ある「元」光の戦士の6.03その3「ほんとにひどいよね」
マトンシチューを平らげながら、フィーネは今日何度目かの文句を言った。
「いつまでも言っていても仕方ないわよ。もっと楽しい話はないのかしら」
フェオがつかんだラビットパイの最後の一切れを、同時にフィーネもつかんでいた。
「そうは言ってもさあ」
フェオとフィーネはパイを取り合いながら、しばらく膠着状態を続けていた。
「こらこら、食べ物を粗末に扱っちゃいけないよ」
ネロにバイクを分解され、帰る足が無くなったフィーネは結局、グリダニアを訪れていた。旅路にはチョコボポーターが使えたのだが、クリスタリウムにチョコボを借りていくわけにも行かないので帰ることはできず、それでグリダニアに来たというわけである。
「ほら、これあげるからさ」
そう言ってミューヌがロランベリーシェイブドアイスを二人分差し出し、気を取られたフィーネはフェオにパイを奪われる。
「なあにこれ」
フェオがフィーネの手の届かないところまで飛んでパイをかじりながらミューヌに尋ねる。
「氷菓子だね。冷たいから気をつけて」
そのままパイを完食して、物珍しそうにフェオがアイスを手に取った。
「きゃっ」
フェオは思わずつかんだ氷を離し、机の上に落ちた氷はみるみるうちに溶けていく。
「気をつけてね、って言われたじゃない」
ミューヌから受け取ったスプーンをフェオに受け渡し、フィーネもまた自分のスプーンを手に取った。
「こんなに冷たいお菓子があるのね。初めて見たのよ」
フィーネがアイスを食べる様を、真似してフェオもスプーンにアイスを乗せ口に運ぶ。
「つめたいのだわ……」
響いたのか、フェオは頭を押さえていた。
「一度にたくさん食べないほうが良いよ」
フィーネは相棒たる『美しい枝』の頭を軽く指でさする。
「これで温まるんじゃないかな」
ミューヌが運んできたのは、以前もフィーネに出してくれたイシュガルドティーである。
「ありがとう」
フェオは魔法でお茶を宙に浮かすと手ですくうようにして飲む。一度に飲み干せるわけではないので、それを何度か繰り返していた。
「変わった飲み方だなあ」
「フェオちゃん猫舌だから、ああやって冷ますんだって」
「そうなんだね。それにしても」
ミューヌに見られているのに気づいたフィーネがスプーンをくわえたまま「ひゃに?」と聞く。
「良い友達ができて良かったよ」
「ん」
フィーネの眉間にシワが寄る。といっても鱗があるので実際にはシワはできないのだが、眉をひそめていた。
「なにか気に障ったかな……?」
「似たようなこと、何度も言われているのよ」
「んんんん、んんんんんんんんんんんんんんんぁん」
フィーネが抗議をするように唸っているが、スプーンをくわえたままなので何を言っているかわからない。
「私は、友達がいないわけじゃないんだよ、ですって!」
フィーネがうなずいているのを見ると合っているらしい。ミューヌは目を丸くする。
「よくわかるなあ」
「若木はお行儀が悪いから、よくなにかくわえたまましゃべっているのよ」
お茶で温まりながらアイスを食べ終えたフェオは、両手を合わせて「ごちそうさま」をしていた。
「それはひんがしの国の作法だったかな」
「若木のご実家があるところなのよ」
「ああ、そうか、そういえばそうだったね。そういえばフィーネ、君、実家には最近帰ったのかい」
フィーネは懐から船の搭乗券を取り出して見せる。
石の家でタタルが渡そうとしていたもので、フィーネは逃げようとしたが頼みの綱のバイクをネロに分解されたので逃げられず。最終的に搭乗券を無理やり持たされてしまった。
「両親がさ、私にこんなの送ってきたんだよねえ……帰ってこいってことだと思うんだけど」
「ご両親もきっと寂しいのさ」
