ある「元」光の戦士の6.02その13「はい、これ」
ミーン工芸館の奥から、カットリスが押してきた『それ』はフィーネの思いもよらない形状をしていた。
「え……なにこれ」
思わず足を一歩引く。
「ミーン工芸館特製バイクさ」
「ばいく」
黒光りする車体に大きなマフラー。魔道アーマーなどとは違う圧力を感じる乗り物だ。
「ワッツ・ハンマーガレージのドワーフと協力して完成させたのさ聞くところによると、あんたも彼らとは協力関係にあるんだろう」
ロニットはこんなものまで作っていたのか。
「この間顔を出した時には何も言ってなかったのにな」
フィーネはしゃがみこんでバイクの仕組みを調べようとする……がさっぱりわからん。
「企業秘密ってやつだべなにせ、最近まで実現できるのかもわからなかったからな」
背後から聞き覚えのある声がする。
「お、ロニットだ。おっす」
フィーネが片手を小さく上げて振る。
「おう、フィーネオメーが試乗してくれるならこれ以上の適任はいないべ」
「え」
「身体能力といい、機械整備の知識といいあんたが最適だと思うんだよ」
「フィーネならこのバイクのフルパワーだって乗りこなせるはずだ……なんせフィーネだからな」
私という顔のフィーネを放って、二人がヒートアップしていく。
「乗るとは言ってな……」
「こいつでどこまででもかっ飛ばしてほしいんだべこいつなら、トメラだって、死の大地だってひとっ走りだべラケティカの悪路だって負けねえんだべ」
「いやあんたたちの技術には驚いたよエンジンだけ手伝ってもらうつもりがタイヤにホイール……細部に至るまでドワーフの技術てんこ盛りさ」
フィーネは隅でちょこんと座り、空を眺め始める。むかし、両親に買い物に連れて行かれて何時間も連れ回され、嫌で仕方なくて一人で離れて待っていることがよくあった。いまの置いてけぼり感はその時にとても似ている。
「フィーネあんたもよく見ておきなよこのベアリングの品質こりゃあんたの腕でも真似できないんじゃないか」
「いやいやフィーネならこのくらい、一週間もあればできるようになっちまうべ……あいつほんとにすげぇやつだからよ」
「まったくそうなんだけどね。あの子にはこいつの"浪漫"ってのがわからないからねぇそれさえわかればほかに並ぶ者のいない職人になれるだろうに」
完全に蚊帳の外になったフィーネは、ついにつぶやく。
「私の『美しい枝』。そこにいる」
「いるわよ『かわいい若木』」
いつでも隣にフェオちゃんである。
「ほんと男子ってああいうの好きよね……」
「片方、女子ではないかしら」
「中身男子だよあれは」
「若木って学習しないわよね」
「ん」
急に視界が暗くなる。
見上げるとカットリスが仁王立ちしていた。
「すみません。そこに立たれるとお日さまがさえぎられて、鱗に十分な光が当たらないんですが」
鱗に光を当てると骨や角が丈夫になると聞いたことがある。しらんけど。
「誰が野郎だって」
「そこまで言ってないな……人の話はちゃんと聞くべきだよ」
「若木って煽りっていうのが上手よね」
「誰が輩だって」
「言ってないよぉ……帰ってフェオとおひるねしていい」
「とっても良いアイデアなのだわ」
若木と枝がハイタッチして帰ろうとする。
「ちょ、ちょっと待ってくれオメーの協力は必要だべ〜。こいつに乗れば、ちょこぼってやつより早く移動できるんだべ」
「チョコボも大事な戦友だからさ」
フィーネは自分のチョコボを第一世界にもつれてきて、毎日世話をしたり、一緒に散歩したりと大切にしていた。
「あんたのチョコボ休ませたほうが良いから」
カットリスが割って入る。「中身男子」発言はおそらく、忘れたころに持ち出されるだろう。できれば一生忘却の彼方にして欲しい。
「今日も元気だったよ」
「私から説明しましょう」
工芸館の中から姿を表したのは食薬科のベスリクだ。
「あなたのチョコボは体格のわりに食欲がなく、お腹の調子も良くない様子……しばらく食事や運動、生活サイクルまで私に面倒を見させてください。私の専門はアマロですが、しっかり元気にさせて見せますよ」
