一文字則宗の秘密「お、お頭、た、大変だにゃあ、ご、御前が…!」
「御前がどうかしたか!?」
「つ、ついにやらかしたにゃあ…」
ついにやらかした。それはつまりそういうことだろう。何をやらかしたかしらないが南泉がこんなに騒いでいるのだ。何も無いわけがないだろう。事情を知るべく南泉と山鳥毛が向かった先は御前、一文字則宗に宛てがわれた部屋。覚悟を決めて入ればそこには見知った顔が二振り。一振りは隠居した一文字の祖、そしてもう一振は新々刀の祖水心子正秀。これだけでは分からないと山鳥毛が思っていると、水心子が寝言を言う。その寝言は先程南泉が聞いたものと同じもので山鳥毛は聞いた瞬間固まった。それはもうみごとにぴしりと
「則宗殿、私はもう…むにゃむにゃ」
はっと我に帰った山鳥毛は南泉に確認すると南泉は小声で山鳥毛に耳打ちすれば「布団をめくろうとしたら裸だったにゃ。起こしたらまずいからすぐ戻したんだにゃ」たちまち山鳥毛は固まる。隠居といえまがりなりにも一文字の祖。その辺は分別がついていると思っていたが、いや既に則宗は山鳥毛に頭を譲り渡している。だから則宗がどこで何をしようと関係ないといえばそれまでだがまさかお稚児趣味があったとは。歳若い姿をしているとはいえ水心子も付喪神だが見た目年齢では犯罪だ。そう犯罪。愛し合ってるならまだしももしも無理やりだったとしたら目も当てられない。なので山鳥毛は事の次第を則宗に確認するに至った。
「僕が彼とそういった付き合いをしていると」
「えぇ、子猫が全裸で抱き合ってる2振りを寝所で見たと」
「ふむ、それだけ僕と正秀が懇ろの仲だと…」
名前で呼んだ。これはもう確信以外の何物でもないだろうと思った矢先の事則宗が言う。
「山鳥毛…一つ質問するが裸で同衾しているからと言ってそう言う仲とは限らないぞ。あの日は宴だったからな。もしかしたらただ裸で寝ていただけかもしれないぞ」
「は…」
ただ裸で寝ていただけ。そんなことがあるのだろうか。確かに世に裸の付き合いというものがあるが寝所で二人きりで裸はつまりというところで則宗からトドメがはいる。
「確かに僕は正秀を可愛がっているがそれはじじいが孫を可愛がるようなものだ。お前や南泉が邪推しているものは無いよ。」
その言葉で山鳥毛は則宗の真意を理解した。それが事実なら山鳥毛はそれを受け入れるしかないがやはりそこは同じ刀派として気になる。かくして山鳥毛を始めとした一文字の刀は則宗に気取られぬよう二振りの行動を観察することにした。
「坊主、主から話は聞いているか?」
「先程聞いた。旅行の同伴に私たちが選ばれたと」
「主がいるとはいえ坊主は政府からの仲だからなぁ…あちらにいた時は上司と部下だったが本丸では同じ目的を共にする仲間だ。なのであちらにいた時のような態度はしないで欲しい。勤勉なのは構わないが少々寂しいからな」
「主の護衛にあの二振りが…にゃ」
「たまたまそうなだけかもしれないぞ。」
「まだそうと決まったわけじゃないんじゃない」
「それにしてもなぜに我らがこのような出歯亀のようなことを」
「全ては御前のためにゃ!御前がよその刀を傷物にしていたら顔向けできない、にゃ」
誰に何を顔向けできないのだろうか。別に反対も何もしていないのだが。姫鶴、南泉、山鳥毛はあの日から疑っているが日光は今日に至るまで口出しをしていない。山鳥毛は刀派を預ける頭として。姫鶴と南泉は興味があるのだろう。則宗はかって祭り上げられていた。若気の至りも中にはあったが隠居となってはそういう噂も聞かなくなっていた。だからなのかもしれない。幸い若気の至りは則宗の性格もあって外部から言われることは無かった。日光は水心子と並んで茶を飲む則宗を見て思う。こういう事は本人に聞くのが一番だろうということで落ち着いた頃合いを狙い日光は水心子を呼び出した。
「君は御前と懇ろなのか」
「え、懇ろ!?あのそれはどう言う」
「君が裸で御前と同衾しているという話を聞いた。御前にはいいように誤魔化されしまったからな。それとこれはもしそういう仲ならひとつ忠告をしなければならない。一文字則宗は…」
「私と則宗殿は仲間、それ以外の何者でもありません。裸で寝ていたのは恐らく酒のせいかと。」
「本当に?則宗の名を呼びながらもう無理と言っていたのを聞いたと南泉から聞いたが」
「それはその…勧められた酒を…」
水心子からのその言葉で則宗と水心子の間に何も無いことが証明された。かくしてひっそり準備されていた高級菓子は本丸のみんなで分けることに無かったのだが真実が有耶無耶にされたことに誰一人気づかない。
短刀たちの遊ぶ声がする一方である部屋では閨事が行われていた。
「則宗殿…こんな昼間からっ…」
「昼間から、なんだ坊主?お前さんから誘ってきたくせに」
「それは…だって、やだ、ぐりぐりやめっ」
「坊主は嘘つきだなぁ、ここは僕が欲しいと誘っているぞ」
そう則宗は水心子の奥を穿つ。あの日はただ裸で寝ただけでなにもなかったが二振りはいつからかそういう仲になっていた。顕現してまもない水心子は人の気に当てられ、何も知らない彼を自分の欲望のまま利用する輩もいた。親友である彼の期待を裏切りたくなかった水心子は甘んじて受けていた。そんな時だった。則宗に手を差し出されたのは。そうしていまにいたる。この関係性が愛というものなのかどうかは水心子にはわからない。
ただ分かるのは今までの人間と則宗が違うということだけ。彼に抱かれるとどこか満たされた気持ちになるのだ。それがどういうことなのか分からない。でも今はそれでいいと思う。少なくとも彼に出会う前の時よりはマシだ。水心子は穿たれる中則宗にしがみつく。それはまるでもうなにかにしがみつくようで。行為を終え意識を失った水心子の頬を則宗はそっと撫でる。これを親友の彼が知ったらどう思うのだろうか。水心子のそばにいる彼は聡い。だからこそ踏み入れることを躊躇うこともある。則宗はふと呟く。
「なかなか難しいな。幸せというものは。でもこれもひとつの愛の形かもしれないなぁ。でもこれを坊主が望むなら僕はそれに応えるまでだ。僕は坊主のことか好きだからな。」
そう言って笑う則宗の瞳はいつになく寂しい色をしていた。それを知るのは誰一人としていない。今日も二振りの夜は更けていく。
なんちゃって次回予告
「水心子、僕じゃダメなの!?僕じゃ君を救えない?」
「僕は坊主が僕を選ぼうが源を選ぼうがどちらも構わないよ。坊主のしたいようにすればいい」
「ごめんね、水心子。でも僕にはこれしか思い浮かばないんだ。僕に償わせて欲しい。これは見なかった振りをした僕の罪だから。」
「愛は綺麗なものばかりではない。それを坊主は身を持って知っているはずだ。さあ選べ。坊主の望む愛を」