「私は米を送ってくれって書いたのにさ。米にしか用は無いのにさ」
「薄情な娘だ」
「あんまり仲良くないんだよねえ。良くない予感しか無い。クガネに踏み入ったら最後、生きて出られるかどうか」
「そんなに物騒なご両親なのかい?」
「たぶん私に家業を継がせたいんだよ。金にモノを言わせて傭兵だとか、頭数そろえて捕まえようとか、考えていないと良いけど。ぶちのめしたら捕まるのは私だし、海を泳いで逃げるのは厳しいし」
でもまあなんとか泳ぎきれるかな、と言っているあたりやはり常識を逸した体力を持っているのだろう。ミューヌは改めて友人であり英雄であり冒険者である目の前のアウラをまじまじと見つめていた。
「ミューヌちゃんや、お金貸してくれませんか……」
唐突に、申し訳無さそうな顔でフィーネに告げられミューヌは先程とは違った眼差しになる。
「どうした、急に」
「この搭乗券、行きの分しかないんだもの。なにかあったらさっさと逃げ帰って来ないと行けないからさ。何人か海に投げ込まないといけないかもしれないけど」
娘の方も物騒だなと思いながらミューヌは帳簿を取り出し調べる。
「君が預けているお金を引き出すんじゃ駄目なのか?」
「え?私お金預けてあったっけ?」
本気で覚えていなさそうな彼女に、ミューヌはちょっとした悪戯心を持ち上げる。
「……いや、僕の記憶違いだったな。これはうちの店の売上だった気がしてきた」
「ミューヌちゃん?そういうのよくないんじゃないかな?私のなんでしょ、そう書いてあるんでしょう」
フィーネはテーブルから前のめりになって帳簿をのぞこうとする。
「ああ、ごめんよ。こういう預け証、持っていないか?」
ミューヌがカーラインカフェの透かしが入った紙を見せる。
「ちょっとまって」
フィーネがカバンから取り出した袋には、大量の紙が詰まっていた。
「すごい量だね」
「領収書とかもろもろ……タタルさんに渡せば良かった。まだ精算してもらってない暁の活動の経費があるのに」
しばらくがさがさと紙を漁っていたフィーネはカバンを背負う。
「古くて絶対いらないやつたくさんあるなあ。ちょっと部屋で整理してくるね」
そうしてフィーネが今晩の宿として取ったカーラインカフェの一室に籠もってから約五時間後。
「あったよミューヌさん。これでしょ?」
部屋の扉が開き、一枚の紙を掲げたフィーネが出てきた。やや汗をかいているところをみると苦労したようだ。
「そうだけど。……しわしわだね」
掃除をしていたミューヌが手を止めて、フィーネの差し出す劣化して変色しよれによれてしわまみれの紙を受け取った。
「私いくら預けてたの?」
「ええとね」
帳簿の何箇所かを指でなぞるようにして、ミューヌは計算をしている。どうやら何度かに分けて預けていたようだ。
「はい」
ずっしり。ミューヌが金庫から取り出して渡した革袋を受け取ったフィーネは予想外の重さに危うく袋を落としかける。
「え、こんなに?」
「ほら、君がお尋ねものだった時にさ。僕がお金を預かって、君の代わりに買い物をしていた時期があっただろ。そのときの代金と手数料だけ引いてあるけど、ほとんど手つかずさ」
「ああ、じゃあ蛮神シバいた時の支給金これか。良かった、忙しすぎて知らないうちにぼったくりに合ったものだと思ってた。これで帰りの旅費が出せるよ」
「そんなにお金がなかったのかい」
「無くはないんだけど、今の家賃がいつまで払えるか不安だったんだよね……。上司に頼み込んで同居させてもらうか悩んでたくらい」
「上司。そうか、手紙に書いてあったものな。君が職人、定職にねえ。自由に生きたいと言って冒険者になった君が、人生わかんないもんだ」
「それは言わないで欲しい」
フィーネが真顔というか、無表情になったのを見て、ミューヌはころころと笑い声をあげた。