親指でトントンと胸を指し、ベスリクは宣言する。
「そこまでいうなら……私のチョコボそんなに具合悪かったのかな」
フィーネが不安そうな顔をする。きちんと世話していたつもりだったのだが。
「そ、そこまで悪いわけでは。ただフィーネさんを乗せて旅を繰り返していますから、たまにはしっかり休息させてあげたいのですよ」
「んー、わかったお願いします」
ぺこり、とお辞儀をする。
「あんた、たまに根の真面目さが出るよねえ」
カットリスが苦い顔をする。
「真面目じゃないから。やめて風評被害だから。すごくてきとーだから」
「『かわいい若木』はマメなのよ」
「フェオちゃんもやめて。私だらしない生活しまくりだし」
「それは本当ね。洗濯物たたまないしカバンの中身は汚いのだわ」
「それもバラさないで……」
ははは、と笑い飛ばしてカットリスが続ける。
「じゃあ、バイクについてはフィーネが乗るってことで」
「頼むんだべ」
「えーでも乗りこなせるかわからないし」
「いいからまたがってみな」
「えー」
「早く」
「えぇ……」
いやいやフィーネがバイクにまたがった。
「ほら似合わないし」
その様子をまじまじと見ていたフェオが口を開く。
「若木……かっこいいわ……かっこいい若木なのだわ」
カットリスがにやりと笑う。
「ほう」
フィーネは疑いつつもハンドルも握って見せる。
「うんうん、とても似合っているわね」
「ほんとに」
「ええ」
「そんなにかっこいい」
「とっても」
数秒の間。
「乗る」
カットリスが呆れたような声を出す。
「あんた……チョロ……」
「それ以上言ったらいけない」
フィーネが口を尖らせた。
「なに言ってるんだい、フェオ=ウルにだけめちゃくちゃ甘いし褒められたら露骨に喜ぶじゃないか」
「ああああああ聞こえない角の調子が悪いなあ〜〜〜」
「角の調子とかあるのかい……」
訝しげなカットリスをスルーしてフェオがフィーネの目の前に飛ぶ。
「若木ったら私のことが大好きなのね……」
「ま……まあねっ仲良しだからね私たちは」
「なあ、フィーネ、そんなことよりも早く走ってみて欲しいんだべ」
いちゃつき始めたフィーネとフェオにロニットが割って入る。
「そんなこととは聞き捨てならないのだわ」
「試運転は終わってるから安心しな」
激昂するフェオをスルーし返して、カットリスも続く。
「それにフェオ、あんたもフィーネと一緒に走ってみなよ。……走りたいだろ」
「若木が走るのなら着いていってあげるわ」
「はいよ、じゃあフィーネ、まずはこの鍵を差し込んで」
カットリスとロニットが運転の仕方を教えていく。最初は恐る恐る走っていたフィーネだったが、すぐにスピードを出せるようになっていく。
「楽しいね、これ」
「きゃーっ速いのだわ若木もっと速く」
「ちょっと、それ以上スピード出すならクリスタリウムから外でやりな」
「わかった」
返事をするやいなや、フィーネはミーン工芸館からバイクに乗ったまま飛び出していった。
「ちょっと降りて外まで押すんだよ危ないだろ」
「階段までバイクで走って登っていきましたよ……」
様子を眺めていたベスリクも呆れている。
「大した性能のタイヤじゃないか……じゃなくて、あいつ帰ってきたらまた説教だね」
「フィーネも完璧じゃねーんだな……」
「あの子、真面目は真面目なんだけど極端だし脳筋だから。なんだか手のかかる妹ができた気分だ」
ロニットはカットリスの顔を見つめていた。
「なんだい」
「あいつ、最近元気なかったから。あんたみたいに世話焼いてくれる人がいるんだなあって思って、ちょっとほっとしたんだべ」
「まったく、あちこちで心配かけて。あんたも気にかけてやってくれよ」
「俺様にできることなら……了解だべ」
ロニットが親指を立てて見せる。
「彼女は良い仲間に恵まれているんですね」
ベスリクも微笑みながらうなずいた。
ロニットとカットリス、そしてベスリクに見守られながら、バイクはテセレーション鉄橋を走り抜けていく。