ある「元」光の戦士の6.02その1 そしてフィーネは土下座した。
「信じられないのだわ」
「違うんですよ、『美しい枝』」
「違わないのだわ」
「本当に、そんなに渋味が強いと思わなかったから」
「もうあなたには近寄らないのだわ」
「そこをなんとかフェオちゃん昨日の私たち親友っぽかったじゃん嫌わないで見捨てないでー」
「え……あなた他に友だちいないのかしら」
「……」
「……」
目覚めると、フィーネはいつも通りに顔を洗う。髪を結おうとしたのだが、どうしてもまとめきれずに断念する。今日はなんだか直毛のクセが強い。
「ねむーいつかれたーもっかいねたーい」
ぶつぶつ言いながらやかんを取り、水を入れて火にかける。
「ごはーーーん」
戸棚をあさると、昨日作ったアップルタルトの残りが見つかる。
「……」
それを見て、フェオとの会話を思い出す。あんなに本心をさらけだしたのはいつ以来だろう。今思うとちょっと恥ずかしい。
「フェオちゃんとどんな顔で会えばいいかなー」
宙を見上げて目が合った。
「もう会っているのだわ」
「わーお」
反射的にうつむく。顔が少し熱い。
「ちょっとわたしを見て顔を背けるなんてひどいのだわ」
文句を言いながら、下に回り込んだ彼女とふたたび目が合った。
「おはよう。ふわー」
観念して、あくびをして照れ隠しをしながらアップルタルトを皿に盛り付ける。本当は今のですっかり目が覚めた。
「食べる」
「ええ」
フェオの分も切り分けて盛り付けると、さっそく食べ始めている。
飲み物は何にしようか。ミューヌに分けてもらったクルザス茶葉か、リトルレモンのレモネード、パープルカロットジュースやドリップコーヒーもできそうだ。
「お茶飲みたい」
この世界に茶葉はない。ミューヌにもらった茶葉も多くはない。うーん、迷う。
「おっ」
窓の外につるしたネットが目に入る。そもそもは野菜を乾燥させて保存食にする道具だが、今日はここに葉っぱが入れてある。例の黒衣森で手に入れた、茶葉とおぼしきものだ。
「お茶お茶~」
「そんなにお茶がすきなの」
即興の鼻歌を歌いながら茶葉を取り込んでいたら、窓辺に座ったフェオが頬杖をついてこちらを向いていた。
「まあね~。私のふるさとではお茶はよく飲んでたし」
「まあ」
フェオの大きな瞳が、さらにひとまわり大きくなった。
「あなたのふるさとってどんなところかしらやっぱり、たくさんのドランがいるというあ、あじ……」
空を飛び始め、フィーネの周りをうろうろしながら彼女は人差し指を頬に当てる。
「アジムステップじゃないよ。私のふるさとはクガネだね」
「あらあら」
空中で静止して、フェオは不思議そうにフィーネの顔をまじまじと見る。
「そこは確か、白い角のドラン族がいるところなのだわ若木の角は黒いわよ」
「私の両親は変わっていてね」
やかんから勢いよく湯気が吹き出した。このやかん、急に沸騰するから困る。今度自分で作り直したほうが良いものができるかもしれない。モンクの武器の話はしていない。
「両親は一応アウラ・レンなんだけど。アウラ・ゼラの血も混ざっているみたいで。先祖返りして生まれたのが私だよ」
そもそもアウラ・スイの血も混ざっていたような……フィーネ自身もよく知らない。
「拾われた子なんじゃないかってこどもの頃に悩んだんだけど。10歳くらいでどうでもよくなった」
「その歳はまだこどもだと思うのだわ」
フェオのツッコミを受けながら、茶葉にお湯を注いで軽く蒸らす。
「まあ結局、ひいおじいちゃんの顔が私にそっくりで、これは血つながってるわって思って」
「単純ね」
「だってさ~鱗の生えている位置からしっぽのゴツゴツの具合もそっくりなんだよこれは血縁者だと思ったよ」
「そんなにそっくりなのね」
「うん。鱗も角もしっぽも、真っ白だったけどね」
そろそろいいか。フィーネはティーカップにお茶を注ぐ。
「ふぅ~ん。そういえばわたしも、髪や羽根の色がほかのピクシーと違うけれど。特に気にしたことはなかったのだわ」
『美しい枝』は自分の羽根を見ようとするかのような仕草できょろきょろと自身の身体を眺めている。
フィーネはティーカップを持ち上げた。
「わたしはむしろ、アウラっぽいこの銀の髪のほっぶふぁっ」
お茶を口に含んだ瞬間、その口から噴水のように孤を描いたお茶が飛び出して、よそ見をしていたフェオは避けきれず、頭からフィーネのゲ……吐瀉……口から出たもので水びたしになった。
そしてフィーネは土下座をした。それはそれは綺麗な、東方仕込みの本場の土下座をした。
~おまけ~
・フィーネのしっぽ
いわゆるタイプ3。ワニっぽいやつ。
・フィーネが吹いたお茶
ティノルカ茶葉
黒衣森、中央森林で採集できる。
渋味が強く、飲用には向かない。
作者は調理できる茶葉に黒衣森産のものがないことを念入りに確認したのだが、偶然にも黒衣森で採取できることに気づいてとても焦った。
結果的には飲用に向かないと説明にある通り、革細工師の素材であった。
セーーーフ。