼女に叩かれても痛くはない。
「ごめんよ」
フェオが再び飛んでいこうとする。
「待って、かわいいフェオちゃん」
フェオが空中で停止する。
「我が『美しい枝』、かわいいフェオちゃん、待って」
ちら、とこちらを向いた。
「今度は呼ぶ、それに私も抱え込まないし、ちゃんと自分が楽しい生き方を考えるから、ね」
「絶対約束よ」
かなり不満そうな声だが、許しかけているように聞こえる。
「うん。約束する」
「破ったら」
「イル・メグに住む。それで、毎日フェオちゃんに会いにお城まで行くよ」
「ふぅ~んそこまでして私のことが大事なのねようやく自覚したのね」
完全には振り向かず、斜め後ろを向いたまま腕組みをしてまだ不満、と言いたげなポーズをとってはいるが、口角が上がっているのがわかる。
「うん。それに……私もフェオちゃんと離れるのは寂しいよ。もし原初世界に戻っても、ついてきてくれると嬉しい」
「そ・こ・ま・で・言うのなら今回は、今回だけは許してあげなくもなくもなくもなくもないのだわ」
許してくれるのかくれないのか、よくわからなかったが態度をみるに許してくれるのだろう。
「これからも、よろしくね、我が『美しい枝』」
「ほんっとう~に、私がいないとダメなのね仕方ないからこれからも見守ってあげるわ、私の『かわいい若木』」
ようやく機嫌を直してくれた彼女を前に、フィーネは安堵しふにゃりと気の抜けた笑みを作る。
そして振り向いたフェオの顔もまた、にやけきっていた。
夜の闇が深まっている。フェオの放つ光がなかったなら、お互いの顔が見えなくなりそうだ。
フィーネとフェオは、他愛もない会話をしながら立ち上がり、階段を下りていく。
「帰ろう、私たちの部屋へ」
仲直りした二人のクリスタリウムでの生活はまだまだ続いていく。
ーある「元」光の戦士の6.01 Fineー
次回からは、ある「元」光の戦士の6.02が始まります。
〜おまけ〜
フェオとヒカセンが話すカットシーン
漆黒のメインクエスト:最果てに並ぶ
愛用の紀行録で確認可能。
実はFF14で一番好きなカットシーンです。どう好きかは、今回の話に詰め込んだので感じていただければ。
締めの言葉はFineではなくFinでは?
この物語の主人公、ある「元」光の戦士のフィーネの名前は、「Fine」と書きます。
「Fine」は音楽用語であり、「終わり」を意味する言葉になります。
元々、主人公というのは物語を終わりに導く存在ということで名付けた名前であり、今回物語に区切りがついたと感じたため、念願叶って「Fine」の物語を「Fine」させることができました。
これが「Fin」ではなく「Fine」と書いた理由です。
最後に
この小説は自機を愛でていたらうっかり生まれた小説です。
なんやかんや毎日書いているし、読んでるという声もあってびっくりじゃよほんと……誰も読まないと思ってたから……。
ここまでご愛読ありがとうございました。
さーてネタ切れせずにいつまで続けられるのかなっ